第166話 欧州鎮圧

「さて、それじゃあ…」

 氷のドームを消すと、先程冒険者達を保護すべく向かわせた二人の女性と、一人の男が駆け寄ってきた。

「あの…!さっきの女は…?」

「跡形もなく消してあげたわ」

「そう…よかった…」

 安心するような、それでいてどこか悔しそうな表情を浮かべているのは、確かマリーとか呼ばれていた女だ。


「ス、魔物氾濫スタンピードはどうなったんだ…?」

「あなたは?」

「あ、失礼…私はこの辺り一帯を管理している冒険者ギルドの責任者で、ジャンという」

「そう」

 黒い魔石…迷宮核ダンジョンコアを見せて、リーナが答える。

「この通り、あの迷宮ダンジョンの主を討伐したから、もうあそこに魔物が湧くことはないわ」

「そうか…ありがとう…貴女がいなければ、この街も人も大変なことになっていただろう。心から感謝する。ところで…その手に持った魔石は…?」

「これはあの迷宮の核。これを破壊すれば迷宮ダンジョンは消滅する。今は破壊するための手段がないから持って帰るけど」

「ダンジョンが消滅…いや、しかし…それは…」

(ダンジョンから出る資源は、この国にとっても重要だ…私の一存で決めることはできないな…)

「勘違いしないでもらえる?迷宮核これの回収と破壊、ダンジョンの消滅は決定事項なの。それを妨げるというのなら…」

 リーナから殺気の籠もった冷たい魔力が漏れる。

「ま、待ってくれ!すまない!非礼を詫びる…」

 慌てて頭を下げる、ジャン。

「ジャン〜。そのくらいにしなさいよ。冒険者の戦利品は冒険者のものでしょ?」

「あ、あぁ。そうだな」

 マリーが窘め、ジャンも納得する。いや、せざるを得ないというところだろう。


「あ、あのあの!お、お名前を聞かせていただいても…よろしいでしょうか?」

「姉さん?」

 挙動不審なジャンヌがリーナに話しかけてきた。

「私の名は、シルヴァリーナ。シルヴァリーナ・フルムーンよ」

「シルヴァリーナ…お姉様…」

 頬を紅く染めながら、リーナの名を呼ぶジャンヌ。

「ちょっと…姉さん!?」

 普段は見せない姉の様子にマリーは戸惑っている。

(いや、危ないところを助けられた上に、あの戦闘を見ていたのなら、気持ちはわかるけど…こんな姉さんは、初めて見るわね…)


「そうだわ、これを返しておかないとね」

 先程、リーナがシャルネから取り戻した宝石を床に置き、

封印解除リリース

 一言、唱えると、宝石から光が溢れた。


「ここは…?僕は一体…」

 光が収まると、そこには尻もちをついた状態でピエールが元の姿に戻っていた。

「ピエール!あなた無事なのね?」

「あ、あぁ」

「自分がどうなったか思い出せる?」

「確か、助けを求められて…あっ!僕は刺されたんだよな?」

「そうよ。あの女のスキルであなたは宝石に変えられていたの。それをシルヴァリーナさんが助けてくれたのよ」

「そうなのか…それで!魔物氾濫スタンピードはどうなった!?」

「それも全部、彼女が終わらせてくれたのよ。こっちの被害は軽微で済んだわ」

 簡単な説明を受け、恩人であるリーナを改めて見上げる。

「う…美しい…まるで女神だ」


「あ゛!?」

 リーナから、先程の比ではないレベルの殺気が溢れる。

「え?ちょっ!何?どうして?」

 リーナの豹変に事情を知らないマリーが慌てる。

クソ女神あんなのと同列に扱われるなんて…こんな屈辱はないわ…助けたのは間違いだったかしら?」

「そうね。ピエール、あなたは死になさい」

「姉さんは黙ってて!ピエール!あなたも早く謝って!!」

「す…す、す、す…すまない!悪気があって言ったわけじゃないんだ…」

「シルヴァリーナさん!この通り、彼も十分反省してますから!どうか許してあげてください!それと…できれば…その…説明を…」

 …

 …

「ごめんなさい…取り乱してしまったわね」

 何とか落ち着きを取り戻したリーナが謝罪する。

「いえ、お姉様が謝ることじゃありません!全部ピエールが悪いんです」

「痛っ!」

 地面に正座しているピエールを容赦なく足蹴にする。

「どうしよう?ジャンヌ姉さんがポンコツになってしまったわ…」


「私からも、この異常事態の情報を少しでも知っているなら、説明を願いたい」

 ジャンからもそのように促され、リーナは語った。


 異世界のこと、女神のこと、ダンジョンができた理由、そして今、地球は侵略を受けているという事実…


「そんな事が…にわかには信じがたい話だが…」

「別に信じてもらわなくても構わないわ」

「いえ信じます!」

 ポカンッ!

