第96話 真祖の吸血姫

 赤い絨毯の上を歩きながら、階段を登っていくと、絨毯が順路を示すかのように薄暗い部屋の中へと続いていた。

 部屋へ入ると、壁にあった燭台に火が灯る。

 その雰囲気は、なんとなくだが、かつての自分の居城だった。玉座の間を思い起こさせた。

 次の部屋へと繋がる扉を前にしたときに、ドルフが警告する。

「魔王様…この中にいるようです」

「わかった」

 先程、零士が扉を開けたときに危うく先制攻撃を受けるところだったので、今回は万全を期して、アルスとリーナに扉を開けてもらうことにした。

「お任せください」

「任せてよ!」

 二人がそれぞれ扉に手をかけ、開いていく。

 扉の先は大広間で、部屋の中まで伸びる赤い絨毯の先には、まるで玉座とでも言わんばかりの椅子があり、黒いドレスを着た、一人の女性が腰を掛けていた。


 パチパチパチ…

「よう来たの。ここまで来たのはそなた等が初めてじゃ。褒めてつかわすぞぇ」

 手を叩き、俺たちへ歓迎の言葉を述べた後、目の前の玉座に座る女性は足を組み、片腕で頬杖をつきながら、こちらを眺めている。

 その容姿は黒髪ロングで真っ赤な目。肌は色素を感じられないほど真っ白だ。時折、その小さな口の中に牙のようなものが見える。美少女と呼んでも、差し支えないほど整った姿をしている。


「お前がこの迷宮ダンジョンあるじか?」

「いかにも。妾こそがレベル99のいただきに到達せし至高の存在にして、この迷宮ダンジョンを統べるものじゃ」

「ほぅ…魔物鑑定」

【種族】真祖の吸血姫トゥルーヴァンパイア

 種族名しか見えない…か。レベル99というのも嘘じゃなさそうだな。

「レベル99ですって…?」

 目の前の吸血姫のレベルを聞いて、驚きを隠せない者もいるみたいだ。


「あなたが!町の人達を吸血鬼にしたのね!?今すぐみんなを元に戻しなさい!」

 小夜が怖気づかずに物申す。

「小娘…何を言い出すかと思えば…至高の存在たる妾の眷属の末席に加われることほど誉れ高いことはあるまいて」

「なっ!?だ、誰もそんなこと望んでないわよっ!」

 小夜が吸血姫の言い分に反論する。

「小夜、こいつに何を言っても無駄だ。そもそもの価値観が違うからな…交渉なんてものは意味がない。とっとと倒して、みんなを元に戻すぞ!」

「真央…うん!わかったわ!」

 その言葉を皮切りに、みんなが戦闘態勢に移行する。


「ふ、ふはははは…妾を倒すと?なかなか面白いことを言うではないか。よかろう。丁度退屈しておったところじゃ。その余興につきおうてやろうではないか。死者蘇生リザレクション


 吸血姫が死者蘇生リザレクションと口に出した瞬間、玉座に腰掛ける吸血姫の前に黒い靄が吹き出す。そして、それはやがて人の形となり、無数の魔物へと変化していった。

 動く死体リビングデッド。魂のない死体が蘇生魔法で動き出したもので、失った魂を求めて生者を襲うのだ。普通の魔物と違うのは、生前の姿をしていることで、彼らは災害現場等でよく見る緑の服…まるで自衛隊のような格好をしていた。

「今更、そんな魔物が俺達の足止めになると思ってるのか?」

 刀を抜き、一歩前へ踏み出す。


「ま、待ってください!」

 俺の前に、両手を広げて立ち塞がる人物がいた。

「里奈?」

「あ、あれは…あれは私のお父さんなんです!」

 涙ながらに訴える彼女の台詞に、

「そんな…」

「嘘…」

 明璃や咲希は悲痛な表情を浮かべる。そして、俺は…

「里奈…」

 首を横に振り、彼女の言葉を否定する。

「姿形は似ているのかもしれないが、あれは君のお父さんじゃない…」

 確か、里奈の父親はダンジョン制圧作戦の時に亡くなっていると聞いている。

 動く死体リビングデッドは確かに生前の姿をしているが、魂の抜けた肉体はただの抜け殻で、生前の人物と同じとは言い難いのだ。

「それに、里奈のお父さんが亡くなったのはここじゃないだろ?」

「それは…」

「何じゃ?偽物だと疑っておるのか?ダンジョンで命を落とした者の情報は全てのダンジョンで共有されておる。それを元に妾の魔法で肉体を再構築したのじゃ。そやつは紛れもなくそなたの知る人物じゃぞ?」

