第153話 聖女

「くそっ!あれの効果は礼拝堂だけじゃなかったのか!」

 礼拝堂より上は、迷宮ではなく、信者達の居住区だろうとは思っていたが、そこには影の魔人と化してしまった信者達が待ち受けていた。


「数が多くてうっとおしい!」

「この人達みんな女神教の犠牲者だってわかってはいるけど…」


 通常は信者達の居住区だけあって、通路もそれほど広くはない。一度に多数の影の魔人が襲いかかってくることはないが、次から次へと湧いてくるため、真央達は思いの他、時間を取られていた。


 何度か階段を上がり、複数のフロアを移動したが、その全てが影の魔人に埋め尽くされていた。


「これでっ…最後っ!」

 襲いかかってくる影の魔人達を撃退し、目に見える範囲に動くものはいなくなった。今のが最後の個体だったのだろう。倒した影の魔人は黒い靄となり、ダンジョンへと吸収されるように消えていった。


 そして、ついに階段を登りきった先に大きな扉がある階へと辿り着いた。


「ここが最上階のようだな」

「やっと着いたね」

「思ったより時間がかかってしまったけど…」


 俺が扉を開けようと手を伸ばしたとき、


 ドカァァァァァーーーァァンンン!!!


 部屋の中から大きな音が聞こえてきた。


「真央!今のは!?」

「ああ、何かが起きている。行くぞ!」

「うん!」


 俺達は勢いよく扉を開け、最上階の部屋へと突入した。


 まず最初に目に飛び込んできたのは、真っ白いローブに身を包んだ金髪の女性だった。

 後ろ姿なので顔は見えないが、その手には棘から血が滴る、無骨なメイスが握られている。


 その女性の目線の先にはのルシフェルが壁にめり込むように埋まっていた。


「間に合わなかったか…」

 俺はルシフェル、いや、ルシファーの元へと駆け寄り、声をかける。

「しっかりしろ!」

「そ、その声は…魔王…か。もう目が見えぬ…私は…やはり間違っていた…」

「もう喋るな!ミラ、頼む!」

 俺はミラを呼び出し、回復を頼む。

 だが、ミラが首を横に振る。

「申し訳ありません…魔法が阻害されているようです…」

「なに…?」

 なら、回復も蘇生も無理ということか…


「いいんだ。私は…もう…」

 ルシファーは自身の運命を受け入れているようだ。

「これは…信者達を…守れなかった報いだ…私は…誇りを…」

「ああ。誇り高きルシファーの最期はこの目に見届けた。あとは任せろ」

 だらんとルシファーの身体から力が抜け、満足そうな顔をしたまま動かなくなった。


「全く…人の部屋へと勝手に入ってきて私を無視するとは…魔王というのは礼儀も知らないようですね」

 白いローブの女が声を上げる。

「その者は、女神様へ弓引く大罪人です。そこを退きなさい」


 傲慢さが伺える、命令口調に反発するように、顔を上げ、その女を睨みつける。

 年の頃は30歳くらいだろうか?少々厚い化粧を施しているのが、どうやら聖女と呼ばれている女らしい。どことなく見覚えがあるような気がするのだが…気の所為か?


「お前が全ての元凶か…?」

 日本に魅了を撒き散らしているのがこの女であることはわかっている。


「元凶?何を言っているのかわからないけれど、女神様への信仰を広めるのは当然のことでしょう?」

「信仰…だと?魅了して生贄にしているだけだろ?」

「女神様の御下へと導かれて、未来永劫女神様と共にいられる幸せを賜われるのです。何が不満なのですか?」

 聖女は自身の身体を抱きしめながら、恍惚な表情を浮かべている。

「あんなに吸収されるなんて最悪だろうがよ!」


 ピキリ!


 にこやかで胡散臭い笑顔だった聖女の額に青筋が浮かぶ。


 ドガンッ!!


 手にしていたメイスを床に叩きつけ、怒りを抑え込むように口を開く。


「ええ。ええ。ええ。魔王が不遜なのは相も変わらずですが!あの頃とは違って、私も寛容になったのですよ」

「あの頃?」

「おにぃ、このおばさんは顔見知りなの?」

「おばっ…!!こ、この小娘がぁ!!!」

「きゃあ!」

 ものすごい形相で、聖女が明璃を睨みつける。


「魔王様…この女は勇者パーティーにいた女神官だと思われます」

「なに?」

 ミラが突然、そんな補足をしてきた。

「魂の色が同じですから。それに…私がこの者を見間違えるはずがありません!」

「なるほど…そういうことか」

 俺が倒されてから、あの世界の時間が進んでいるってことなんだろう。


「ふぅ~…ふぅ…ふぅ。魔王が不遜なら、その従者も無礼者か…でも、まぁ、いいでしょう。お前達も、私のスキルで女神様の信者となるがいい!」

 どうにか怒りを抑えた、聖女の瞳が怪しく光る。

「ふふふ…ははは…あ〜っはっはっは!!!さぁ!魔王よ!まずはその無礼な小娘の首を刎ねてしまいなさい!」

 勝ち誇ったような顔で、聖女が命令をする。


 …


 …


 …


 だが、真央はその命令を実行することはなかった。

「そんな!何故だ!?何故私のスキルが効かない!?」

「バカか?そんなことお前に教えてやる必要はないだろ」

 実際のところは、【魂の絆】で結ばれた仲間達を多数開放したことで、洗脳や魅了系スキル程度では、魂に根付いた絆を断ち切ることはできないため無効化できるということだ。


「くそっ!」

 魅了が効かないと見るや、聖女は距離をとるように後退した。

「女神様の信者にならぬというのなら、再び滅ぼすまでのこと」

 そう言って、懐から、鎖が巻き付いた小さな水晶玉を取り出した。


 それを真央達に向かって放り投げると、


 ブォン!


 床に落ちた水晶玉が人間がすっぽりと隠れるほどの大きさへと膨らんだ。


「あれは!次元牢か!」

 真央が警戒するように声を上げる。

「真央、次元牢って?」

「討伐できないような手に負えない魔物なんかを封印して閉じ込めるための魔導具だ」

「じゃあ…」

「ああ。気をつけろよ。出てくるのは奴の援軍…もしくは切り札かもしれない」

「なら!出てくる前に壊さないと!」

「無駄だよ。壊せないから強固な封印として使われるんだ」

「そんな…」


 ゴクリ…


 俺の話に明璃も咲希も緊張が高まる。


「彼方より此方へ…次元の狭間へ封じられし者を解き放て…解錠リリース……!!」

 俺達が眼の前の次元牢を警戒していると、聖女が解錠の呪を唱える。


 次元牢に巻き付いていた鎖が光を放ち、やがてボロボロと崩れて消えていく。


「さぁ!現れなさい!再び魔王を討ち滅ぼすのです!…勇者よ!」


 ――――――――――――――――

 あとがき。


 聖女様…少しお年を召していられるようで…

 あ、まだ名前考えてないや。


 更新が遅くなって申し訳ありません。不定期更新で申し訳ないですが、これからも頑張って最後まで書き切りたいと思ってますので、お待ち下さい。


 次回は…

 いよいよ勇者の登場です。


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