第73話 神狼

 真央たちと緋色の刃の面々は、ついに最下層とされている、4層の地を踏んだ。

 3層の荒野の奥の巨大な門を潜ると、景色が一変し、広大な草原が広がっている。

 迷宮主を倒すと、魔物の発生、ボスの出現、迷宮内の罠、転移魔法陣などは機能を停止するのだが、このような階層の移動に関する部分だけはそのまま使えるので、帰りの心配はしなくてもいい。

 階層間の移動や出入口として使われる門はダンジョンとは別の機構として機能しているのだろう。


 風が心地よい草原を進むと、Aランクダンジョンで慣れ親しんだ、ダイアウルフが現れる。

「あれはダイアウルフか?」

 緋色の刃の真田が魔物の鑑定を行ったようだ。

「ここのダンジョンにBランクモンスターが現れるなんて…」

 生徒たちのことを考えたのだろう。眼の前にいる脅威に眉をしかめたのは、炎魔導士の陽子だ。

 ダイアウルフはBランクの魔物だが、群れることで脅威度が上がりAランクとして認識されるようになる。ここではまだ群れを形成していないため、単体Bランクのはぐれ狼のはずなのだが、魔獣支配の影響で、単体でもAランク相当のステータスを持っているようだ。

「どうやら、普通のダイアウルフとは違うみたいだな」

 出現したダイアウルフのステータスが増していることに気がついたのは盾役の重吾だ。魔物を止める役割を負っている彼は魔物の強さに敏感なのだろう。

「どうする?」

 緋色の刃のリーダーの宗次が真央に確認する。

「問題ありません」

 次の瞬間、遠目に見えていたダイアウルフも引き裂かれて靄へと変わった。

 その様子を見ていた緋色の刃の面々は、少し呆然としていたが、この分だと、この階層も簡単に目的地まで行けそうだな…と安心するのだった。


 そして、草原を駆け抜け、そろそろ日が暮れるか?という頃合いに、このダンジョンの森林が見える位置へと到達する。

「さて…どうするか…」

 夜の森へ入るのは危険だが、おそらく俺たちなら問題なく進めるだろう。

 それに、もし、本当に学生たちが魔物に攫われたのだとしたら、一刻を争う状態かもしれない。

「真央くん…悪手かもしれんが、やはり生徒たちが心配だ。夜の森の探索をすべきだと思うのだが…」

「ええ。俺も今、それを考えていました。俺の魔物たちなら闇夜でも問題なく動けますし、森へ入りましょう」

「すまない。君にばかり頼ってしまって…」

「いいんですよ。それに、俺の仲間にも、今にも森へ入りたくて我慢してるのがいますしね」

 そう言いながら、明璃へ目を向けると、顔を逸らされたので、そっと明璃の頭に手を乗せ、

「友達が心配なんだろ?」

 と声をかけると

「うん。…ありがと、おにぃ」

 と小さな声で返された。


 方針は決まった。

 俺は今まで索敵を任せていたドルフとシャドウナンバーズの他に、帰還している20体の影狼を呼び出した。

「ドルフ、森の調査を頼む」

「はっ!お任せください」

 俺の命令を受けたドルフが影狼30体へ指示を出す。

 俺達に同行する影狼を2体だけ残し、ドルフを筆頭に、残りの28体が闇へと消えた。


 ドルフ達に、調査を任せはしたが、俺たちも森へと入る。

 宗次たちは、この森にある遺跡の場所を知っているようで、夜の森ではあるのだが、迷わずに目的地まで進んでいく。

 周囲の索敵は影狼たちがしてくれているので、必要以上に警戒せずに進むことができた。

 やがて、森の奥に、マヤ文明のピラミッド「エル・カスティーヨ」によく似た遺跡が目に飛び込んでくる。

「いるな…」

 階段状の外壁を登っていくと、銀色の体毛が月の灯に輝らされた、美しく、それでいて巨大な狼が、地面に寝そべりながら、こちらを眺めていた。どうやら俺たちの到着を待っていたらしい。

「あれが、そうなのか?」

 以前、正体も分からぬまま大怪我を負わされた宗次が、初めて見る魔物に圧倒される。


「魔物鑑定」


【種族】神狼フェンリル


「間違いないな。あれが神狼フェンリルだ」

「すごい…綺麗…」

 咲希が神狼フェンリルを見て、思わず感想が口から漏れた。

「でも、どうしてこちらに襲いかかってこないんでしょうか?」

 里奈がこちらを眺めている神狼フェンリルに疑問を持つ。

「ある程度、知能のある魔物なら、彼我の戦力差がわかるのさ。魔獣支配が効かないというだけで、どちらが格上なのかを理解しているんだろう」

 俺たちを見ていた神狼フェンリルが立ち上がる。

 ジャラリ…

 その首と四肢に金属のような枷を嵌め、そこから繋がった鎖が音を鳴らす。

「そうか…初期レベルで生まれるなら、囚われているんだな…」

 俺の口から、思わず言葉が漏れた。

 神狼フェンリルを作り出す際、どうしても頭から離れなかったイメージのせいで、神狼フェンリルは生まれながらにして鎖で縛られてしまっているのだ。

 神狼フェンリルは、神を喰らう獣は神の縛鎖グレイプニルによってその身を縛られている。

 俺の仲間のリーナも、最初は、神の縛鎖グレイプニルに囚われていて、外すのに苦労したことを思い出す…


 俺が昔を懐かしんでいると、立ち上がった神狼がこちらに視線を向け、まるで着いて来いと言わんばかりに遺跡の中へと入っていく。

「着いて来いと言っていますね」

 ドルフが通訳してくれる。

 俺は、みんなの顔を見渡すと、みんなも覚悟を決めたようで、頷いたので、俺達は遺跡の中へと足を踏み入れた。


 遺跡の中は狭く、祭壇のようなものが中央にあったのだが、先に入った神狼の姿はどこにもなかった。

「どこへ行ったんだ?」

 俺の疑問はすぐに解け、祭壇の裏側に下へ降りる階段が見つかった。

「バカな…以前来たときはこんな階段なんてなかったのに…」

 宗次たち、緋色の刃のメンバーが驚いている。

 彼らは今までに何度もこの遺跡を訪れているのだから、驚くのも無理はないだろう。

 俺は今までの状況から、ダンジョンの成長を疑っていたので、自分の疑念が確証に変わったという感じだったが。

「思った通りか…」

 こぼれた言葉に宗次が反応する。

「真央くんは、これを予想していたのか?そう言えば、訓練場でも、遺跡の奥を気にしていたようだが…」

「ええ。説明は省きますが、ダンジョンが成長して、階層が増えることがあるということは知ってましたから…」

「そんなことが…」

「気をつけてください。ダンジョンが成長したということは、この先に出る魔物は更にランクが上になると思いますから」

「わかった。俺たちも気を引き締めて行こう」


 俺達は、地面にポッカリと口を開く、下りの階段に目を向け、

 警戒しながら慎重にそれを降りていった。




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