第76話 エルフの処遇
「次は記憶の確認だ。お前達はどうやって世界を超えたか覚えているか?」
「我らは世界樹を育てるという使命を持って、女神教の魔法陣を使って世界の壁を超えたのです」
やはり女神教が関与しているのか…
「世界間の行き来はできるのか?」
「いえ、それはまだ叶わぬと聞き及んでおります。ですが、我らは、二度と故郷の地を踏まぬ覚悟で、女神様から期待されて送り込まれた、
「先遣隊ということは、お前らの他にも世界を超えた者たちはいるのか?」
「いえ、まずは我らが世界樹を育て、異世界からの出口となりうる環境を整えることが急務ですから」
異世界からの出口となるための情報も欲しい。
「なぜこの迷宮を選んだ?」
「ここには若い贄が集まる。そして迷宮が成長するだけの魔力を溜め込んでいる条件を満たしておりました」
学生の演習ダンジョンということが狙われた要因か…試験証によって入場者の情報が漏れているのは確実だな。
「迷宮が魔力を溜め込むために必要な条件とは何だ?」
「迷宮はそこにあるだけで周囲の魔力を集め、迷宮内の魔力を増やしていますが、より効率よく魔力を溜めるには、迷宮内に外部から魔力を持つ者を送り込むことです。魔力を持った外部の者が迷宮内で魔力を使うことで、迷宮はその魔力を吸収するのです」
つまり、冒険者が迷宮内で戦闘行為を行うことは迷宮の魔力を増やすことになるのか。
「その他にも、迷宮内で生まれた魔物が倒されずに成長すると、魔物の内部魔力が増え、迷宮の総魔力量の増加に繋がります」
「魔力が増えた魔物を冒険者が倒した場合はどうなる?」
「魔物の内部で増加した魔力は霧散し、迷宮内の魔力が減少します」
冒険者が魔物を倒すことは迷宮の魔力の減少に繋がるのか…やはり間引きは大事なんだな。
「迷宮の魔力が増えるとどうなる?」
「迷宮が成長します。ある程度成長した迷宮は、さらに魔力を求めて、迷宮の外へと魔物を排出します」
それが魔物氾濫なのか?
「迷宮内で魔力を持った外部の者が死亡すると、迷宮内の魔力が急激に増加し、迷宮の魔力が暴走し魔物が迷宮外へと溢れる場合もあるので、注意が必要です」
魔物氾濫の原因は2種類あるということか…
「なら、今回の魔物氾濫はどうやって起こした?死者は出ていないはずだし、迷宮の成長もそれほど進んでいないだろ?」
「神狼に支配させた魔獣に、ダンジョンの外に出て生贄となるものを攫ってくるように命じました」
すると、今回の魔物氾濫は意図的に起こしたということか…
「神狼を支配する方法は誰に聞いた?」
「女神教より、ダンジョンで神狼を生み出す方法と、支配するための条件を教えられました」
あの神狼はこのダンジョンで生まれたのか…やはり迷宮主はあいつか。
「後続は来るのか?」
「我々の世界樹の育成がある程度軌道に乗るまではその計画はありません」
そうか…世界樹は周囲の魔力を増加する習性があるからな…ダンジョン内に植えれば、魔力を溜めたダンジョンが世界を繋ぐ場所になる予定ってことか。
まだ時間があると見るべきか…この異変に気づいて、予定を繰り上げる可能性もあるのか…それは考えてもわからないな。
まずは俺の仲間達の解放を急ぎたいところだな。
一通り、聞きたいことは聞いたので、ドルフに命じる。
「ドルフ、もういいぞ」
「わかりました…解!」
闇魔法によって幻覚を見ていたエルフ達が、正気に戻る。
だが、ベラドンナ薬の影響が強すぎたのか、一人を残して、全てのエルフは身体の自由を失い横たわっている。ピクリとも動く気配がないので、おそらくはみんな廃人化してしまったのだろう。
そんなエルフ達を見て、咲希が聞いてくる。
「ところで、真央、このエルフ達はどうするんだ?」
「もちろん殺すぞ。生かしておいていいことなんて一つもないからな」
「こいつらにはもう抵抗することもできないのに…か?」
「そうだな」
