第2話 小学と中学の記憶
ある小説があった。それは少女が好きな人と永遠の日々を願う話。その話ではどうやら幸せだった時間を永遠に過ごしたいという王道というか、鉄板ネタみたいな、そんな妄想的でつまらないものだ。
私は幸せになりたくて永遠を望むのではない。これ以上の闇が怖いのだ。だから永遠を望む。
私はふと、ゴミ箱に入っているゲームのカセットを見た。
よくある勇者の冒険もの。いくつものエンディングがあり、短いストーリーにしてはやりごたえのあるゲームだった。好きな仲間をパーティーに組み、魔王を倒す。もうすべてのセリフを見たに違いなかったが、他にやることもないので何度もそのゲームで遊んでいた。壊れるまでは。
「……。」
私も出来る事ならセーブとロードをしたい。もしこの世界にマルチエンディングがあるとしたら、きっとこのルートはバットエンディングに違いない。もし命がいくつもあるのなら、とっくに私は自殺している。
…今日も特にやることはない。洗濯や茶碗を済まして、燃えるごみの日なのでゴミを下に持っていく。家族が食べたあとの残り物を冷蔵庫に入れ、ぼーっとする。ひとりでは静かすぎて耐えられず、テレビを流しておく。ただそれだけ。
眠気が来て横になる。
「……。」
ふと、なんとなく嫌だったから起き上がった。
そしてタンスにしまわれているアルバムを取り出した。見たくはない。が、自分のやる気を引き立てるためにはちょうどよかった。
このままではいけない。何回そのセリフを思っただろうか。
何回そう思えば私は変われるのだろうか。
―――――
幼稚園の頃、私は無邪気だった。なにより私がなすこと全ては一番でなくては気が済まず、一番自分が強いものだと思い込んでいた。
子供にはコミュ障なんて言葉はなかった。私は色んな人に声をかけ、それこそ目に付くものすべてが友達だと思っていたに違いなかった。
そのころ私の父親は厳しかった。幼稚園には宿題というものはない。が、父はそれを課した。毎日ひらがなを書くこと、カタカナを書くとこ。そんなところから始まった。
日記を書きなさい。幼き私に父はそういった。私の父は教えるのは到底上手とはいいがたかった。やれ、やったらいけない。ただそれだけだ。そして父は言った。日記の最後に『うれしかった』や『楽しかった』ばかり書くな、と。私を怒った。
普通、子供のころは日記は『楽しかったです』で締めるのが常套句だろう。でも私の父はそれをダメだといい、だがどうすればいいのかは教えてくれなった。今ではそうは言わないし、あの頃そんなこと言ったことさえ覚えていないだろう。だが幼き記憶というのは確かにいまでも残っている。
近い出来事で言えば、読書感想文を書け、と言われたこともあった。期限付きで。書き方は? なんて教えてくれることはなく、それは苦労した。
やらなければ怒るのだ。叩くのだ。今ではやはり体罰に当たるのだろうが、昔にはそんなことは無い。よく玄関の前に立たされることもあったし、友達がそんな罰を受けている光景を見たこともある。
でも、いくらか理不尽は降り注ぐ。
「あいうえおって言ってごらん」幼き私はそれに答えて「あいうえお」と繰り返す。次に「かきくけこ」これも私は「かきくけこ」と繰り返す。
だが問題があったのは「さしすせそ」だった。子供の発音というのは癖があり、どうしてもサ行がタ行に変わってしまうのだ。
「たちつてと」
「ちがう。さしすせそ」
「たちつてと」
「だから、さ・し・す・せ・そ」
「たちつてと」
「違うって言ってるだろう!!」
私は叩かれた。その時なぜ叩かれたかは分からない。だが今こうしてその出来事を覚えているということはやはり恐怖だったのだ。私の体がトラウマとして体に刻んでいるのだった。
よく叱られた。その時はふとももをつねられたり、足を掴まれて宙吊りにされ投げ飛ばされたり、玄関に立たせられたまに後ろから蹴られた。
あまり言うべきではないが、教育としてはいかんせん正しくはない。だが子供の私に知ったことではないし、どうにでも出来る事ではなかった。
父は人に迷惑をかけることはしてはいけないと強く言った。
そして説教タイムがあり、私が言い訳しようなどとすると怒る。なにより誰かの名前を出した途端に特にキレた。「人のせいにするな」と。父は言葉が通じないのだ。
そのせいか、私は自分が正しい行いをするのを強要されたし、なにより教えを守る私は正しい人間なのだと強く思っていた。
正しい。正しい。
だから宿題をするのは怒られないためで、手伝いをするのは怒られないためで、悪いことをしないのは当たり前なのだ。
小学校にあがって私は自分が一番で正しいとまだ思いこんでいた。
それがいけなかった。
