第167話 中国騒乱

「閣下!」

「おいおい。勘違いしてもらっては困るな。私はただの国家主席だよ」

 豪華な執務室の椅子に腰を掛けている、ふくよかに肥えた男は、にこやかな笑顔で、自らを独裁者のように呼ばないでもらいたいと、報告を上げてきた部下を嗜める。

「しっ、失礼しました!」

 その笑顔の裏側に底しれぬ恐怖が潜んでいることを知る男は即座に謝罪した。

 この国に生きる者は、国家主席と名乗った男こそ、この国の全てを掌握している、まさに独裁者であることを知っているからだ。

「それで?」

「はっ!我が国で起きた魔物氾濫スタンピードですが、小規模のものはすでに鎮圧されました。しかし…我が国最大の故宮迷宮に突入した、軍の精鋭100名が消息を絶ちました」

「何だと?して、原因はわかっているのかね!?」

「はっ!只今兵士を増員し、調査と攻略の二面作戦を遂行中ですので、しばらくお待ち下さい!」

(ちっ…小日本の通達の通りというわけか…あの国は、世にダンジョンができてから、まるで先駆者であるかのように振る舞う…忌々しい。真のアジアの支配者が誰なのか思い出させてやるにはどうしたらいいものか…)

 軍部からの報告に中国の国家主席、周瑾宝は苛立ちを募らせた。

 …

 …

 …

「ぜ、全滅…?一万人の兵士が?そんな…バカな…」

 参謀総長の李孔明…痩せ方の体型に八の字型の口髭がトレードマークの男…は思わぬ事態に頭を抱えた。このような事を報告すれば無能のそしりを受けて、処分されることが目に見えているからだ。

 …

「生き残ったものはいないのか?」

 一縷の望みをかけ、李は報告をあげてきた士官に対して詰問する。

「こ、後方支援部隊の者が数名、戦域から離れていたため帰還していますが…何が起きたかはわからない…と…」

「ちっ…使えない…それでも、軍部に所属しているのか!どんな些細な情報でもいい。何かないのかね?」

「も、申し訳ありません…」

「はぁ…仕方あるまい。劉王威特級上将を召集したまえ」

「劉特級上将…でありますか?」

「何か問題が?」

「い、いえ!そのようなことは!」

「なら、すぐに、行動したまえ」

「はっ!」

 …

 …

「おいおい。この俺様を呼び出すとは…軍の雑魚共じゃ手に負えなくなったかぁ?」

 横柄な態度で口を開いた男こそ、この国で特級上将という特殊な立場を与えられた人物だ。

 筋肉質で引き締まった身体に、刈り上げた短髪で、その口から見えるギザ歯がより攻撃的な印象を相手に与えている。

「相変わらずな態度だな。自分の立場がわかっているのか?」

「へいへい。それで?俺様に何をさせようってんだ?」 

「故宮迷宮が溢れた。幸い魔物共は抑え込めたが、深部にいるらしい何者かによって部隊が壊滅させられた…貴様にはそれを討伐してもらう」

無料ただで働けなんて言わないよな?」

「無論だ。貴様の刑期の縮減…いや、恩赦も考えよう」

「ほう…そいつは豪気じゃねぇか。いいぜ。引き受けてやる」

「話は決まりだな」

(劉王威…ダンジョン黎明期にその実力を評価され、上将まで登りつめた男…だが、開花したその能力スキルに魅了され、軍部の兵士数百名を虐殺し、捕らわれの身となった…か。本来なら死罪となるところだが、その力を惜しまれて今も尚、生かされている…)

 …

 …

「それで?何であんたが付いてくるんだ?」

「ふん…貴様を野放しにはできんだろう。監視が必要だ」

「参謀総長殿自らとは、畏れ入るね」

「無駄口を叩く暇があるなら、さっさと行け」

「ちっ…わかったよ。だが、その前にこいつを外しちゃくれないか?」

 劉は両手に嵌められた枷を李に向けて差し出す。

「いいか?妙なことは考えるなよ?」


 ガチャリ!


