第157話 聖女の最期

契約コントラクト


 俺の一言を契機に、光の粒子が集まり人の形を形作っていく。

「俺は…死んだはずでは…?」

「俺のスキルで呼び戻した」

 戸惑うリヒトに簡単に説明をする。

「そんなことが…」

「できるんだ。それより、今の自分の状態はわかるか?」

「…ああ」

「隷属に苦しんだお前を、契約で縛るのは忍びないんだが…やつらの思い通りにはさせたくない。力を貸してくれるか?」

「元より、一度は滅んだ身だ。やつらに一泡吹かせる機会を貰えると言うのなら、こちらからお願いする」

「契約成立…だな」


 こうして、魔人リヒトが俺の仲間に加わった。


「それで、この刀のことなんだが…」

 リヒトが消えたあとに残されていた刀は、間違いなく、俺が魔王だったときに使っていた、俺の専用装備のはずだ。最終決戦の時には使わずに、収納に入れていたので、俺の死と共に消滅したものだと思っていた。

「それは、魔王であったときのあなたを倒した時に、あなたの力と共に、俺の中に流れ込んできたんだ」

「そんなことが…」

「だけど、武器としてではなく、魔王の力の一端として俺と同化したからか、その後それを顕現させることはできなかったんだけど…」

「リヒトの死でドロップアイテムとして残されたってことか…」

 なら、あの宝珠も、魔王の力がドロップアイテムになったってことなんだろうな…


「まだ聞きたいことは山程あるが、まずは逃げた聖女を追うぞ」

「わかった」

 ―――――――――――――――――

「うふふ…なんて美しいのかしら」

 うっとりと頬を染める聖女、リヘルの眼の前には、黒曜石のような輝きに、紫色のオーラを纏った大きな魔石が鎮座している。

「流石は女神様の御力の結晶ね」

 見る人が見れば、その禍々しさに顔をしかめるだろうが、リヘルの目にはその様には映らないようだ。


「なるほど。それがこのダンジョンコアですか」


「誰っ!?」

 突然聞こえてきた声に、リヘルが周囲を見渡すも、人影は見えない。


 棘のついたメイスを握りしめ、警戒を解かずに緊張しているリヘルの影が、にゅ〜っと伸びる。

 その影の中から現れたのは、漆黒の狼を撫でる、白銀の髪に真紅の瞳、赤と黒を基調としたドレスを着た可憐な少女だった。


「ふっ!誰かと思えば…魔王の配下の不浄なる吸血姫でしたか」

 声の主の正体を確認したリヘルが安堵の声を上げる。

「よくぞ、この場所を突き止めた…と褒めてあげましょう。ですが…詰めが甘いですね」

「そうでしょうか?」

「どうやら、魔物というのは記憶力も悪いようですね」

 手にしたメイスをポンポンっと手の中で弄んだあと、ミラへ向けてビシッと突きつけたリヘルが宣言する。

「忘れたというのなら、思い出させてあげましょう。この私に手も足も出なかったことを」


「ふふっ…ふふふふ…身の程を知らぬ者というのは憐れを通り越して、滑稽ですらありますね」

「何?」

 明らかに自身より格下の魔物の不遜なる言い分に、ピクリとリヘルの表情が変化する。


「言葉通りの意味ですよ。邪悪なクソ女神の忌々しい呪いの効果を自身の実力だと勘違いしている姿が滑稽だと言っているのです」


「減らず口をっ!至高の存在たる女神様に対しての不敬の数々…どうやら、その身を持って贖って貰う必要があるようですね!」

 リヘルが棘のメイスを振りかぶり、ミラへと殴りかかった。


 ドカンッ!


 リヘルの渾身の一撃がミラの顔面を捉える。


「なっ!?」

 だが、リヘルの攻撃に対して、ミラは何事もなかったように、その一撃を喰らいつつも、無傷のままそこに立っていた。

「今、何かしましたか?」


「なるほど。多少はできるようですね。魔力障壁ですか?ですが…残念でしたね。私のメイスには魔法やスキルを阻害する効果があるのですよ」

 勝ち誇った顔をして、リヘルが再度攻撃を繰り返す。


 バキッ!

 ドカッ!!

 ドゴンッ!!!


「あはははは!手も足も出ませんか?無様ですね!」


 グシャッ!

 ドカンッ!!

 バコンッ!!!


「これでっ!終わりです!」


 ドッカァァァーン!!!!


