第136話 内田諒子
私が冒険者に憧れたのは、魔物氾濫で怪我をした人達を癒やしていた、
でも、親友の
「そんな…どうして…?」
自分のステータスに表示されている職業が信じられなくて、悩んでいるところに、千里が声をかけてきた。
「うっちー!どうだった?」
「千里は?」
「へへ〜。あたしはね、双剣士だったよ」
「私は…侍だって」
「え!?すごいじゃん!侍って言ったら、攻撃職でも上級職でしょ!?いいなぁ〜」
「そう…かな?」
喜んでくれる友達の手前、望んだ職じゃなかったとは言い出しづらかった。
私達は冒険者学校へと進学した。
冒険者学校と一言で言っても、内部はいくつかの学科に分かれている。
大まかに分けて、二つ。冒険科と生産科。
前者はダンジョンに関連する、探索、索敵、戦闘など、前線で戦える冒険者の育成を目的とし、後者は冒険者の装備品や消耗品の作製、修理、採取、改良など、後方支援を目的としている。
職業「侍」の私は、冒険者学校生産科を選択した。
専攻したのは、薬草学と錬金術。薬草の栽培や、回復ポーションの作成と改良を主とする。本来なら、錬金術師や薬師という職業についた人が学ぶべき学科だが、どうしても私は、人を癒やす項目に携わりたかったのだ。
当然、専門外の学習では経験値も得られずにレベルも殆ど上がらなかった。
たまに親友の千里に連れられてダンジョンに行くことはあったが、相手が魔物であっても、攻撃して倒すということに躊躇いがあったので、次第に千里とのレベル差も開き、いつしか行動を共ににする機会も減っていった。
風の噂で、最近は魔弓術士の女学生と一緒にダンジョンへ行っているらしいなんて話も耳にした。
そんな私に転機が訪れたのは、学校内で、先生と外部の冒険者の対談がLIVE配信されたことだった。
飲んだだけでレベルが上がるという、夢のようなポーションが先日、ポーション作成の権威である、早乙女博士から発表されたばかりだ。
そして、その原料となる迷宮核が件の冒険者より、冒険者学校へと返還された。
錬金術を学ぶ身としては、当然、興味を持たないわけはない。
迷宮核からレベルアップポーションを作る工程は、普通の回復ポーションを作る場合と変わらない。とはいえ、錬金術スキルやポーション作成スキルを持っていない私がその作成に関わることは認められなかったのだが…
そんな折、親友の千里から、レベルアップポーションは飲まないほうがいいという忠告を受けた。
そういえば、対談の配信でも冒険者がそんな事を言っていたような気がする。
この時の私は、特にその忠告を深くは考えていなかったのだが、レベルアップポーションを支給され、特選クラスと呼ばれる、新しいクラスに編入された学生達の横暴が校内でも話題になってきて、ようやく、レベルアップポーションの影響というものに危険性を感じるようになった。
そして、ついにその時が来た。
「内田!ちょっと話がある」
特選クラスの担任になった、宗次先生に呼び出された。
「あの…何でしょうか?」
「喜べ!お前も特選クラスへの編入が認められたぞ!」
突然、そんな話を告げられた。断ろうと思ったが、それはもう決定事項だと言われて、押し切られた。
宗次先生が言うには、同じ「侍」という職業に就きながら、なかなかレベルの上がらない私に目をかけていたらしい。
そして、宗次先生は徐ろに、レベルアップポーションを取り出して、私に手渡した。
「さぁ、飲むと良い」
「いえ…あの…私は結構です…」
「何を言ってるんだ?この貴重なポーションを支給されるのは特選クラスに選ばれたエリートの証なんだぞ?」
「私は、それ、飲みたくありません」
そう答えた瞬間、宗次先生の目に剣呑な光が宿った。
「何故かね?」
「あまり良くない噂を聞きますから…」
言葉を濁しながら、断ろうとしているのだが、
「安心したまえ!私も飲んだが、安全は確認している」
一体、何をもって安全と言っているのだろうか…?そんな疑問が頭をよぎったが、頑なに拒む私に業を煮やしたのか、宗次先生は、私の腕をとり、捻り上げた。
「痛い!先生!やめてください!」
「全く…私が、生徒のためを思って行動しているというのに…」
などと言いながら、先生は私の口の中にレベルアップポーションを流し込んだ。
「ごほっ…ごほっ…」
…
「なぁに?気安く話しかけないでくれる?」
親友だった千里が話しかけてきた時、私が返した言葉がこれだ。
(どうして、そんな事言うの!?)
