第97話 解放

「グリム、召喚仕事だ!」


 真央の目の前、動く死体リビングデッドの群れとの間に巨大な魔法陣が輝いた。


「何…あれ?」

「どうしたんですの?」

 驚く咲希に麗華が尋ねる。

「うん、さっき見たときはあんなに大きな魔法陣じゃなくて、180cmくらいの人型だったんだ」

「あ〜…マオー様、まだ怒ってるんだね…」

「アルスちゃん?どういうこと?」

「グリムの奴、マオー様の怒りに影響されて、全力で出てくるつもりなんだよ…」

「なら、これから出てくるのがグリムさんの本当の姿ってこと?」

「そういうこと。あ!みんな、耳塞いで!」

 突然、そんな事を言われたけれど、意味のあることだと思ってか、みんな素直に従った。


「オオオォォォォォォォォォーーンンン」


 魔法陣から叫び声と共に出てきたのは、数々の苦悶の表情を浮かべた人の顔が幽霊ゴーストのように立ち上っては消え、また立ち上っては消えていく。

「あれは、グリムの中に蓄えられていた怨念だね…」

 アルスに守られ、耳を塞いでなお、心臓を鷲掴みにされたような恐怖がみんなを襲う。

「こ…こんな…こんなのって…」

「もし、直接聞いてたら、どうなってたの…?」

 先ほど説明された、精神が壊れるという話が、途端に信憑性を増してくるほどの光景だった。

 魔法陣が一際強く輝いた後に、多脚6腕の巨大な漆黒の骸骨の化け物がそこにいた。

「何ですの…あれは…?」

「バカな…何てものを呼び出したんだ…」

「さっき見た、ボスの死神グリムリーパーが可愛く見えるよ…」


 グリムの召喚は迷宮主の吸血姫にも多大な影響を与えていた。

「な…何じゃ、あれは…?ひぃっ」

 その姿を見ただけで、抑えきれないほどの恐怖が自分を襲う。

 信じられないことに、死者蘇生で蘇らせた動く死体リビングデッドまで怯えているように見える。

 状態異常や精神攻撃など効かないはずの不死者が恐怖を感じているのだ…


 漆黒の骸骨の化け物が口を開く。

「貴様を我が世界へ招待しよう。楽に死ねると思うなよ…クカカカカ」


 その言葉を耳にしたのを最後に、吸血姫の意識が途切れた。


「あ…終わったみたいだね」

「え?終わったって…アルスちゃん?」

「あの状態でグリムが出てきた時点で、もう戦いは終わってるんだよ」


 意識が途切れた吸血姫はピクリとも動かない。

「死んじゃったの?」

「まさか。死ぬなんて簡単には許されないはずだよ」


 しばらく待っていると、吸血姫が身体中の穴という穴から液体を垂れ流して倒れ込む。

「あ…あ…あぁぁぁ…こ、殺して…お願いじまずぅ…もう…殺してくだざい…嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「何が起きてるの?あれ…」

「グリムの精神世界に引き込まれたんだよ。グリムの攻撃は魂に直接ダメージを与えるからね…」


「グリム、もういいのか?」

「偉そうなことを言ってた割には軟弱でしたな。たかが1000年程、殺され続けただけでこの有様とは…」

 グリムの精神世界で流れた時間は、こっちでは観測されない。

 無防備な魂だけの状態で引き込まれるから、殺されても死なない。痛みは感じるが…

 そして、グリムを倒すか、グリムによって解放されるまで、何千年だろうが、何万年だろうが、グリムと戦い続けることになるのだ。

 ただし、どれだけ戦闘を繰り返しても、成長レベルアップすることはない。引き込まれた時点の実力差のまま、グリムによって蹂躙され続けることになる。

 迷宮主の吸血姫があんな状態になったのは、1000年もの間、グリムによって殺され続けた結果だ。心の底から、殺してほしい、もう楽にしてほしいと願うまで、グリムは解放してはくれない。


「お願い…もう…もう殺してください…」

「なら、まずは貴様が眷属にした町の住人を元に戻せ」

「わ…わかりました」

 胸の前で手を組み、祈りを捧げるようなポーズで吸血姫がぶつぶつと呟いている。

「こ、これで眷属化の血の契約は解除されました!」

「よし」

「あぁ!では!では…これで…ようやく…死ねるのですね…ありがとうございますぅ…」

「いや、まだだ。貴様が蘇らせた死者を迷宮の楔から解き放て。迷宮主ならできるはずだ」

「そ、それは…」

「なんだ?できないのか?グリム!まだ足りないようだぞ」

「これは、申し訳ありません!では再び我が世界へ…」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!やります!やらせてください!」

 迷宮ダンジョンの魔物は迷宮によって支配されている。ダンジョンの外へは出ることができない。等といった強制力が働くのだ。だが、冒険者学校では迷宮主の命令で、ダンジョンの魔物が外へ出ることが出来ていた。つまり、迷宮主なら、迷宮の支配から魔物を解き放つことができるはず。

 あの自衛隊の皆さんがダンジョンの情報を元にして再構築された肉体で、であるというのなら、できることなら、遺族の元へ連れ帰ってあげたいと、そう思ってしまったのだ…。

「で、できました!」

 吸血姫の女が、自衛隊の動く死体を迷宮から解放することに成功したようだ。

 ドサリ、ドサリ、ドサッ、ドサ、ドサ、ドサリ…

 迷宮から解き放たれた動く死体リビングデッドが、糸が切れた人形のように床へと倒れていく。

「あぁ…これで…ようやく…」

 そうだな。もうこいつに用はない。

「グリム。任せる」

「承りました」

 グリムが、その腕にある巨大な鎌を振り上げる。


 ズバシャッ!!


 ブシューーー!!!ゴトン…ゴロゴロ…


 吸血姫は一撃で首を刎ねられ、大量の血が吹き出す。刎ねられた首が床に落ち、数度転がり、止まった。

 安堵からか、その目には涙が浮かび、口元は笑っているようにも見える。

 何を勝手に安心したのかは知らないが…グリムを相手にした時点で、安寧な死など望めるはずもないのにな…

 いつものように、死んだ魔物は靄へと変わるが、その残滓はグリムの身体へと吸い込まれていった。 



「ここは…?妾は確かに死んだはず…あの地獄のような苦しみから、ようやく解放されたはずじゃが…」

「クカカカカ…ようこそ。ここは死後の世界。死した魂が赴く、我が精神世界の一つよ」

1000年もの間、自身を苦しめたその声に、全身が震える…

「そ…そんな…それじゃあ…妾は…」

「クカカカカ!安心せい。もう死ぬこともなく、永遠にこの我と戯れることができようぞ」

「あああ…そんな…そんなの…嫌…嫌よぉぉぉぉ!!!!どうして?どうして、妾がこのような仕打ちを受けねばならぬのじゃ!?」

「そなたは我らが魔王様を怒らせた。それが全てよ」

「そ…そんな…」

告げられた宣告に膝から崩れ落ちる吸血姫だった。


「なかなか、心地よい絶望ですな。我の中で、永遠に苦しむといい…クカカカカ」


 こうして、吸血姫ダンジョンの迷宮主は討伐され、迷宮はその機能を停止し、役目を終えたグリムは満足げに送還された。

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