第154話 勇者

「さぁ!現れなさい!再び魔王を討ち滅ぼすのです!…勇者よ!」


 次元牢から現れた人影は、粗末な貫頭衣を身に着けただけの男で、浅黒い肌に、頭髪はくすんだ白、手には一振りの剣が握られている。何より目を引くのは、その全身に入れられている刺青タトゥーだろう。


「こいつが、あの勇者だと!?」

 肌の色も髪の色も、俺の記憶と合致しない。俺を倒した時の少年だった頃の面影はほとんどなく、その瞳は虚ろで、希望に満ちていた頃とは全く違うように見える。読み取れる感情は絶望と怒りか。


 スチャ


 そして男は、手にした剣を軽く持ち上げ、まるで殺気を感じさせない自然体で、振り向きざまにに斬りかかった。


 ガキィン!!


 不意打ちに近い斬撃を受け止めたのは聖女の持つ魔導具が張った魔力障壁だった。


「な、何を!?敵は魔王ですよ!」


 障壁が自動オートで発動していなければ斬られていたことに、冷や汗を流しながら、聖女が勇者に向けて問い詰める。


「いつまでも、俺がお前達の操り人形だと思うなよ…」

 勇者の口から漏れた言葉には怒気が含まれている。


 その言葉を聖女は信じられないようなものを見たという感じで否定する。

「そんなバカな!隷属魔法は完璧なはずよ!?破れるわけが…」


 戸惑う聖女に対して、勇者の攻撃が続く。


 ガキィン!

 バキィーン!!