 連撃を浴び、最後の一撃で吹き飛んだミラが壁を壊し、瓦礫に埋まる。


「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」

 メイスを振り抜いた形で息を整えるリヘル。

「ふっ…私としたことが…少々取り乱してしまいましたか…ですが、女神様に対しての不敬を許すわけにはいきませんもの」


 その時、崩れた瓦礫がパラリと動いたように見えた。

「?」


 そして…

 パンパンと、ドレスについた埃を払いながら、無傷のミラが瓦礫の中から姿を現した。

「そ、そんな!バカな…」


「ふむ。どの程度かと無抵抗のままでいましたけれど…やはり大したことはありませんね」


「私のメイスは確かに当っていたはず…それが…なんで…?」

 無傷のミラを見て、リヘルは困惑している。


「魔法とスキルを阻害する…でしたか?私達には基本的に、その類の状態異常は効きません」

「そんな…」

 リヘルにとっては、ミラの言葉を信じたくないのだろう。

 そして、更なる絶望が齎される。

「そもそも、私は貴女の攻撃に対して、魔力障壁なんて張ってませんし」

「嘘よっ!」

「そこまで驚くことですか?単純に、私の防御力が貴女の攻撃力を上回っていたというだけのことですけど」


 もう話すことはないといった感じで、ミラがその内に秘める魔力を開放し、優雅に一歩一歩、リヘルへと近づいて行く。


「ひっ…」

 ミラから漏れ出る魔力の濃さに、彼我の実力差を目の当たりにしたリヘルが腰を抜かし、ペタンと尻餅をつく。

 近づいてくるミラの動きに合わせるように、床に座り込んだままのリヘルが後退る。

「くっ、来るなっ!化け物っ!」


「おや?先程までの威勢はどうしたのですか?」

 ゴミを見るような目で、座り込むリヘルを見下す。


 コツン。


 じりじりと後退りしながら、壁際へと追い込まれ、逃げ場を失う。

 怯えるリヘルに、ミラがそっと腕を上げ、指先を向けた。

血爪ブラッディネイル


「ぐぁっ!」

 深紅に輝く爪が伸び、リヘルの肩を貫いた。

 そして、そのまま、リヘルの身体を宙吊りにする。

 残されたもう片方の手をリヘルへと向け、その爪を伸ばす。

「ひっ…」

 伸びた爪の先端が、リヘルの眼球に触れるか触れないかという位置で止まる。

「貴女には、まだ聞きたいことがあります。素直に答えてくれると嬉しいのですけど」

「だっ…誰が、魔物の言いなりになど…」

「そうですか。」


 プスリ。

「ギャアァァァァァァァ!!!」

 ミラの爪が、リヘルの眼球にじわりと刺さっていく。


「答えてくれる気になりましたか?」

「ふっ…私を…舐めるなっ!」

「そうですか。」

 プスリ。

「ギャアァァァァァァァ!!!」

 ミラの爪がリヘルの眼球をくり抜いて、眼窩から引きずり出す。


「こ、殺すなら殺せぇ!」

 リヘルには、思惑があった。たとえこの場で命尽きようとも、自身の魂は女神様の御下へと召され、未来永劫、女神様の一部となることが約束されている。それはリヘルにとっての何よりの幸せに他ならない。


「まぁ、いいでしょう。情報なら他にも得る方法はありますし、何より、いつまでも魔王様をお待たせするわけにはまいりませんから。グリム」

「ハッ!」

 影より現れた、襤褸を纏った禍々しい漆黒の骸骨がパチンッと指を鳴らすと、血爪に貫かれて宙吊りになっていたリヘルが脱力した。


 ミラがリヘルの身体を床に降ろし、爪を引き抜くと、脱力していたリヘルがドサリと倒れた。

 ――――――――――――――――

「こ、ここは?」

 見慣れぬ景色にリヘルが戸惑っている。

「女神様っ!女神様はどちらに?」


「クカカカカ!ようこそ我が世界へ」


 漆黒の骸骨が高らかに笑った。


 ――――――――――――――――

 あとがき。


 更新が遅くなって申し訳ありません。


 聖女様退場です。

 第6章、終わりませんでした…


 不定期更新で申し訳ないですが、これからも頑張って最後まで書き切りたいと思ってますので、お待ち下さい。


 次回は…

 第6章の終わりです。

 勇者パーティーの他の面々が登場するかも?


『面白い』

『続きが読みたい』

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