第4話 私は永遠を望む


 人の敷いたレールはいつか終わりが来る。それに気づいたのは大学に入ってからであり、自分で選ばなければいけない授業は私の心を削っていた。


 私は人と関わるのが苦手だ。だが、大学では授業ごとに人は変わり、そのごとに勇気をふり絞らなければならなかった。1年の時はまだ楽だった。友達とまでいかなくても軽く話せるような人の後ろを金魚の糞のようについていけたからだ。


 でも、そのままとはいかなかった。


 コロナ。という感染病が流行したからだ。


 今よりも自分自身だけで連絡を取り合わなければいけない状況に陥り私は困惑する。なにより、私はぎりぎりの頭で合格した人であり、授業についていくのもやっとだった。正確にいってしまえばついていけてなかった。ただ誰かのノートを写したりして課題をなんとか済ましているだけだったのだ。


 だが、コロナが流行すると、オンライン上で授業が行われる。1年次に固めていなかった知識が穴となり授業に置いて行かれる。かといえば課題も増える。提出期限までに課題が終わらず積立式にそれに埋もれていった。


 私は臆病だ。だからSNSで誰かにわからないところを聞くなんてことはできなかった。教授に聞きに行くなんてことも出来なかった。


 何時間も何時間も奮闘して結局分からないという絶望を何度も味わう。


 かといって、家で勉強できる環境が整っているわけでもない。


 朝、私は兄や父に言われるのだ。昨日どんな家事をしたのかと。さらに付け加えれば、妹や弟に家事をやらせたのかと。私がどんなに家事をしても、弟たちがやってなければどうしてやらせなかったと怒った。


 ズボンがない。どうして乾いてない。よく言われた。今日は弟たちにどんな家事をやらせるのか、圧迫面接のような威圧を朝、そして夜にも言われるのだ。


 授業をおえ、課題をする。夜の11時までバイトをする。洗濯を確認。干す。朝、乾いてなければ怒られ、皆になんの家事を振り分けるか問われる。


 時間がなかった。頭もよくなかった。だからとにかく焦った。


 土日を使って課題を終わらせるしかない。当たり前だがそう考える。しかし、父はDIYをするから手伝えと言った。何か棚を作ったりだとか机を作ったりだとか。私はそれに従った。1か月の土日が全部潰れたときは絶望した。そしてバイトに行く、家事をする。


 とうてい課題は溜まったままだった。


 だから私は言ったのだ。勉強が大変だ、と。だが返って来たのは誰かに分からないところを聞いたのかと。教授に聞いたのかと。そして何より「大丈夫」というのだ。


 「大丈夫」


 その言葉は嫌いだ。


 私はとうとう授業に出なくなった。オンラインだからパソコンを開かないだけでいい。そして嘘をついた。


 「勉強は大丈夫なの?」そう親に言われる。


 「大丈夫」


 私は、私がもっとも嫌悪する言葉を吐いていた。きっと私が壊れたのはその時だった。


 罪悪感が襲った。


 逃げるように自分を誤魔化すようにゲームをした。


 楽しくなかった。生きている心地がしなかった。


 もはや心が折れた時点で、勉強に手を伸ばせなくなっていた。それでも前期が終われば後期が来る。その始めだけは何とか取り戻そうと授業に出てみる。しかし頑張る気力もなければ理由もない。


 父は言った。「死ぬ気で頑張れと」


 だから私はいつだって死ぬ気だった。いつでも死にたくて死にたくて仕方がなかった。それでも私が今日まで生きていたのは誤魔化し続けていたからに他ならない。


 「…しにたい」


 そう思ったとき。こう考えるのだ。死ぬのは一瞬なのだから、別に今すぐ死ぬ必要はないのだと。人生がどうにもならなくなったり、派手なこと起こして死ねばいいと。別に死ぬのは明日ではいいのではないかと、自分にそう言い聞かせたのだ。


