第3話 永遠を望むもの望まぬもの


 勇者と魔王はループしていた。対極にあるこのふたつの物体だけがこの世で記憶を保持し次に託している。


 一方は永遠を望まなかった。


 しかしもう一方は永遠を望んでいた。


 「また来たな勇者!」


 魔王はご機嫌に今日も笑う。


 「なんだ、今日はとうとう一人になったか」


 「ああ、ひとりさ。誰も俺を知らない世界だ。レクノールもヘーゲルもクリスティーナもヴィーノも、モカ、ジェロニモ、ロックス、アーベル……。誰一人としてだ」


 「私がいるではないか」


 翼を広げて自分を誇示する。それに対して勇者は苛つくように剣を振った。


 「じゃあお前が教えてくれるのか。このループから脱出する方法をよ」


 それを聞いて魔王は不敵に笑った。「何がおかしい」と聞くと魔王は笑うのを止め言葉をひとつ落とした。


 「知っている」


 「なに?」


 「貴様が知りたい情報を私は知っている、と言ったのだ」


 「……っ!! 嘘じゃないだろうな」


 世界のどこを探してもそんな情報はありもしなかったのに魔王が知っている。そんなこと勇者が信じられるわけもなかった。


 「ふはは、信じるかどうかは貴様次第だ。何しろ知っているだけで試したことはないからな」


 「教えろ! 抵抗するなら、叩き斬る!」


 「ふっ、いいだろう。別に隠す必要もない、教えてやる。この世から脱出する方法を」


 魔王は指を二本立てた。


 「方法は二つある。まず一つ。満足させることだ」


 「? どういうことだ」


 「文字通りの意味だ。勇者、貴様にはわからないだろうがこの世界は作りものなんだよ。どうあがいても手のひらの上。見世物だ」


 「だから言っている意味がわからねぇって」


 「ふははははは! 別にわかる必要もない。単純なことだ。ループするたびに色んな経験をしただろう。それだ。もはやこれ以上やることがないぐらいになればいいということだ」


 「……? そしたらどうなる」


 「飽きるのさ」


 「誰が?」


 「この世界の主が」


 魔王は天を指さした。勇者は魔王の言っていることが頭に入ってこなかった。それをみて「理解する必要などないと言っただろう」と魔王は笑った。


 「じゃあもう一つの方法は何だ?」勇者は聞く。


 「この世界を壊すことだ」魔王は言う。


 再び言っている意味は分からない。


 「今度も同じことだ。主は満足するためにこの世界をループさせている。しかしこの世界そのものが壊れてしまえばループが出来ない。ただそれだけだ」


 やはり分からない。


 「なんとなくわかるはずだ。この世界はなにか一定の物事に沿って動いている。例えば最後に貴様と私が戦う、とかな」


 「つまりどうすればいい? 知りたいのはそれだけだ。何をすればループから脱出できる。その手段だけが知りたい」


 「……。」


 その問いに魔王はすぐには答えなかった。少し考えるように玉座に手を遊ばせて立ち上がる。


 「貴様は知らない。ループの先を」魔王は呟く。「貴様が思うような世界はそこにはない、ただ、本当に何もない」


 「いいから教えろ!」勇者は剣を向ける。


 「いいだろう。しかしだ。私が知っている方法はただ一つだけだ」


 そういうと魔王の口から黒い炎が放たれた。勇者はそれを盾で防ぐ。炎がはれると魔力を纏った魔王が見えた。戦闘態勢だ。そして。


 「この私を倒すことだ!!」


 魔王はそう叫んだ。


 「ふざけるな! 何度もお前をやっつけただろうが!」


 勇者も叫んだ。


 「違うな! 貴様は世界の全てを旅してきただろう、このループの中で。そして様々な経験をしてきたはずだ。そして最後に真にしてないことはただ一つ! この私と一騎打ちだ!」


 魔王は手を掲げ魔力を込めた。


 「これが終えればきっと主も飽きるだろう。だが、それはこの世界の終わりを意味する。そのためにも私は貴様に倒されるわけにはいかんのだ」


 魔王は魔法を放つ。「深淵ラグナロク!」大地が揺れ動く。


 「くっ!!」


 勇者は剣で魔法を押さえ、はじき返した。それを見て魔王は上出来だと褒めた。


 「しかしだ、勇者。私はお前にこれから真の姿を見せなくてはならない」


 「なに!?」勇者は警戒して後ずさりする。


 気合いを入れた。かと思えば次の瞬間馬鹿でかい魔王の胸がひらいた。真っ二つに裂け、脱皮のように中から勇者と変わらぬ背丈の人影が出てきた。


 目はひとつ、角が二本。体格には合わない大きな翼を生やし、指先には尖った爪が見える。堕天使、その言葉がよく似合う。


 「さあやろう」野太い声は残ったままだった。


 小さな魔王が動いた。その瞬間、勇者はそれを盾で防いだ。瞬きする間もなく魔王は懐に入っていた。


 盾がはじかれる、無防備になった目の前で魔王は手をかざし魔法を放つ。勇者が吹っ飛ばされる。


 「すまないな。この世のためだ。死んでくれ」


 魔王は手を構え魔力を込めた。


 そして立ち上がる勇者。


 「っ!!!」


 その時魔王は見た。勇者の狂気に満ちた顔を。たまらず魔王は魔法を放った。


 キィン! 剣にはじかれる。


 と同時にまた魔王は間合いを詰め勇者を殴りに行く。


 斬!! 魔王の腕がとんだ。


 魔王は困惑した。一度勇者から距離をとるため後ろへ飛ぶ。そして自分の腕を見直した。勇者に斬られた。一瞬で。それしか分からない。


 「なに勘違いしてるんだよ」


 勇者は笑う。


 「手加減してたのはこっちだぜ。何回ループしたと思ってる。何百回何千回命かけて来たと思ってる」


 魔王には誤算があった。それは勇者があまりにも経験を積み過ぎていたこと。


 ―――――それでも――――――


 魔王は残った左手を構えた。


 「それでも私はお前を倒さなくてはならない! この世界を終わらせないために!!」


 斬! セリフと共に残った腕も落ちる。


 「まだだ!!!!」魔王は残った力で口から――――


 ッ斬!!


 魔王の体が二つに割れた。ゆっくりと体が二手に倒れる。


 一方は永遠を望んでいた。


 「これでいいんだよな」残った魔王の死体をみて勇者はそういった。


 しかしもう一方は永遠を望んでいなかった。



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