自信とは人に受け取る者ではない。自らが挑戦し経験を積んで積み上げるものなのだ。見せかけの中身のない自信はいつだってもろく崩れやすかった。
ひとつ、その日の授業に大縄跳びがあった。先生はいう、見本を見せるから出来る人手を挙げて、と。
そして何人かが手を挙げ前に出る。もちろん、自信満々な私も手を挙げた。だが、先生は言った。お前は下手なんだから座っていなさいと。軽く皆は笑った。冗談のつもりだと思われたのだろうか今になっては分からない。だが自信満々な私が拒絶された出来事の一つだった。
またある日。合唱の練習があった。前の話でも言ったが、私は音痴だった。だが私はそれに気付かず大声で歌っていた。だから私はみんなに指摘されるのだった。なんて言われたかは覚えていない。だが確かにその日から私は声をあまり出さないようになったのは確かだった。
またある日、なにか一人ずつ発表することになった授業でのこと。私の発表が上手だったといい点数をもらったときに起きた。自信満々な私は調子に乗ってしまった。友達の発表を見て、きっと下手だとかなにか言ってしまったに違いない。その言葉こそ覚えていないものの、その友達が泣いてしまった姿が脳裏に焼き付いている。その時私はこんな性格の自分を無意識に呪った。それから私は意見をいうことが少なくなった。
あとは部活でも私を臆病にさせることは起きた。私はバスケ部に入部させられていたが、そもそも私は部活に入るつもりはなかった。だが、父が社会人としてバスケをしており、私をバスケ部に入れたがった。
父はたま公園に連れていき、バスケ部に入る前からバスケをさせていた。
あまり普通という表現はしたくない。普通というのは誰から見て普通なのか曖昧だし、なにより私は「普通はそんなことしないだろ」という言葉が嫌いだ。だから普通という言葉は極力避けている。
だがあえて言わして欲しい。私の父はあまり普通ではなかったと。私を公園に連れて行った父はバスケを触らせたかった。普通ならどうするだろうか。一緒にドリブルしたりパスしたりして遊ぶだろうか。だが私の父には一緒というニュアンスは欠如していた。
右手ドリブル連続百回、左手もドリブル百回。出来るまで。
その時に姿勢も教わる。腰を落として姿勢はまっすぐ、かなりきつい姿勢だ。私の父は自分の好きなものを他人に押し付け嫌いにさせる特技があるらしい。私はものの見事涙を流しながらドリブルしたのだ。
部活は入れ。その言葉に私は反対できなかった。小さい頃から叩かれるトラウマが父に対する言葉を制限されていた。結果、なにも言えない。私はそのまま部活に入ることになる。
だが私は失敗に臆病になっていた。
試合中、私は敵にぶつかるたびに手を合わせて謝っていた。コーチにもそんなことやらんでいいと言われたが、それは無意識でそれを行っていた。いま考えれば異常だ。自分は正しい。だからこそ失敗が怖かった。だからこそ相手を傷つけることが恐怖でしかたなかった。
無理やり入れられた部活をもはややるはずもない。
私は逃げ出した。部活中にそっと窓から飛び出し逃げ出す。なぜかは子供の私に分かはずもないが、それはきっと自分の意志をしめす一種の行動に違いない。
だが私は正しいと思い込んでいた。だから大きな罪悪感が襲うことになる。
それからのち、部活を休んだ。メンバーに顔を合わせるのが申し訳なくて、たまに学校を休んだ。学校を休んだことを咎められることを嫌い、また学校を休んだ。
ずる休みが多くなった。
気まずい。部活を止めたあの日から、私はメンバーを避けるようになった。いつの間にかそれが人を避けるきっかけになると誰が思っただろうか。
私はそれから人と接する機会を失っていったのだった。
中学にあがりかつての部活のメンバーの一人からまたバスケに入ろうと誘われた。だが、もはや私にその意思は残っていなかった。
中学校は特に書くことはない。部活に入ることはなく、委員会の活動もない。ましてやクラスメイトとしゃべることもなく、ただ人を避け続けて休み時間本を読んでいた。ただそれだけなのだ。
そこにかつての自信に満ち溢れた私はいなかった。ただその頃だろう。時折死にたいなんて考えるようになったのは。
どうしての理由はわかっていなかった。
ただふと見下ろしたベランダから見えた地面が、輝いて見えたのだ。
「……。」
アルバム。中学校の友達とメッセージを書きあう。そのとき私は一人。私は一人で壁に座り、ただその時間を潰している。
私は思ったのだ。変わろうと。なにもなかった三年間を無駄にした。挑戦して後悔する方が、なにもせず後悔するより辛いのだとわかった。
それからどうなったか。
結局あの日のまま、今を生きているに違いない。
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