第35話 Sランク冒険者

 いきなり襲いかかられて、剣で斬りつけられたアルスが俺に聞いてくる。

「マオー様?こいつは敵?」

「さぁな?まぁ、とりあえず様子見だ。殺すのはいつでもできるからな」

「わかった〜」

 とりあえず、刃を止めたアルスに、ひとまず殺すのはなしだと告げた上で、今眼の前にいる女へと問い詰める。

「で…誰だ?お前?」

 アルスは無傷だとはいえ、いきなり仲間を斬りつけられたのだ、相手に対していい感情なんて湧くわけがない。

「貴様っ!お嬢様に向かって、お前だと?」

 なぜか、黒服がキレている。

「知るか!俺の仲間に刃を向けるような奴に払う敬意なんてねーよ」

「何を白々しい!隆さんと真由子さんを、今すぐ返しなさい!」

 こいつは、何を言っているんだ?俺の父さんと母さんを返せ?意味が分からない…

「ふざけるな!なんで大切な父さんと母さんをお前みたいなクソ女に渡さなきゃいけないんだ!」

「クソ女…」

 何やらショックを受けているようだが、心底どうでもいい。

「貴っ様ぁぁ!お嬢様に対して、何という暴言を!!」

 暴言?ふざけたことをかす奴をクソ呼ばわりするのは、俺にとってはいつものことだ。


 女は俺に対して何か言いたいことがあるようで、アルスの体に埋まった剣を引き抜こうとするがピクリとも動かない。

「なぜっ…スライムごときに…わたくしの剣が止められるのですか!?」

 

 あぁ…もうめんどうだ。

「アルス。殺さずに捕らえろ!」

 俺の指示を受けたアルスがクソ女と黒服を飲み込み、頭だけ出ている状態で捕獲する。

「くっ…離しなさい!」

「貴様!自分が何をしているのかわかっているのか!今すぐお嬢様を解放しろ!」

 この状況で、なんで上から目線で命令ができるんだ?こいつらは…

「うるさいなぁ。アルス、こいつらを武装解除しろ。」

 命令を受けたアルスは二人の装備している武器や鎧などを察知して分解していく。

「きゃあ!何を…やめてくださいまし!」

「くっ…何をするか!貴様っ!やめろ!やめないかっ!」

 これで少しは静かになるだろう。


 俺は残された、もう一人の白衣の人物に聞くことにした。

「で?先生。こいつら何なんですか?俺の父と母を返せとか、わけがわからないんですけど…」

 俺が話しかけたのは、入院中に色々と世話になった、俺の主治医の先生だ。

「あ、あぁ…この方達は…」

「もしかして、麗華さん?」

「なんだ、明璃の知り合いか?」

「そういうわけじゃないんだけど…Sランク冒険者で、日本の冒険者ランキングのランカーなんだよ」

「ランキングなんてあるのか…ゲーマーの血をくすぐるなぁ笑」

「それより、おにぃ…いいの、あれ?」

「あれ?」

 明璃に指差されて、振り返ると、アルスに捕獲されていた二人があられもない姿となっていた。

 男の方はYシャツにネクタイ、靴下とピンクのハート柄のトランクス…

「く、屈辱だ…絶対に許さん…」

 女の方は上下揃った白いレースの下着姿である。

「もう…お嫁にいけませんわ…」

(おい、アルス?武装解除って言ったはずだが?)

(男の方は暗器持ってたから…服ごとね。女の方は剣と鎧分解しただけだよー?)

(鎧の下に何も着てなかったってことかよ…露出狂か?)

「あ、明璃さん?これは不可抗力だから…咲希には黙っていてもらえないかなぁ?」

「ん〜。いいけど、もう手遅れだと思うよ?」

「へ?」

「で、真央?何を黙っておいて欲しいって?」

「のわぁっ!咲希!何でここにっ!?」

「真央の様子が尋常じゃなかったからな。支部長に伝えて、すぐに後を追ってきたんだ」

 なるほど…咲希がここにいることは納得した。

「で?真央?これはどういう状況なのか、説明してもらえるんだろうなぁ?」

 咲希が額に青筋を浮かべながら、指をポキポキ鳴らしている。「撲殺天使…」ギルドで聞こえた物騒な二つ名が頭をよぎり…

「ご、ご、ご、誤解だ!咲希!この露出狂の狂戦士バーサーカーが突然襲いかかって来たんだよ!」

「だ、誰が露出狂の狂戦士バーサーカーですかっ!」

 スライムに捕まっている女が涙目で反論してきた。

「下着の上に鎧を着ただけの女が、魔物ってだけで討伐しようと襲いかかって来たんだぞ?露出狂の狂戦士バーサーカーじゃなかったら戦闘狂バトルジャンキーか?」

「うぅっ…」

 ほら見ろ。反論できないってことは認めたも同然だろ?

