第94話 地獄の番犬

「ここもボス部屋のようだな」

 階段の上にあった扉から感じる、ボス特有の感覚。

「さて、何が待っているやら…」

「行きましょう」

「ええ」

「私が扉をあけますので、お嬢様は下がっていてください」

 零士が扉に手をかける。

 ギィィー

 と、軋む音を立て開いた扉から部屋の中へと入った瞬間、

 ゴォォォーーーーーー!!!!

 と零士を真っ黒い炎が襲った。

「しまっ…」

 まさかの先制に、零士は自身の死を悟ったが、その炎はアルスの分体によって防がれる。

「すまない…助かったよ」

 零士が肩に乗ったスライムに礼を言う。

「アルスっ!」

 俺の指示により、アルスが本来の姿に戻って今受けた黒い炎の射線を遮るように立ち塞がった。

 そして、敵の姿を確認する。

 5mくらいの大きさで、黒い毛並みの、3つ頭4つ脚の獣がそこにいた。口からは炎の息が漏れている。

「へぇ〜…地獄の番犬ケルベロスか…地獄の猟犬ヘルハウンドがいたんだ、その上位種がいても不思議じゃないよな…」

 ここの迷宮主は意図的に魔物の存在進化をさせているようだからな…

「魔物鑑定」

【名前】なし

【種族】地獄の番犬ケルベロス

【LV】76

【HP】2400/2400

【SP】1700/1700

【力】386

【知恵】313

【体力】381

【精神】246

【速さ】550

【運】56

【スキル】

 地獄の炎ヘルフレイム、咆哮、爪術、炎の息、毒生成、炎魔法、闇魔法、

 再生、HP自動回復

 生命感知、魔力感知、気配察知、高速思考、並列思考、

 炎無効、闇無効、精神攻撃耐性、毒無効、全状態異常耐性


「みんな!レベル76の地獄の番犬ケルベロスだ」

「レ…レベル76!?」

「ステータス的には俺達の方が不利だが、弱点は氷と光だから、麗華なら相性はいいはずだ」

「わかりましたわ」

 俺の説明で麗華は覚悟を決めたようだ。

「零士は幻影で撹乱してくれ」

「了解した」

「小夜は隙を見て、最大火力の風魔法で応戦だな」

「わかったわ」

「気をつけるのは、口から吐く炎と、爪や牙には毒があると思ったほうがいい」

 まぁ、アルスの分体がいるから防御は気にしなくてもいいんだが…それに頼りきりというのもよくないからな…


絶対凍柩コキュートス!」

 まずは先手必勝とばかりに麗華が動いた。

 地面に突き立てられた剣から、冷気がほとばしる。

 危険を感じたのか、地獄の番犬ケルベロスが後方へジャンプして躱した。

「風よ、吹き荒れろ!集いて全てを引き裂く刃となれ!大嵐テンペスト!」

 その隙を逃さず、小夜が風魔法を発動した。

 荒れ狂う暴風が刃となって地獄の番犬ケルベロスを襲うが、やはりステータス差が大きいのか、耐性のせいなのか、大したダメージは与えていないようだ。

「やっぱり、効かないわね…」

 小夜が苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「いや、それでいい!視界は塞いだぞ」

 小夜の風魔法によって、ケルベロスは一瞬だが、麗華の姿を見失った。だが、ケルベロスの気配察知は見失った麗華をしっかりと捉えていたようだ。剣を掲げる麗華に対して、毒の爪を振り下ろす。ケルベロスの4本の爪が麗華の身体を引き裂いた。