 一言忠告を促した後、特殊な鍵によって、能力を封印するための手枷が外された。


「はっはっはぁー!ようやく自由だぜ!」

「喜ぶのはまだだ。このミッションをクリアするまでの一時的な措置だということを忘れるな!」

「はいはい…わかってるっつーの。なら、とっととやっちまうか…来い!死兵共」

 劉の影から、わらわらと人影が現れる。それらは劉がかつて虐殺した兵士達の成れの果て…屍人ゾンビ骸骨スケルトンといった、不死生物アンデッドだった。

(これが、奴が一人軍隊ワンマンアーミーと称された所以…死霊術師ネクロマンサーの軍勢か…死兵の能力は術師に依存する…つまり、Sランク相当の兵士数百名からなる軍勢ということになる…この戦力なら、故宮迷宮に潜む未知の存在とやらが何者であっても問題はなかろうが…)

 …

 …

「ほぅ。今度は亡者の群れか。つい先日も大量のを貰ったばかりじゃというに…なかなかこの国の者共は好意的じゃのう」

 辿り着いた深部にいたのは、白髪で、その顔には深い皺が刻まれた、灰白色のローブを身に纏った胡散臭い爺が一人。そして、その側には3体の魔物が控えている。

 1体は体高3mくらいの四脚の獣で、全身を覆う黒銀の毛が針のように鋭く、2本の尾がゆらゆらと揺れている。こちらを値踏みするような、その顔には4つの赤い瞳が妖しく輝いていた。

 もう1体は、極彩色の羽を持つ鳥のような魔物で、翼を拡げれば4mはあるだろうか?鋭い鉤爪と尖った嘴は凶悪で、獲物を捉えたら瞬時に引き裂くのだろう。太い尾の先には蛇の頭があり、その口からチロチロと舌を覗かせている。

 3体目は5mはありそうな巨人で、その口は馬程度ならば丸呑みにできそうなくらい横に裂けている。ゴブリンのようなくすんだ緑色の身体にワンショルダーの革鎧を身にまとっていて、引き締まった筋肉質の膂力で繰り出される拳は大抵の物を破壊するのだろう。


「貴様が黒幕か!?」

 あからさまに怪しい人物に、李が問いかけた。

「ふむ。このダンジョンを溢れるように仕向けたのは、確かに儂じゃが?それが何か問題があるかの?」

「ふざけるな!一体何が目的で、そんなことを…!!」

「女神様復活のための贄とする。というのが建前じゃが、儂はそんなことはどうでもいいんじゃ。強いて言うならば、儂の可愛い子供達の成長の為じゃの」

 そう言いながら、老人はそばに控えている魔物を愛おしそうに撫でている。

 撫でられている魔物は、気持ちよさそうに目を細め、老人に寄り添って、とても懐いているように思われた。

「子供達…だと?」

「そうじゃよ。この子達が儂の最高傑作じゃ。ん?おぉ〜…そうかそうか。まだ足りないか?ほら、また餌がやってきたぞい。好きなだけ食らうとええ」

「グルルル…」

「キュオォォォ…」

「…オデ…ウレジイ…」

 3匹の魔物が喉を鳴らす。


「李のおっさん!下がれ!来るぞ!」

 劉が叫ぶと同時に、彼らの前面に死兵達が壁を作るように展開される。


 ドガンッ!

 グシャッ!

 バキッ!

 グチャア…!

 バリボリ…バリボリ…ゴクン


 が、それらは抵抗すらさせてもらえずに、3体の魔物によって悉く蹂躙されていった。

 骸骨スケルトンは脆くも砕かれ、屍人ゾンビはその肉体を引き裂かれ、動かぬ肉片となったそれらは、3体の魔物の腹の中に収められていく…


「な…何だ?身体が…思うように動かない?」

 自慢の兵力が減っていく中、自身の身体に訪れた変化に劉が戸惑う。

「ふぇっふぇっふえっ…無駄じゃよ。ここはすでに儂の領域内じゃからの」

 老人…異世界からの侵略者である魔道士マドゥーサ・エストが勝ち誇ったように笑う。

「儂のスキル、怠惰の領域内に入った者は、【速さ】を奪われるんじゃよ。そして奪ったそれは儂の子供達へと還元される…言っている意味がわかるかの?」

 その説明を聞き、劉の顔が絶望に染まる。


「すまねぇ…李のおっさん…こいつには勝てねぇわ…」


 もはや、抵抗する気すらも起きなくなった劉はその場で膝をつき、眼の前に迫る死を受け入れるしかないと悟った。

 ―――――――――――――――――

 あとがき。


 更新が遅くなってしまいまして大変申し訳ありません…


 また少しずつ書いていきますので、最後ラストまでお付き合いください。不定期更新ですが、頑張って書き切りたいと思ってますので、お待ち下さい。


 次回は…

 劉のピンチに救世主?現る…ですかね。

 

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