咲希には、抵抗があるんだろうな…
それでも、やらなくちゃいけない。
「咲希、同じ人間同士なら、話せばわかり合えるとか思ってるのか?」
「そういう道はないのかな…?とは思うよ」
「それは無理だな。価値観が違いすぎるんだ」
「どうして…?」
「
「そんな…そんな世界って…」
「信じられないかもしれないが、そういう世界なんだ。こいつらだって、世界樹の生贄に学生達を攫うことは正しいことなのに、どうして邪魔をする!?って思ってるんだぞ」
本当に、あの勇者が生まれたことは神ですら予想外の奇跡らしいからな。
「無抵抗の人種にとどめを刺すってことに抵抗があるってのはさ、人間としては正しい気持ちだと思うよ。だから、咲希はそのままでいてくれ。手を汚すのは俺がやるから」
俺の台詞に、咲希が辛そうな顔をする。そんな顔をしないでくれ…異世界の敵に対して、殺す以外の選択肢が1ミリも頭に浮かんでこないんだ…俺の心は少し壊れているんだろう…
(魔王様、その者たちの処遇は任せてほしいと申すものがおります)
(リーナか?)
敵の神狼を抑えていたリーナから念話が届く。
(今、そちらへ連れていきますね)
…
しばらく待っていると、和服姿の女性がこちらへと歩み寄ってくる。
「久しぶりだな…リーナ」
「はい、魔王様…お会いできる日を心待ちにしておりました」
「真央…この綺麗な
「俺の仲間、幹部の一人、
「お初にお目にかかります、咲希様、私のことはリーナとお呼びください」
「そんな…わたしこそ、様なんて付けなくていいですから…」
「そういうわけにはいきませんわ。魔王様の大切なお方なのですから」
リーナの言葉に咲希は顔を赤くし、少し照れたような表情を見せる。
「で、エルフの処遇を任せてほしいとはどういうことだ?」
「それは、この子から直接聞いてくださいな」
その言葉の後に、リーナの後ろから出てきたのは、先程までリーナに抑えられていた神狼だった。
「グルゥ」
「まだ、言語理解をもっていないようなので、念話で通訳しますわ」
(お初にお目にかかります。魔王様)
「ああ、そう畏まらなくていいぞ」
(畏れ入ります。リーナお姉様のおかげで、忌々しい鎖の呪縛より解放されました。ありがとうございます)
「ちょっと待とうか…リーナお姉様って…どうしてそうなった?」
(私と同じ種族で、私よりも強く気高く美しいのです。私を呪縛より解き放ってくださった恩人でもあるのです。お姉様と呼ばずにどう呼べばいいのか…)
「そ、そうか。リーナが嫌でなければ問題ないか…」
「ま、まぁ、私も同種と会うのは初めてなので、そう呼ばれて悪い気はしませんよ」
(ありがとうございます!お姉様っ!)
「うっ…ううっ」
リーナ達とそんな会話をしていると、1人残ったエルフの男が目を覚ましたようだ。
「わ、私は一体…」
まだ混乱しているのか、自分の置かれている状況がはっきりしないようだが…俺の顔を見て、意識が覚醒したようだ。
「貴様は、魔王!?」
辺りを見回して、自分の駒である神狼がいることを見つける。
「神狼よ!その男を殺せっ!」
男に命じられ、神狼がその鋭利な爪を振り下ろす。
ズバシャッ
「バ…バカな…何故?」
斬り裂かれたのはエルフの男だった。
「よく見ろ、その神狼は
「
「同じ
「か、神の属性だと…?」
「お前は知らなくてもいいことだ。神狼は例え鎖に縛られていても、その間の記憶はあるんだ。誇り高い獣を家畜以下のように命令し、扱った報いを受けるんだな」
(お前達は許さない!)
「そ…そんな…この私が…ぐはっ!」
エルフの男を引き裂いた神狼は、その動きを止めずに、地面に横たわるほかのエルフ達にも牙を剥く。
ほんの瞬きほどの時間で異世界からやってきたエルフの集団は全滅した。
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