 明日。明日。明日。明日。そして今日まで生きている。


 死ぬ気でやれだなんて。私はいつでも死ぬ気だというのに。私はあるとき気づいた。どうして勉強が出来なくなったかを。


 私は死ぬつもりだったのだ。親は将来のために勉強をしなさいといったが、私は将来死ぬつもりだったのだ。どうせ死ぬつもりな私がどうして未来のために勉強を出来ただろうか。それこそ死ぬ気という馬鹿げた考えの中で。


 「大丈夫」


 その言葉を平気で言えるようになったころ、ようやく私はゲームを楽しんで出来るようになっていた。


 死にたい。その気持ちも軽くなっていた。その頃、兄は独り立ちし、父はたまに洗濯を干してくれるようになった。私が休学したいと相談したのだ。なんとかひねり出したその言葉を父は却下した。それ以降、皆に家事をやらせたのかと問い詰められ続けることは減った。


 結局、私は黙ったままずる休みを続けている。もし仮にきっかけがあったら死んでいただろう。例えば理不尽に怒られるとか。


 でも起きなかった。前と比べて歳を取った父は丸くなり、小さい子たちは少しは目を離しても大丈夫になり、以前よりかなり楽になっていた。気づけば、私は死ぬ機会を逃していた。前より苦しくなくなったからだ。


 それが良いことであるとは限らなかった。今更勉強がきついといっても、きっと前よりは出来るようになったからと言い訳扱いされるのだ。そう思うと私は行き場を失った。


 どうして、私が助けを求めるときそうでは無かったのか。私は勉強する気力はもはや起きなくなっていた。


 毎日が窮屈で仕方がない。嘘に嘘を重ねなければならない。


 「大丈夫」


 またその言葉を吐く。


 そんな変わらぬ毎日が続いていく。1か月、1年。そろそろその永遠も近くなる。


 終わりが来るのだ。いくらか単位を取らなければやはり大学は続けられない。だから適当に授業はとる。しかし欠席は続いた。


 たまに学校には行ってみた。しかし、この扉の先にはもはや私以外の人がいると思うと気まずくて開けられなくなっていた。遅刻しているわけでもないのに、私はいちいち教室まで来ては家に帰った。


 人と関わるのが苦手。それはきっと人の目を気にしすぎるからだろうか。


 私は私がどのようなことをするのが正しいかは分かっていた。わかっていながらそれをしなかった。だから私は人間失格なのだ。


 「……。」


 周りの人が就職活動をし、内定をもらったと報告を受ける。しかし私は嘘を塗り固めていたため出来ない。卒業予定なんてさらさらない。


 死にたい。だけどあの頃よりはそうではない。


 ただただ生ぬるい地獄が続いた。勉強する環境は前よりは整えど、私はそこにはいない。死ぬつもりであったが、もはやその抜け殻しか残っていない。


 死ねないのだ。もはや。どうしてあの時死ななかったのかと心に悔やむ。


 そして2、3月になる。とうとう終わりの日だ。嘘を固め続けた私が、バレてしまう頃だ。


 私は何度も願った。永遠を。それでも日は過ぎていく。気付けば気付くほど時間の流れは速くなる。


 とうとう教授に呼ばれた。除籍だった。それを言われている時、私はまともに座っているのがやっとだった。ふらふらして倒れそうな中、私は家に帰った。


 次の月から周りの人は社会人だったりするのだ。でも私はどうだ。なにもない。


 少ない友人と遊びに行く。仕事が始まれば会うことも少なくなるだろうと話す。その時の私は一体どんな顔をしていたのだろうか。私は誰にも除籍の事は話さなかった。話せなかった。


 ついぞ思う。永遠を。そして私は気付いてしまった。


 私が死ねば良かったのだ。そうすれば私がいない永遠が始まるではないか。


 永遠を望む私はベランダから地面を眺めた。輝いている。今日それを実行すれば、明日から私がいない永遠が始まる。


 私はふとスマホを見た。まだ遊ぶ予定の友達が残っている。


 「……。」


 それが終わってからでもいいじゃないか。私はふとそう思ったのだ。


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