 俺が勝ち誇った顔をしていると、咲希が何かに気づいたようだ。

「あれ?麗華先輩?」

「え?咲希はこの女の知り合いなのか?」

「真央も知っているだろ?ほら!私達が中学1年の時の2コ上の先輩で生徒会長をしていただろ?」

「そうだっけ?こんな銀髪縦ロールな先輩がいたら忘れないと思うけど…」

「麗華先輩は、強い氷の魔力に覚醒したせいで、髪の色が変わったんだよ」

「そんなことあるのか?」

「髪や目の色が覚醒した魔力の属性で変わる人は世界でも数えるほどしかいないんだけどな」

 俺と咲希が、そんな話をしていると、麗華先輩と呼ばれた女が咲希に声をかけてきた。

「咲希さん!?咲希さんはこの男の知り合いですの?でしたら、咲希さんからも、この男に言ってあげてくださいまし!」

「麗華先輩がこう言ってるけど、真央、一体何をしたんだ?」

「いや、ほんとに俺は何もしてないのに、この女がアルスに襲いかかってきたんだよ…アルスを倒したら次は俺の番だ!みたいなことも言ってたし…」

「麗華先輩?確かにあのスライムは魔物ですけど、どうしていきなり襲いかかったりしたんですか!?」

 怒気を含んだ質問に、麗華と呼ばれた女も申し訳無さそうに答える。

「その男が、隆さんと真由子さんのご遺体をそのスライムに食べさせていたのですわっ!」

 その理由を聞いて激高する。

「ふっざけんな!そんなこと、するわけないだろうがっ!」

「でもっ!わたくしは確かにこの目で見たんですのよ!スライムに取り込まれた二人のご遺体が消えるところを!」

 あ〜…そういうことか。

「そもそも、隆と真由子は俺の父さんと母さんだ。二人の身体は時間停止の収納に隔離したんだよ。それが消えたように見えたんだろ」

「そ、そんな…それでは全部、わたくしの勘違いでしたの?」

 真相を知って、麗華と呼ばれた女はガックリと項垂うなだれている。


 どうやら誤解だったようだが、仲間を攻撃された俺の気持ちは、はいそうですか。と晴れるものでもない。誤解だったのなら、とっとと消えてくれ。と願いながら、アルスに二人を解放するように指示をする。

 男がどうしたのかは知らないが、いつの間にかいなくなっていた。

 麗華と呼ばれた女は咲希達に体を隠すものを渡されて、咲希達に連れられて着替えのために別室に移動した。

 いつまでも霊安室で騒いでいるわけにもいかないので、俺と先生もこの部屋から退出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 一方、その頃、ギルドの医務室で信吾が目を覚ました。

「う…ここは…?」

「気がついたか?」

「支部長…」

「自分に何が起きたか覚えているか?」

 そう問われて、思い出そうとする…

「そ、そうだ!俺の腕と足が…あれ?」

「真央君が治してくれたんだよ」

 その名前を聞いただけで虫酸が走る…苦々しい顔をしている信吾に対して、支部長が言った。

「お前はまだ若いんだ。あんまり思いつめないようにしろよ」

 それだけ言い残して、支部長は医務室を出ていった。


 一人残された信吾は今日のことを思い返す。

 野次馬ギャラリーの前で味わった屈辱は真央への恨みとなり、自分ではなく真央を選んだ咲希への好意は憎悪へと変わっていった。

「今に見てろよ…」

 復讐を誓った信吾の顔は醜く歪み、ギルドを出た足は、暗い路地裏へと向かっていく。

 信吾が向かった先は非合法の闇マーケットだった。違法スレスレ、否、完全に違法な薬物さえ扱っている知る人ぞ知る闇市場だ。

「クヒッ…」

 いいものを手に入れたと、信吾の顔に黒い笑みが浮かぶ。

 それを使う日のことを考えるとついついはやる気持ちがわいてきてしまう。


 幼なじみだった真央と信吾の進む道が、今日この日、完全にたがえてしまったのだった。

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