まるで、私の身体を私じゃない誰かが操っている。そんな風に感じるようになってきた。
やめて!と叫んでも私の言動は私の意思のとおりには動いてくれない…
…
そして、運命のあの日がやってきた。
敵の出なくなった演習ダンジョンへと集められた、私達、特選クラスの面々を前にして、宗次先生が話し始めた。
「蠱毒というものを知っているか?」
最強の毒を作るために、100匹の毒虫、益虫を壺の中に閉じ込め戦わせるといった呪法だ。
「諸君らは、学生としては強いと言えるレベルに達したと思う。だが、最強の冒険者を目指すなら、他者を倒し、自らの糧とせよ」
「「「はい!」」」
(嘘でしょ!?生徒同士で戦えだなんて…)
ドサッ…
私の隣りにいた女子学生が男子学生によって斬られ、倒れた。ピクピクと痙攣している身体がやがて動かなくなる。
(そんな!本当に殺した?)
驚いている私の身体も、私の意志とは別に刀を抜いて動き始めた。
(いや!)
ザシュッ!
肉を斬る感触が手に伝わり、飛び散った血飛沫が顔を濡らす。
“レベルが上がりました”
この時、私は初めて、人を殺しても経験値が得られるということを知った。
(やめてっ!)
ゴリッ!
首の骨を断ち斬る手応えを感じた後には、首と胴が切断された
“レベルが上がりました”
(お願い…止まって!)
ズブリ!
背後から近寄ってきた
「ゴホッ…」
口から血を吐いた少年が倒れる。
“レベルが上がりました”
それからも、私の意志など無視したかのように、私の身体は同級生達を屠り続けた…。
“レベルが上がりました”
“レベルが上がりました”
“レベルが上がりました”
…
立っているのが私一人になった時、こんな酷い命令を出した、宗次先生に対して、ほんの少しだけ憎しみの感情が芽生え、私は先生に向かって刀を振り下ろしていた。
その後の記憶が朧気だが、目が覚めたとき、私の意識は暗い闇の箱から開放されていた。凄惨な記憶と、手に残る感触はそのままに…
それから何日が経ったのだろうか?
不思議なことに、この部屋の中では食事も水も摂らなくても身体が衰弱することはなかった。
ただ、眠ろうとすると、恨めし気に私を見つめる同級生の死体に囲まれる夢を見るので、眠れなくなった。
何度手を洗っても、ぬめりとした血の感触が消えてくれない…
この苦しみから解放されなくて、いっそのこと、生命を絶とうと行動しようとすると、輝く鎖が私の邪魔をする。
そんな日々が続いたある日のこと…
私の部屋に見知らぬ男性が入ってきた。この人が私を殺してくれたらいいのに…と視線をはずすと、
今度は大勢の人間が私の部屋へとなだれ込んできた。
その人達の顔を見て、私は驚きを隠せなかった。なぜなら、私が殺した
話を聞いてみると、先程の見知らぬ男性のスキルで生き返ったらしい。
俄かには信じられない話だったが、今、こうして、私の前に死んだはずの
彼らは口々に、
「あなたは悪くない」
「あれは仕方なかった」
「辛いことがあったけど、これから頑張ろう」
「みんなで力を合わせれば乗り越えていける」
などと、私を励ましてくれた。
(みんなは…強いな…)
私はほんの少しだけ、肩の荷が降りたような気がした。
その夜、私は天井から下がる輪っかに首を通して、踏み台を蹴った。
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