第78話 救出

「ちーちゃん!」

 石造りの建物の中へ入った明璃が見たのは、複数人の女子学生が意識を失って寝かされている様子だった。

「獅童!生徒たちは見つかったか?」

「あ!真田先生!みんなはこの部屋にいました!でも…意識がないみたいで…」

「ふむ…恵里、回復を頼めるか?」

「あ、はい!わかりました。回復ヒール!」

 柔らかな光が、意識のない学生達に降り注ぐ。

 …

「そんな…私の回復ヒールじゃ効果がないのかも…」

 恵里の回復魔法は確かに届いたが、学生たちが目を覚ます様子はなかった。

 …

「皆さん無事ですか?」

 遅れて里奈が部屋へと入ってくる。

「リナ姉、みんなが起きないの…回復魔法も効果がないみたいで…どうしたらいいかな…?」

 今にも泣きそうな明璃に、里奈が言う。

「なら、私も回復のお手伝いをしますね」

 収納から取り出したのは、一対の扇だった。

「浄化の舞」

 ふわりと宙に舞うような動きで、巫女姿の里奈が部屋の中心で踊り始める。扇を広げ、くるりとその場で里奈が回る度に、部屋に横たわる学生達が優しい光に包まれた。

 …

「う…うぅん…」

 やがて、学生達に覚醒の兆しが現れる。

「ちーちゃん!」

「ん…?あれ…?ここ…どこ?ってあかりん!?」

「よかった〜!気がついたのね!?」

 思わず友人に抱きついてしまう。

「ちょっ…ちょっと!苦しいよ、あかりん」

「あ!ごめん…」

 涙を浮かべながら、友人の無事を喜ぶ明璃だった。


「どうやら、他のみんなも目が覚めたようだな」

 真田や宗次、緋色の刃の面々は学生達の講師なので、全員の無事を確認したようだ。

「里奈さん、ありがとう!あなたのおかげで、生徒たちが目を覚ましてくれた」

「いえ、私にできるのは回復くらいてすから…」

「そんなに謙遜しなくてもいいさ。回復役はパーティーには絶対に欠かせない大事な役目なんだから」

「ありがとうございます。うちのリーダーは賢者の秘薬エリキシルを湯水のように使う人なので…つい自分の存在意義を疑問に思ってしまって…」

「ああ…あの召喚士は非常識だからな…あんたも苦労してそうだな」

 遠い目をしている宗次の言葉だったが、

「その分、今までの冒険者人生が180度変わるような体験もさせてもらってますけどね」

 と、笑顔で答えると、

「そうか。それはそれで興味深いな」

 と釣られて、緋色の刃の面々も笑みを浮かべてくれた。

 …

 しばらくして、みんなの意識も記憶も問題ないと判断したので、改めて現状を確認してみる。

 囚われていたのは、女子学生のみで、その数は20人にものぼる。

「それにしても、一体、何故この子達を攫ったんだろうな…?」

 宗次が率直な疑問を口にするが、その理由が何であれ、無事に救出できたことを今は喜ぶことにした。

 …

「どうやら、みんな無事のようだな」

 あの場に残っていた真央が、みんなの元へとやってきた。

「外は片付いたのか?」

「ああ。敵は全て倒したよ」

「そうか、流石と言うべきなんだろうな。俺達だけではあの魔物は倒せなかった」

「今回の魔物氾濫の原因も判明したよ」

「なんだと?」

「その子達を攫うために、迷宮主がダンジョンの魔物に命令してダンジョン外に派遣したらしい」

「では、意図的に引き起こされた…ということか…」

「まぁ、迷宮主も倒したから、おそらく今回の魔物氾濫も鎮まったはずだ」

「そうなのか?」

「迷宮主を倒せば、迷宮で生まれた魔物は全て消滅するからな」

「そうなのか…」

「ああ、すまない。学校としては、今後はこのダンジョンで魔物が誕生しないとこになるから、余計なことだったかもしれないが…」

「いや…足元で意図的に魔物氾濫を引き起こせる者がいるのだ…ダンジョンなどない方がいいさ」

「そういってもらえると助かるよ」


「ところで、魔物氾濫の原因はわかったが、この子達は何故攫われたのかもわかったのか?」

「ああ…その子達は外にある世界樹の栄養として生贄にされるところだった」

「なんだと!?そんなことが…」

「外にいたエルフ達の秘術だそうだよ」

 それを聞いていた明璃も憤慨する。