「くっ…!このままでは障壁が保たない…」

 聖女が焦りを感じ始めた。


 ぐらり。


 それまで猛攻を仕掛けていた勇者の身体に異変が起きた。


「うっ…」

 勇者が膝をつく。


「ん?ふふふ…!そうか!そういうことね!隷属魔法に抗ったことで、お前の身体は崩壊を始めているようね…」

 よく見ると、勇者の身体は端からボロボロと崩れ始めているようだ。


「ふん。女神様に弓引く愚か者め。その様子ではもう長くはないでしょう。今までの女神教我らへの貢献に免じて、見逃してあげます」


「ふざ…けるな!」

 苦痛に顔を歪める勇者が聖女に吐き捨てる。


「お前の役目は終わったということですよ。勇者。このままここで朽ちていくといい。もうここに用はありません。私は退かせてもらいます」


「逃がすと思っているのか?」

 聖女と勇者のやりとりを見ていた俺が、口を挟む。


「ふっ…魔王を滅ぼすのは次の機会にしてあげましょう。さらばです。緊急離脱エスケープ


 聖女の姿が掻き消えた。


「転移か…ミラ、追えるか?」

「お任せを。すでに追跡魔術マーキングはしてあります」

「そうか。なら、借りを返してくるといい」

「グリムをお借りしても?」

「許す。グリム召喚」


 魔法陣から、死神のローブを身に着けた骸骨が現れる。

「グリム。ミラと共に聖女を討て」

「かしこまりました」

 そして、聖女を追って、ミラは影狼のスキルで影の中へと沈んでいった。


「さて…あとはあいつだな」

 俺は勇者へと近づいていく。


「おい」

 声をかけると、勇者が顔を上げた。

「その顔、その声…本当にあの時の魔王なんだな。生きて…いや、復活したのか?」

「そんなところだ。お前に聞きたいことがある」


「リヒトだ。お前じゃない」

「わかったよ。俺の名は真央だ」

「シドーってのは仮の名だったのか?」

「どうでもいいことだ。それより、俺が倒された後、あの世界がどうなったのか知りたい」

「あまり面白い話じゃないぞ?」

「そんな期待はしてないよ」

「そうか…」


 そして、しばし考えた後、勇者…いや、リヒトが話し始めた。


「魔王がいなくなって、世界に平和が訪れたと思っていたのはまやかしだった…それからしばらくすると、世界中で魔物災害が起きるようになったんだ…」

 それは俺達、魔王軍が魔物を狩るのをやめたからだな…


「俺達は世界を廻り、魔物を倒し、ダンジョンを攻略していった。そして、やがて魔物災害は沈静化した」

 さすが。ちゃんと勇者らしいことしているじゃないか。


「本当の平和がやってきたと思ったら、今度は人族の国々が世界の覇権をめぐり、戦争を始めたんだ…」

 愚かだな…だが、あの世界の人間ならあり得る話だ。


「俺も王国に属する勇者として、戦場に送られた。平和のためという国王の話を信じ、戦地に送られてくる、両親からの手紙を励みとして、多くの人間を殺したよ…」

「リヒト。君はそれに疑問も持たずに戦っていたのか?」

「そんなわけあるか!何度も王に進言したさ。戦争を止めるようにってな」

 聞く耳も持たれかったってことか…


「そんな俺が疎ましくなったんだろう…ある日、士気を上げるための式典パーティーを開くと言われ、王都へと帰還したんだが…俺はそのパーティーの最中に意識を失った」

 薬でも盛られたのか…?


「目が覚めたとき、俺の全身には、この忌々しい刺青タトゥーが刻まれていたのさ」

「リヒトさん、その刺青タトゥーには何か意味があるの?」

 咲希が疑問に思ったことをリヒトに尋ねるが、答えにくいだろう。

「咲希…あれは隷属紋と言われるやつだ」

「隷属紋?」

「要するに、人間を術者の意のままに操るようにするための呪術だよ」

「そんな…ひどい…」

 全くだ。隷属紋が最大効率を発揮するために必要な触媒は、対象者の血縁の血液だ。全身に刻むとなると…


「真央。あなたの思っている通りだ。俺の両親はこの隷属紋のために、全身の血を抜かれて殺されていた…」

 俺が想像し、顔をしかめていると、それを察したリヒトが答えを告げてきた。


 咲希と明璃が衝撃的な話を聞いて言葉を失うが、さらにリヒトの話は続く。


「俺が目を覚ましたとき…俺に隷属紋を刻んだ神官たちがいた…」

 リヒトは両手で顔を覆い、その身体は小刻みに震えている。

 まるでこれから話すことを躊躇っているようにも思える。

「おい…言いたくないことまで言わなくてもいいんだぞ」

「いや…今から話すのは、奴らの所業と俺の罪だ…」


 リヒトが言うには、薄っすらと覚醒した時に、その神官達の会話が耳に入ってきたのだという。

「よし…これで隷属紋は完成だ」

「しかし、こいつもバカな奴だな」

「全くだ。従順に従っていれば、女神様の使徒として、それなりの地位につけたものを…」

「さっきまで自分が食ってたのが、両親の成れの果てだって知ったら、こいつはどんな顔すんのかね?」

「バカッ!滅多なことを言うんじゃない!誰かに聞かれたらどうする!」

「平気だろ。ここには誰も来ないし、勇者こいつはまだ当分は目覚めないからな」

「ま、それもそうか。どうせこいつはもう自我なんて失って、女神教我らの操り人形なんだからな」

「せいぜい、女神様の為の尖兵となって命の続く限り働いてもらうとしよう」

「「ははははははははは!!!!」」


(父さん…母さん…ごめん…ごめんよ…)

 リヒトの目から一筋の涙が溢れた。


 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!!!!!!

 この世界に生きとし生けるもの全てを呪ってやる!!!!!!!!!


“【EXスキル】憤怒を獲得しました”

 ――――――――――――――――

 あとがき。


 少し長くなったので切ります。

 残酷な話で記憶に強く残ってるの、伯邑考のハンバーグなんですよね…


 不定期更新で申し訳ないですが、これからも頑張って最後まで書き切りたいと思ってますので、お待ち下さい。


 次回は…

 大罪スキルに覚醒した、勇者リヒトのその後です。


『面白い』

『続きが読みたい』

 と思っていただけたなら、


 フォローや☆☆☆評価をよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る