第32話 決闘
そして、1時間が経ち、俺達は訓練場へと移動した。
先に待っていたのは信吾で、前に見た、アルティメットスライム戦の時と同じ鎧姿だ。盾は新調したみたいだが。
「よく逃げずに来たな!だが、何だその格好は?武器も防具もなしとはな!最初から勝てないと諦めてるのか!?」
「別に…必要ないから持ってこなかっただけだよ」
間に支部長が割って入り、
「双方、準備はいいか?では始めっ!」
開始の合図と共に、まずは信吾が自信に
「スキル金剛!」
防御力を上げるスキルだ。それに対して俺も呟く。
「召喚」
「行くぞ真央っ!くらえぇ!シールドバッ…」
盾を前面に構えた信吾がダッシュで俺との距離を詰めてくる。おそらく、そのまま盾で相手を弾き飛ばす、シールドバッシュを仕掛けるつもりだったのだろう。金剛で防御力を上げているシールドバッシュが決まれば、それで決着だ。
だが、一歩遅かった。俺の召喚によってアルスが本来の姿で俺の前に現れたのだ。
「なっ!」
信吾は驚いたが、ダッシュの勢いを途中で止めることは出来ずに、そのままアルスへシールドバッシュをかます形となった。
当然のごとく、アルスは何のダメージも受けずに、ポヨンッと信吾を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた信吾は盾を手放し、尻餅をついた格好で、こちらを睨んで叫んだ。
「ふざけるな…なんだよ、それは!なんなんだよっ!聞いてないぞ、こんなのっ!」
「さっき言っただろ?やっとスライムを
俺の召喚したアルスを見た
「お、おい…なんだあれは?」
「あれがスライムなのか?」
「あんなスライム見たことないぞ?何ランクの魔物なんだ?」
「どうだ、鑑定できたか?」
「ダメですね…ただ種族はアルティメットスライムというらしいです」
「アルティメットスライム…聞いたことないぞ…ギルドの資料でも見たことないし」
「もしかして、未知の魔物なんですかね?」
「おい、召喚士ってハズレ職だよな?」
「あんなスライムを召喚できるってヤバくないか?」
「ね、ねぇ、里奈…あれって…」
「やっぱり、そうですよね…でもあんなに綺麗な色じゃなかったと思いますけど…」
「ちょっと、咲希!どういうことなの?説明してよ」
咲希は支部長にも説明したように、みんなで考えたストーリーを小夜と里奈に話して聞かせた。
「そんなことが…」
「それで真央さんは帰ってこれたんですね…」
嘘の説明をした罪悪感と、普段の姿のアルスちゃんに会わせてあげたいなと思う気持ちで咲希の心は揺れるのだった。
「どうする?信吾。降参するか?」
喚く信吾に対して、降参を呼びかける。
「誰が降参なんてするかよっ!」
まだ、やる気のようだ。
「
「うるさいっ!」
どうやら、聞く耳もないらしいな…ならば、仕方ない。
「アルス、飲み込め」
俺の指示を受けたアルスが消えた。いや、正確にはもの凄い速さで移動しただけだ。
アルスは魔王軍の幹部の中では、一番遅いんだが、それでも速さ2800だ。
信吾のステータスは知らないが、Bランク冒険者ということを考えるなら、せいぜい速さ100〜200ってところだろう?