 間髪入れずに答えたジャンヌをマリーが叩く。

「痛いわね」

「はいはい。姉さんは少し黙ってましょうね」

 最早、首肯するだけの信者のようにも見えるようになってしまった姉を少しだけリーナから遠ざける。

「おい、マリー…ジャンヌってあんなやつだったか?」

「私も戸惑ってるのよ…少し時間を置けば正気に戻るでしょ。…戻るわよね?」


「それで、貴女はこれからどうするのですか?」

「奴らの野望を食い止めることが、我が主の望み」

「主…?」

「私は日本の冒険者、獅童真央様に仕える者。今、私の仲間達が世界中に散って活動している。私も他の地域へ向かうつもりよ」

「私もお供させてください!」

「ふふっ…戦い続けていれば、いずれ何処かの戦場でまみえることもあるかもしれないわね」

 この場を立ち去るつもりなのだろう、リーナは話は終えたとばかりに背を向けた。

「じゃあ、またね。さようなら」

 その言葉を最後に、リーナの姿が消えた。


「行ってしまったか…」

「ええ。おそらく次の戦場に…ね」

「ジャン!グズグズしている暇はないわよ。お姉様の話をギルド全体に共有して!」

「あ、ああ」

「マリー、私達は次の戦場に行くわよ」

「え?姉さん?」

「何を呆けているの?次にお姉様にお会いした時に、胸を張れるように、私達は私達にできることをするわよ」 

「そ、そうね。わかったわ」

「ピエール。あなたはどうする?」

「そうだね。上位ランカーと呼ばれるようになって慢心していたようだ…今の僕らでは彼女の隣に立つことすらできないだろうけど…やれることはあるはずだ」

「OK!ジャン、まずは近隣からあがってきている支援要請をリストアップしてくれる?」

「ああ。わかった」

 …

「なるほどね…あっちはお姉様が向かわれたから、私達はこっちへ行くわよ」

「わかったわ」

「いいとも」

「ジャン、ここの後始末は任せるわね」

「任せておけ。他の支部のことは頼んだぞ」


 こうして、ジャンヌとマリー、そしてピエールは他の地域の魔物氾濫スタンピードの救援へと向かった。


 その後…欧州ヨーロッパ各地で蒼銀に輝く何かが戦場を駆け抜けるという現象が目撃された。

「光り輝く毛並みの大きな狼に助けられたんだ…ありゃあ神の使いに違いない」

「信じられないほどの美女を見たんだ。あれが女神だと言われても俺は信じるね」

「信じられないぜ。輝く何かが通り過ぎたと思ったら、街まで迫っていた魔物の群れが全滅してたんだ…」

「あのね…おねぇちゃんが助けてくれたの!ママもパパも無事だったのよ!」

 …

「踏ん張れ!耐え抜けば必ず救援が来る!」

「ですが…リーダー…!」

「信じられないかもしれないが、そういう存在がいる!」

「わ、わかりました!!」

 …

 …

 情報を共有した冒険者達が奮闘し、戦場を駆け抜けるリーナ達の活躍によって、やがて欧州の魔物氾濫スタンピードは終息の兆しを見せ始めた。

 ―――――――――――――――――

 あとがき。


 またも予告詐欺…

 ポンコツジャンヌ書いてて、楽しくなってしまいました…

 今のところ再登場予定はありませんが…


 ちょっと…コロナで寝込んでました。皆様も健康には気をつけてくださいませ。


不定期更新となってしまっていますが、もうそろそろ最後ラストが見えてきました。頑張って書き切りたいと思ってますので、お待ち下さい。


 次回こそは…

 別の国へ視点を変えます。次に登場するのは誰かな?

 


『面白い』

『続きが読みたい』

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