第87話 庭園の猟犬

 墓地を抜けた先にあるとは思えないほど、綺麗な外観の城の前に立つ。

 城を取り囲む壁の正面には鉄製の門が閉められており、その隙間からは庭園のような空間が見える。

 門の横にある柱の上には今にも動き出しそうな彫像がこちらを睨んでいるようにも見える。

「魔王様…」

「わかっている。あれは石像の悪魔ガーゴイルだろ?」

 ドルフの索敵を誤魔化せるようなやつはなかなかいないので、俺たちには筒抜けだが、恐らく、門を潜った客人の背後から襲いかかるようになっているのだろう。

 ドルフとリーナに指示を出し、動き出す前に破壊することにした。

「庭園部には50体ほどの魔物が放たれているようです」

 あの墓地を抜けてくるような相手に50体とは、ずいぶんと少ないじゃないか…余程自信のある魔物を配置しているということだろうか?

「50体か…中に入れば集まってくるかもな。みんな、気を抜くなよ?」

「「わかりました」」

 ギギギ…と鉄が錆びついたような軋む音を鳴らして門を押していく。

「ワンワン!」

「ウ〜ワンッ!」

「ワンワンワンッ!!」

 門が開く音に反応して、庭の中に散っていた魔物が侵入者を迎え撃つべく集まってくる。

「おいおい…地獄の猟犬ヘルハウンドの群れかよ…」

 集まってきた魔物は仔牛程の大きさをした黒い犬。鋭い牙と爪には毒や麻痺といった追加効果を持つ個体もいる。そして、気をつけなければいけないのが口から吐く炎だ。地獄の名を冠するだけあって、地獄の猟犬ヘルハウンドの炎は獄炎。対象を燃やし尽くすまで消えないのだ。正確に言うなら、それを上回る魔力を持って事象の上書きをすれば消えるんだが…

 単体でBランク上位の魔獣だ。群れを成せばAランクでも苦戦するだろうけど…そもそもな話、魔獣系が何匹集まろうと俺達の敵じゃないんだよな…


「リーナ。魔獣系が相手だ、頼むぞ」

「お任せください」

 人の形をしたリーナの姿がふわっと揺れたかと思ったら、その場に美しい蒼銀の毛並みの巨大な狼が現れる。

「うわぁ…綺麗…それがリーナの本当の姿?」

 咲希が思わず見惚れている。

 さっきの戦いでも本来の姿に戻っていたんだけどな、激戦だったし、動いているリーナは基本的に目じゃ追えないからな…

「ありがとうございます、咲希様」

 敬愛する魔王様の伴侶となる方に褒められたことにリーナが礼を言う。

「エルフのところにいた神狼フェンリルも綺麗だと思ったけど…存在感そのものが違う…」

「まぁ、リーナはアルスと同じ魔王軍の幹部だからな」

「ほぇ〜」

「さぁ、無駄話はそこまでだ。敵さんがおいでなすったぞ。リーナ!」

「はいっ!」

 門の柱の上、今ここで最も高い位置へとリーナが駆け上がる。

「ワオォォォォォォォォォォンンン!!!」

 リーナの雄叫びが夜の庭園に響き渡る。

 その瞬間、集まってきていた地獄の猟犬ヘルハウンドの群れが借りてきた犬のように従順な態度を取り始める。

 リーナの号令で城の門まで続く道の両側に綺麗に整列してお座りをしている。

「魔王様…支配完了しましたわ」

「さすがリーナだな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「凄いね…どうぞお通りくださいって感じだよ…」

「時間が惜しいからな」

「真央さん…あの…説明をしてもらえますの?」

「リーナには魔獣を支配するスキルがあるんだよ」

「魔獣を支配するスキル…」

「先日の冒険者学校での魔物氾濫は敵側の神狼フェンリルが魔獣支配を使って、魔物をダンジョンの外に派遣していたんだ」

「そんなことまでできるのですか?」

「その件は、その敵側の神狼フェンリルが迷宮主だったからだろうな。迷宮の支配力に抗って、外にまで出すってのはさすがにリーナでもできないよ」

 魔獣支配はそこまで万能じゃない。より強い支配を受けている場合は効果が現れないこともあるんだ。

「さて、じゃ、先を急ごうか」

「「わかった」」

 道の両側に綺麗に並んでお座りをしている地獄の猟犬ヘルハウンドに見送られる形で俺達は先へ進んだ。

「ほ、本当に襲いかかってこないのよね?」

 小夜の実力だと、地獄の猟犬ヘルハウンドの間近を素通りするというのは緊張することなのだろう。

「リーナが支配を解除しない限りはな」

「フ、フリじゃないからねっ!やらないでよ!?」

 さすがにダンジョン内でそんなふざけたことはしないぞ…俺ってそんなに信用ないのか…?

 若干のショックを受けながら、先へ進む。

 堀にかかったアーチ状の橋を渡った先に木製の大きな扉がある。ここがこの城の正面入口だな。

「開けるぞ?」

「「はい」」

 ギィーと音を立て、大きな扉が内側へと開いていく。


 ついに俺達は城の内部へと進入した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

「ウフフ。今宵のお客様は一味違いますのね。どうおもてなし致しましょうか…」

 城の最上階の窓から庭園で起こったことを眺めている存在がいた。

「それにしても、貴方達にはおしおきが必要なようね?」

 窓の外に手をかざすと手の先から、無数の蝙蝠が飛び立つ。

 蝙蝠は扉までの道を作っていた地獄の猟犬ヘルハウンド達へと襲いかかり、リーナの支配を受けていた地獄の猟犬ヘルハウンドの支配者が眷属化によって上書きされた。

「さぁ、存分に殺し合いなさい。生き残ったのなら、私が可愛がってあげるわ。ウフフ」

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