「残念だったな…それは幻影だ」

 零士がしてやったりといった感じでケルベロスに告げる。

絶対凍柩コキュートス!」

 その隙を見逃さず、再び、麗華のスキルが放たれた。

 さっきは真正面からだったので、あっさりと躱されたが、今度は完全に油断を誘った状態だ。

 地面を伝わる冷気がケルベロスの脚へと到達する。

 右前脚1本。

 みんなの連携によって、初めてダメージらしいダメージを与えることに成功する。

「瞬歩…魔闘一閃…迅雷!」

 凍った前脚を、神狼の首を落とした剣技で斬り飛ばした。

「グギャアァァ」

 さすがに脚を斬り落とされれば、痛かったらしい。

 そして、俺達の攻撃は地獄の番犬ケルベロスの怒りを買うのに十分なダメージを与えたようだ。

「グルルルルル…ガァァァ!!!」

 部屋を埋め尽くし、逃げ場がないほどの炎の息ファイアブレスがケルベロスの3つの頭から吐き出される。

 アルスが俺たちの前に立ち塞がり、炎が届くのを防いでいる。

絶対凍柩コキュートス!」

 麗華も氷のスキルで炎の勢いを弱めようと頑張ってはいるが…

「くっ!…わたくしの魔力では、この炎は消せませんわ…」

 ブチ切れたケルベロスの炎に込められた魔力は尋常ではない様子だ。

 炎は届かなくても、熱気は届く。逃げ場のないボス部屋の温度はどんどん上昇し、俺達の体力を奪っていく。

「潮時か…」

 これ以上はみんなの体力が持ちそうにないと判断した俺は、魔物の召喚をすることを決意した。


 ここの迷宮主に一つだけ感謝したいことがある。

 迷宮主だからなのか、魔物の知性が高いのかは知らないが、魔物の存在進化を積極的に行なってくれているおかげで、俺の仲間と繋がるための上位種を用意してくれていることだ。

 先程のボスの死神グリムもそうだが…まさか、ここでも新たな戦力を加えられるとは思ってなかったよ。


「ガルム、召喚喰らいつけ


 炎の海となったボス部屋の中に魔法陣が光る。

 勢いよく飛び出てきた黒い影が地獄の番犬ケルベロスの脇腹へ喰らいついた。

「ガウッ!」

「キャイン!」

 ずいぶん可愛い声で鳴くじゃないか…


「ケルベロスが2体?」

 その様子を見ていた麗華が呟く。

「もしや…あれはお前の…?」

 零士が正解だな。

「なんで今まで出さなかったの?」

 小夜が率直な疑問を述べる。

「鍛錬したいって言ってただろ?格上相手に挑戦するのは悪い選択肢じゃないからな」

 まぁ、死神みたいな初手で全滅しかねない相手だったら、そんな危ない橋は渡らせないけど…

「つまり、あのままじゃ勝てないって判断されたってわけか〜。悔しいな…」

「そう悲観するなよ。まだまだこれから強くなっていけばいいんだからな」


 俺達がそんな会話をしているうちに、俺が呼び出したケルベロスガルムが敵のケルベロスの脇腹を食い千切った。

 再生スキルが間に合わないほどの大ダメージを受け、よろよろとよろけながら、ついに倒れ込む。

「麗華!今持てる全力を叩き込め!」

「わかりましたわ!」

 ケルベロスの生命力と共に、火勢も弱まり、炎の海も消えようとしている。

氷剣の鎮魂歌アイスレクイエム!!」

 倒れ込んだケルベロスの眉間に渾身の力を込めて、剣を突き刺し、その剣から強烈な冷気が放出された。

 絶対凍柩コキュートスが地面に突き刺した剣を起点に放たれる冷気によって敵を氷漬けにする技ならば、これは相手の体に突き刺した剣を起点として絶対凍柩コキュートスを発動しているようなものだ。

 ビキッ…ビキッ…とケルベロスの体はその技に抵抗する余力もなく完全に凍りついた。

 最後の仕上げとばかりに、突き刺した剣を捻りながら抜いた瞬間に、凍りついたケルベロスの身体が爆散した。

 周囲に降り注ぐ氷の結晶が、キラキラと輝き、俺達の勝利を祝ってくれているように見えた。


 ケルベロスがいた場所には、真っ赤な魔石が一つ。俺はそれを回収し、この部屋での戦いが終わった。


「ガルム。久しぶりだな。よくやったぞ」

「ワォン」

 尻尾をぶんぶんと振りながら、真ん中の頭が俺の顔を舐め回す。

「こらこら、みんなが見てるから、そのくらいにしとけって」

 その仕草は、どこからどうみても飼い犬ペット?という感じにしか見えなかった。


【名前】ガルム・サーベルス

【種族】地獄の番犬ケルベロス

【LV】820

【HP】24700/24700

【SP】17300/17300

【力】4200

【知恵】3300

【体力】4100

【精神】2500

【速さ】5800

【運】99

【スキル】

 地獄の炎ヘルフレイム獄炎世界ムスペルヘイム、咆哮、爪術、獄炎の息、死毒生成、炎魔法、闇魔法、身体強化、サイズ変化、

 超再生、HP自動回復、HP回復量UP、

 生命感知、魔力感知、気配察知、高速思考、並列思考、無詠唱

 物理攻撃耐性、炎吸収、闇吸収、魔法攻撃耐性、精神攻撃無効、全状態異常無効

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る