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、俺達の対応を見て楽しんでいるようだ。

「ほれ、どうした?人というのは絆というものを大事にするのじゃろ?なら、抵抗せず、おとなしく喰われてしまうか?それとも、大切だなどと言いながらも、容赦なく破壊するのかえ?」

 吸血姫が楽しい余興だと言わんばかりに嗤う。

「クソが…」

 死者を弄び、尊厳を踏みにじるような行為に俺の怒りは頂点に達する。

 目の前にいる、吸血姫はあのクソ女神ルフィアと同類だと認識すると、俺の目からハイライトが消えた。


「グリ…」

「お待ち下さい!!」

 怒りの感情に任せて、俺は死神グリムを呼び出そうとしたのだが、それはリーナによって止められた。

「なぜ止める?」

 怒りに支配されたまま、威圧を込めて部下を問い詰める。

「魔王様が間違った道へ進もうというのなら、お諌めするのも我ら臣下の務め」

「間違った道…だと?」

「ここには咲希様や明璃様もおられます。魔王様が今の御心のままグリムを呼べば、御二方まで巻き込んでしまいます!」

「咲希…?明璃…?…ううっ…」

 なんだ?とても暖かい響きだ…怒りに支配された心を優しい光が包んでくれるような感覚がして、消えていたハイライトが戻る。

「あぁ、そうだ。そうだな…すまない…我を忘れていたみたいだ」

「いえ…差し出がましい真似をしてしまいました…申し訳ありません」

「いや、リーナが止めてくれなければ、俺は取り返しのつかないことをしていたよ。ありがとうな…」

「もったいないお言葉です」

 ふぅ〜。落ち着け。怒りの炎は心の中に。頭は氷のように冷静に…

「アルス!みんなを保護してくれ」

「うん。わかった。みんな!ボクの側に来て!」

 突然そんなことを言われても、咲希や明璃でさえ、何が起きているかわからずに、すぐに行動に移すことができずにいた。

「あ〜!!もうっ!マオー様を困らせないで」

 アルスが膨張し、全員を強引に体内へと飲み込む。

「え?アルスちゃん?何を…?」

「どういうことですの?」

「え〜い!やはり魔物なんて信用できん!くそっ!」

 戸惑う者やに抵抗しようとする者、様々な反応だが、そんなことはお構いなしにどうにか全員を体内に隔離できたので、アルスは一安心だ。

「マオー様、みんなを保護したよ」

「ああ。わかった」


 身体の組成を変化させ、空気を作り、体内に取り込んだ人間が困らないように隔離空間へと変化させた。

「アルスちゃん?」

 咲希がみんなを代表するように説明を求める。

「ごめんね。これから起きることの為に必要だったから…」

「うん。説明してくれる?」

「マオー様がグリムを呼ぶつもりなんだ…」

「グリムって…さっき呼んでた魔物だよね?」

「咲希さん、わたくしはそのグリムという魔物を知らないんですけど、どのような魔物なんですの?」

「中央のボス部屋にいた死神と同じ魔物らしいです。私も一度しか見たことないので…」

「あれと同じ…」

「でも、なんであの魔物を呼び出すだけで、こんなことを?」

「マオー様、あの吸血姫のしてることに怒ってるからね…あんな怒った状態でグリムを呼び出したりしたら…咲希おねーちゃん達まで巻き込んじゃうから…」

「それでこうやって守ってくれたってこと?」

「うん。グリムのスキルは敵も味方も関係ないからね…精神が壊れて二度と起き上がれなくなっちゃうよ…」

「そっか…アルスちゃんが助けてくれたんだね」

 納得する者、その説明に恐怖する者、想像もつかないことに唖然とする者…

 なぜこのようなことになったのかは、どうにか、みんな理解したようだ。


「あ!出てくるよ。ボクの中にいれば平気だと思うけど、精神こころを強く保ってね」

 一応、気をつけるようにみんなへ注意をする。


 みんなの安全を確認した真央が叫ぶ。

「グリム、召喚仕事だ!」

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