俺がホーンラビットと戦ったとき、動きがほとんど見えなかったことを思い出す。あの時の速さの差はほんの数十ってところだ。
それが、信吾とアルスでは実に10倍以上も差があるんだ。消えたように見えるのも当然というものだ。
アルスは尻餅をついたまま、こっちを睨んでいる信吾の背後に現れた。そして、覆いかぶさるように身体を広げ、信吾を体内に取り込んだ。
ゴボッ…ガボッ
おっと、このままでは信吾が窒息してしまうな…
「アルス、顔だけ出してやれ。殺すなよ」
ガ…ガハッ…ゲハッ…
「はぁ…はぁ」
「どうだ?降参するか?」
「誰が、するかっ!」
俺は支部長の方を見る。
「どう考えても、チェックメイトだと思うんですけどね…まだ止めないんですか?」
「むぅ…」
なんなんだ…煮えきらない態度だな…俺がこれ以上はしないとでも思ってるんだろうか…逃げ道は提示してやったんだけどな…
あぁ…頭の中が芯から冷えていくのがわかる…この感覚に飲まれてはダメだ…
「アルス。まずは左腕だ。喰え」
そう告げた瞬間、信吾の左腕が溶けて消えた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!腕が!俺の腕がぁぁぁ!」
信吾が絶叫する。それを無視して俺は淡々と告げる。
「次は右足」
ジュワッ…信吾の右足もあっという間に溶けてなくなった。
「ぎゃあぁぁぁぁ!い、嫌だ!し、死にたくない!た、助けてくれぇ!!」
「次は左…「ま、待て!ストップ!ストップだ!試合終了だ!」
信吾は片腕と片足を失ったショックで気絶したようだ。
支部長が俺を睨んでいる。
「ここまでする必要があったのか?」
「俺は止めないんですか?と聞きましたが。止めなかったのは支部長でしょう?」
「そ、そうだが…殺しはなしだと言っただろう!」
「腕や足の2本や3本なくたって死にはしませんよ」
冷淡に吐き捨てる俺を見る支部長は、まるで化け物でも見るかのような顔をしていた。
「だ、だが!あれではもう、信吾は冒険者としては活動できない!」
「だから、何度も降参するか?と聞いたでしょう。スライムに捕まって食われたら、身体も装備も何も残らないなんて、子供でも知ってることなのに…」
「彼は君の幼なじみなんだろう!?」
「でも、敵です。
それを言われると、支部長も何も言い返せない。傍目に見ても、あれは過剰な攻撃だったからだ。
これ以上、何を言っても埒が明かないと判断したのか、支部長はもう何も言わなくなった。
面倒な問答が終わったので、咲希の方を向くと、咲希は口に手を当て、悲しそうな目で俺を見ていた…
その顔を見た瞬間、冷え切っていた俺の頭の中に熱が籠もる。
自分がしていた言動を振り返り、どうやらやりすぎていたようだと後悔した。
「アルス、治してやってくれ」
アルスは体組成を一度取り込んだことのある物へ変化させることができる。毒や酸、マグマなど、凶悪な身体にもなれるし、身体全体を
アルスは自身に取り込んだ信吾の身体を再生させた後、ペッと吐き出した。
ドシャっと床に倒れる信吾だが、気絶しているので、特に反応はない。
欠損を回復させたアルスを見た支部長は
「欠損の再生までできるのか…」
などと呟いていたが、信吾の方を優先させて医務班を呼んだ。
「おい!誰か!担架を持ってきてくれ!」
信吾が搬送されるのを確認し、俺の方を向いて、複雑そうな心境の顔をして、
「約束は守る。Bランクの手続きはしておくから、後で俺の執務室へ来てくれるか?」
そう告げて、訓練場から出ていった。
「治してやったんだから、いいだろ…」
ボソッと本音が漏れるが、支部長の態度よりも、咲希に悲しい顔をさせた事の方が、俺の心には重くのしかかっていた。
かつて、ただ強くなるために作業のように敵を倒すだけの人生を送っていたことを思い出す。破滅の未来が運命づけられていたあの時はそれ以外に進む道がなかったのだ。
だが、今は違う。あの殺伐とした日々から解放され、やり直すチャンスを貰ったんだ。
世界の全てから疎まれ、自分の居場所のないあの異世界と違って、ここには俺を愛してくれる人たちがいる。せめて、そんな家族や仲間たちに悲しい思いをさせないようにしようと、心に決め、俺は咲希達の待つ場所へ戻るのだった。
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