第134話 織田宗次

「ドルフ、まずはあそこへ頼む」

「御意。影渡り」


 …


「魔王様!お久しぶりです!」

「ああ、シルヴィ。久しぶりだな。それで?あいつらはどうだ?」

「2名ほど、自責の念に押しつぶされてしまいそうですが…他の人達は問題ないかと」

「そうか。性根が邪悪でも神は神だからな…浄化できるかは賭けだったが、上手くいってよかった」


「お会いになりますか?」

「ああ」


 …


 レベルアップポーション…

 あれを飲んだ瞬間に、俺の意識は暗い闇の箱の中に閉じ込められた。

 狭い箱の中から、外の様子が見える。足元からは、身体にまとわりつく液体のようなものが徐々に満ちていく。これは誰かの魔力だろうか?

 初めの内は、その魔力が、自分の理想を叶えるための行動力と決断力を齎してくれた。次第に、それが素晴らしいものだと思えるようになっていった。

 だが、箱が魔力で満ちていく毎に、自分の思考と言動がかけ離れていった。

 やがて、自分の口から発せられる言葉と行動が、自分が望んだものと完全に違う道を歩んでいくようになったが、俺はその様をただ見ていることしかできなくなった…

(違う!俺はそんなことするつもりはないんだ!)

 時には嫌がる生徒に無理矢理レベルアップポーションを飲ませるような行為もした。

 真央くんの忠告が頭をよぎる…

「生徒のことを想うなら、迷宮核を使わないで下さい」

 その言葉が正しかったと認識した時はもう何もかもが手遅れだった。


 箱の中が魔力で満たされていく中で、悟る。おそらく、この箱が魔力で満ちた時、俺の意識は消えてなくなるのだろう…と。


 満ちていく魔力が首元まで届いた時、俺の口は俺の大事な生徒達に殺し合うように命じていた。

(違う!俺はそんなこと望んじゃいない!やめろ!やめるんだ!)

 叫んでも誰も助けてくれるわけでもなく、俺の眼の前で生徒達が殺し合い、一人、また一人と、死んでいく…

(なんてことを…)

 取り返しのつかない事をしてしまった罪悪感に押しつぶされそうになる。

 そして、生き残った最後の一人が俺に向かって刃を振り下ろした。

(自業自得だ…すまん…俺もお前たちの元へ逝く…)

 そう願い、意識を手放した。


 目が覚めたとき、俺の身体は輝く光の鎖に縛られ、傷は、治療されていた。眼の前には銀色の狼がいる。

 たしか、こいつは真央くんの…

 そう思った時、俺の意識が囚われていた闇の箱が消えていることに気づいた。

 だが、自分が今までしてきたことの記憶は消えることはなく、何故俺を助けたのか?という疑問と、あのまま死なせてほしかったという願いと、生徒達に対する罪悪感が頭の中をぐるぐると回る日々をただ虚ろに過ごすようになった。

 身体を縛る鎖がなければ、とっくに生命を絶っていたに違いない。

 そして、そんな俺の前に彼が現れた。


「久しぶりですね」

「真央くんか…俺を笑いに来たのか?」

「別に…。俺は忠告はした。その後どうするかはあなたが決めたことだし、その結果、あなたがどうなろうと俺の知ったことじゃない」

「よく言う…なら、何故助けた?あのまま俺を死なせてくれれば良かったのに…」

「あなたを助けようと思ったわけじゃない。前にも言ったが、俺の敵は異世界のクソ女神だ。奴がこっちに残した痕跡を消し去ろうと思ったら、たまたま奴の魔力に汚染された人間がいたので、浄化できるか試したってだけだ。奴の思い通りになっているなんて癪だからな」

「クソ女神…か。確かにあんな悍ましい物を用意するなんて、君の言う通り邪悪な女神なんだろうな…」

「疑わないのか?俺は嘘つきだぞ?」

「よしてくれ…あんな身の毛もよだつ体験をしたんだ…君の言っていることが嘘じゃないってことは嫌と言うほどわかったさ…」

「そうか。それで、どうする?死にたいと言うなら止めないが…」

「介錯を頼めるか?」

「お断りだな。自分の冒した罪から目を背けて、死んで逃げてしまえば楽だからな。無責任にも楽になりたいなんて言う人の手助けなんてしない」


「君に何がわかる…!!」

 俺の言い分に宗次さんが激昂した。

「俺は…生徒を守ると誓って講師になったんだ!それを…俺の手で生徒たちを凶悪な戦士へ変えてしまった…そして、生徒同士で殺し合うように命令したんだぞ!何人死んだと思ってる!今もこうして、おめおめと生き恥を晒している…死なせてしまった生徒達に報いるにはこの生命をもって償う他ないじゃないか!」


「あなたが死んで何の償いになる?」

「なんだと!?」

「あなたは自分のしたことが許せなくて、死にたいと願っているんだろうけど…死んでしまえば、もう何も考えなくていいからな。その後何が起ころうとも関係ないし。結局、生命をもって償うなんて言うのは綺麗事で、自分が楽になりたいってだけだ」


「…」

 俺の反論に宗次さんは何かを考え込んでいる…


「それでも…俺はっ…生徒達を死なせた責任は俺にある。遺族の方々は俺が生きていることを許さないだろう…」

「今回のことで死んだ生徒は全員無事に蘇生させて、レベルアップポーションの効果も浄化した。遺族の方々というのが誰のことを指すのかわからないが…」


「待ってくれ!蘇生?蘇生とはどういう…」

「え〜っと…生き返らせた?蘇らせた?復活させた?…なんて言えば伝わるのかな?」

「まさか…そんな…君はそんなことまでできるのか…それじゃあ、まるで神じゃないか…」

「魔法とかスキルがあるんだから、そういう技能を持っていれば誰でもできることだよ。別に俺は神ってわけじゃない」

(まぁ、神様との繋がりはあるけど…説明する必要はないな)


「まぁ、せっかく生き返らせたけど、近いうちにみんな殺されてしまうだろうけどな…」

「なんだと!?それはどういう事だ?」

「ダンジョンの魔物が実体化し始めている。なら、そう遠くない未来に、異世界の軍隊が攻めてくるだろう。あなたが凶行に走るに至った、クソ女神を信仰する奴らだぞ?どうなるかなんて火を見るより明らかだろ?って、まぁ、死にゆく人間にこんなこと言っても意味はない…か」


「…」


「あ、そうだ!…自刃するなら、他でやってくれ。世界樹に血を吸わせたくはないからな。じゃあ、俺はもう行く」


 そう言って踵を返すと…


「待ってくれ!」


 呼び止められた。


「俺は、何をしたら良い?何をすれば生徒達を守れる?」


「強くなるしかないだろ?今度は薬なんかに頼らずに…な」


 それだけ言い残して、俺は宗次さんの下から立ち去った。

 最後に見た彼の目は、もう死にゆく者の目ではなかったから、今度は道を間違えずに進んで欲しいものだ。

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