第135話 学生達

「それで、もう一人はどうしてる?」

「女神の影響が消えて、それからは塞ぎ込んだように部屋から出てくることがないみたいですね。自死はさせないように見ていますが…」


 トントントン…ガチャ。


 床に座り込んだ女が、部屋に入ってきた俺に一瞬だけ視線を向けるが、すぐに目を逸らし、壁をぼーっと見つめている。


 俺はあの目を知っている。

 生きる希望を失くした者の目だ。


 この子は…もうダメかもしれないな…心が壊れてしまっている。

 10代の学生がその手で多数の同級生を殺害したのだ。宗次さんの話だと、たとえ自分の意思ではなかったとしても、やったことも、その手に残る感触も、記憶からは消えていないはずだ。その罪悪感は計り知れないだろう…

 霊薬エリクサーでも壊れた心は治らないからな…


 俺がどう声をかければ良いのかを悩んでいると…


「内田さん!」

「内田くん!」

「諒子ちゃん!」

「諒子!」

「内田!」

「諒子さん!」

「りょーちゃん!」

「うっちー!」

 大勢の生徒達が部屋の中へとなだれ込んで来た。口々に目の前の少女の名を呼ぶその瞳には、ただ、相手を心配しているという気持ちが見える。


 彼らの姿を見た瞬間、生きる希望を失くしたその目に微かに光が宿る。

「みんな…嘘!?…どうして…」


 彼らはこの少女によって殺された学生たちだった。

 明璃から、冒険者学校に不穏な動きがあるという連絡を受け、シルヴィに見張らせていた矢先のことだった。

 学生達が殺し合いをしているという異常な情報を得たため、すぐに現地へ転移し、彼らの遺体を隔離して、蘇生させた。

 虫の息だった宗次さんに治療を施し、たった一人生き残っていた少女は全てが終わった後、呆然としながら地面に座り込んでいたところを確保した。


(まぁ、初対面で、どこの誰ともわからない俺よりは、同じクラスの仲間達の方が、彼女の心を癒せるかもしれないか…)


 俺は部屋の端に避け、死んだはずの彼らと、殺したはずの彼女の話を眺めることにした。


「僕らにも何が起きたかはわかってないんだ」

「気がついたらここにいて、あの暗い箱の中から開放されてたんだ」

「暗い箱…そう…やっぱりみんなもそうなのね…」

「でも、記憶はちゃんとあるんだよな…」

「うん…とても恐ろしい記憶」

「多分、あれは実際に起こったこと…なのよね?」

「ごめんなさい…私…」

「ううん!諒子が謝ることじゃないよ!」

「そうさ!あの時はみんな、相手を殺さなければ自分が殺されるって状況だったんだ」

「君だけじゃない。僕だって、何人か殺してしまったんだから…」

「私も…心の中で、もうやめてっ!って叫んでた…でも、身体が言うことを聞かなくて…」


 みんながみんな、お互いを庇いあい、あれは仕方がなかったと慰め合っている。そんな時、ふと一人の生徒が俺の方に視線を向けた。


「あの…もしかして…あなたが私達を助けてくれたんですか?」


 突然投げかけられた質問に、俺は首肯する。


「やっぱり!あの…助けてくれてありがとうございました!」

 その一言を皮切りに、学生達が俺の元へと殺到してきた…

 若干のうっとおしさを感じながらも、一応説明は必要かと思ったので、改めて、学生達に説明をする。

「薄々わかっているとは思うけど、君達は一度死んだ」

 改めてはっきり告げると、さすがに動揺するらしく、ざわついた。

「死んだ君たちを、俺の仲間が魔法とスキルを使って生き返らせたんだ。ここまではいいか?」


 動揺が広がっていく…

「生き返らせた…って」

「そんなことできるのかよ…」

「でも、実際、私達はこうして生きてるわけだし…」

「うん。俺達が死んだってことは覚えてるよ」

「やっぱり夢とかじゃなかったんだね…」


 少し落ち着くのを待ってから話を続ける。

「蘇生は成功しているから、記憶の欠落や身体の不調などはないはずだ。元通り、何の不自由もなく暮らせるから安心して欲しい」

「わかりました…あの…本当にありがとうごさまいます…何てお礼を言ったらいいのか…」

「別に、感謝されたくて助けたわけじゃないから、気にしないでくれ。俺には俺の思惑があって、目的を果たすついでだったんだから」

「目的…ですか?」

「ああ。君たちの身体を蝕んでいた邪悪な魔力は異世界の女神のものだ。俺の敵はその女神だからな…奴の魔力を世界から消すついでに君たちを助けることになったってだけだ」

「異世界の女神…ですか?」

「あ!思い出した!お前、嘘吐き魔王だろ?」

「嘘吐き魔王?」

 初めて聞く単語に首を傾げていると、目の前の男子学生が得意気に語り始めた。

「前に、学校の公式サイトのLIVE配信で、異世界に転生しただとか、女神がどうとか、ありもしない嘘をついてただろ?」

(あ〜…あの時のことか。それで世間じゃ嘘吐き魔王なんて言われてるわけか…)


「ちょっと!おさむ!いきなり失礼じゃない!この人は私達を助けてくれたのよ!?」

「でもなぁ…」

「私もあの配信は見ていたけど…ほんとに全部嘘なのかな?」

 俺達の会話に一人の女子学生が加わってきた。

「嘘に決まってるだろ?異世界なんてあるわけないじゃん」

「でも、ダンジョンとかがあるんだよ?異世界があったって不思議じゃないでしょ?」

「それは…」

 男子学生の主張はだんだんと旗色が悪くなってくる…

「それに…私達は全員経験したばっかりじゃない!レベルアップポーションを飲んでどうなったか…忘れたわけじゃないでしょ?」

「う…」

「この人はあの配信でレベルアップポーションの危険性を危惧していたわ。使わないようにって宗次先生に忠告もしてた」

「そうだけどさ…」

「私には、この人があの配信で言ってたことが全部嘘だったなんて思えないわ」

 そこまで言い切って、一息ついたようなので、俺も一言だけ付け加えさせてもらう。

「別に嘘だと思うならそれでもいいさ。俺がどう思われようと、俺は自分の行動を改めるつもりはないからな」

「いいえ。私はあなたの事を信じます!」

「わたしも!」

「俺も!」

「僕も信じます!」

「助けてくれてありがとうございました!」

「お、おい…」

 自分以外のみんなが俺のことを信じると言っている様子に、修と呼ばれた少年はタジタジとなる…


 彼が俺をどう思おうが、どうでもいいので、最後に伝えておく。

「君等の身体を冒していた、邪悪な魔力は、ここにある世界樹で浄化されたから、もう安心してくれ」


 俺の告げた、レベルアップポーションの効果は完全になくなったという説明に、学生達は安堵の表情を浮かべ、再び、俺に感謝の言葉を述べ始めた。

 さすがに、そう何度も何度もありがとうと言われ続けると、若干気恥ずかしくもなってきて…

 俺はその場から立ち去ることにした。


 あの様子だと、学生達は学生達でお互いを励ましあいながら、立ち直っていくんじゃないかな?

 そんな気がした。


 この時の俺は、部屋の奥で、一人暗い顔をしたままの少女がいたことに気づいていなかった…

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