「あの変態エロフ!そんなくだらないことのために、あたしの友達を攫うなんて!許せない!」

「まぁ、もう奴らはこの世にいないからな、怒るのはその辺にしとけ」

 と言いながら、小声で伝える。

「それが異世界の奴らのやりかただ。おそらく今後も似たようなことが起きる可能性はあるからな…俺達で食い止めるぞ」

「うん、わかった」


 迷宮主を倒したので、ダンジョン内に魔物は出ないが、目が覚めたばかりの学生たちを連れて、夜のダンジョンを戻るよりも、今夜はここで夜を明かすことになった。

 …

「あ、あかりん。ここにいたんだ?」

「あれ?ちーちゃん。どしたの?眠れない?」

「うん…ちょっとね」

「なら、少しおしゃべりでもしようか」

「うん!あかりん、なんか雰囲気変わったね」

「そうかな?」

「うん、何て言うのかな…凄みが出た?って感じ?」

「レベルが上がったからかな〜?」

「そっか…Aランクダンジョンを攻略したんだっけ?凄いなぁ…」

「ううん…凄いのはおにぃだよ。私は着いて行くのがやっとだったもん」

「あのお兄さん、そんなに凄いの?」

「う〜ん…凄いというか、常識が通じないというか…あはは」

 苦笑いしながら、歯切れの悪い言葉をこぼす明璃だったが、友人は察してくれたようだ。

「そっかぁ…なんだか離されちゃったね」

「うん…なんか…ごめん」

「あ!ううん。いいの!私もまだまだ頑張るからね!」

 …

 しばらくダンジョンの話や昔のこと、最近のこと、色々と話をして夜も更けた頃

「そろそろ寝よっか」

「うん…そだね」

「明日は地上に帰るんだから、ちゃんと休まないとね、おやすみ、ちーちゃん」

「うん、助けに来てくれてありがとね。おやすみ、あかりん」


 明璃が友人との再会を喜んでいる頃、真央の元にはアルスとリーナが集まっていた。

「魔王様、アルスはちゃんとお役に立っていますか?」

「ああ、もちろんだぞ。リーナ。アルスに助けられていることは多いよ」

「ふふーん」

 アルスが腰に手を当て、無い胸を張る。

「そうですか。よかった。私達がアルスを送り出した甲斐があったようで安心しました」

「送り出した?ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ?」

「え?アルス!?貴女、魔王様に説明してないんですか?」

「あ…いや…えへへ」

「誤魔化してもダメです!」

「リーナ、説明してくれるか?」

「地球の神様の話は私達にも聞こえていたのです。魔王様の魂と肉体に負荷がかからないように、誰かを護衛に付けようと」

 まさか、仲間たちにもあそこでの話が届いていたとは…

「それで、魔王様が一番初めに呼んだ魂ならば負荷がかからないだろうということになって」

 アルスは、スラの生まれ変わりだからな…俺がレベル1の時に作った魔物だからか…

「みんなの想いを乗せて、アルスに魔王様の護衛を任せたのですわ」

 そうだったのか…それで最初から1体だけ契約してる状態だったってわけだ…

「なるほどな…謎がひとつ解けたよ。ところで、今の話だと、仲間たちは全員意思の疎通ができているのか?」

「いえ、神のいた世界ではみんなの意識は繋がっていましたけど、こちらの世界に来てからは連絡は取れません」

「そうか…封印とはそういうことか…なら、やはり、同種の魔物と遭遇する以外に解放する方法はないか…」

「そうですね…ただ、連絡は取れませんが、魔王様の見聞きしたものは我々にも伝わっていますから…」

「なるほどな…」

 現状の説明とかをしなくても理解してくれているのはそういうことか。

「まぁ、今後はアルスもリーナもみんなと仲良くしてくれると嬉しい」

「心得ておりますわ」

「うん!ボクはもう仲良しだもんね〜」


 久しぶりの幹部達がいる会話が懐かしく、楽しくて、つい時間を忘れてしまった。


 さて、明日はダンジョンから帰還し、魔物氾濫について、今回起こったことを神崎会長へ報告したほうが良さそうだな。


 そんなことを考えつつ、俺は就寝した。

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