勇者の永遠

第1話 勇者の苦悩


 魔王は凶悪だった。おびただしい魔力、精神を削る赤い目、立っているだけさえ困難にさせる強靭な翼、そして見上げるほどデカい図体。一瞬でも気を抜くとやられてしまうなか、俺は仲間の力を借りてやっとの思いで魔王を倒すことが出来た。するどい斬撃で真っ二つに割れた魔王は甲高い声で散る。


 街に帰ると盛大なパーティーが開かれた。共に旅してきた仲間たちも家族と抱き合い笑いあう、そのパレードで俺はカリナ姫と結婚式を挙げた。厳しい旅の途中亡くなってしまったやつもいた。何度も死にかけた。ようやく手に入れた平穏。


 勇者ライモン。その名が歴史に残る。


 魔法使いのクリスティーナはお転婆な奴だがそれと等しく勇気のあるやつだった。誰よりも危険をためらうことなく前衛に出ては回復を忘れて皆が怒る。いつしかクリスティーナに合わせるための戦闘スタイルになり慎重とはかけ離れた戦闘スタイルになったものだ。


 格闘家のレクノールは素手で彼に敵う者はいないほど強かった。勇者とはやし立てられた俺を嫌い、何度か対立したものだ。俺はレクノールをずっと尊敬している。どうして自分より大きい魔物と素手で立ち向かえるのかと聞いたとき、彼は笑った。「失うものの方が怖いからだ」と。守るための拳を、その誰かを想う強さを教えてもらった。


 剣士ヘーゲルは単純な奴だ。世界で一番強いのは俺だと話も聞かず一人で行動し一度危険に陥った。その時レクノールが助けた。何も持たぬ格闘家より自分は弱いのだと卑下したときはレクノールが初めて拳で殴った。信念がないからだと。武器はなくともそれ以上に決意を背中に背負う、その覚悟を。何も持たぬのは自分だったと反省してからヘーゲルの成長はすごいものだった。


 他にもサポートしてくれた仲間は大いにいた。皆が魔王を倒すと思い続けてくれた。


 その長い旅路の果てがここだった。


 


―――――そして勇者は再び魔王と向かい合っていた。


 「何度目だ」


 剣を握る拳に力が入る。怒りが収まらない。


 「さあな。そんなことより早くやりおうじゃないか」


 不敵に笑う魔王。足元には胸を貫かれて倒れているレクノールがいた。


 「嘘! レクノール!」叫ぶクリスティーナ。


 「そう卑下するな。彼は立派だ。生身にしてこの私に傷をつけたのだから。生命の極致ともいおうその武芸は尊敬の意に達しよう」


 「黙れよ!」


 俺は怒りを抑えることが出来なかった。剣を振りかざし魔王に突進する。


 「待て!早まるんじゃねぇ!!ライモン!」


 ヘーゲルが止めるも気にしない。俺は今までにないほど感情的になっていた。


 「何回お前を倒せば、未来にいけるんだああああああ!!!」


 ガキィンン!! 魔王が片手で剣を受け止める。


 「知らぬ!だが!私はこうしてお前と戦うのは楽しいぞ!」


 腕を振り勇者ごと剣を弾き飛ばす。宙にまう、その勢いのまま魔王にまた剣を向ける。目くらましをするために片手で雷撃を放つ。


 「くそ!くそ!くそ! 俺たちもやるしかねぇ! レクノールのためにも!」

 「もう誰も死なせない!」


 ヘーゲルとクリスティーナも攻撃に加わる。


 「こざかしいわ!」


 魔王は空中から振りかざす剣を受け止め、加勢に加わった二人の方は翼を羽ばたかせ足止めする。そして動きずらそうになった二人のもとに勇者を投げ飛ばし、3人に向かって巨大な魔法を放った。


 「たたっ斬る!」と勇者。

 「いーや跳ね返す!」とヘーゲル。

 「二人とも剣を構えて!」とクリスティーナ。


 クリスティーナが二人の剣に魔法を纏わせ、魔王の放つ攻撃を跳ね返した。


 「「「いま!」」」


 その怯んだ隙を見逃さずヘーゲルは魔王の足を切り、よろけたところをクリスティーナが魔法で拘束する。そして。


 「おおおおおおうりゃああああああ!!」


 勇者が魔王を真っ二つに切り裂いた。


 息をあらげながら俺は消えゆく魔王を眺めた。ふっ、と魔王は不敵に笑った。


 「次が…楽しみだ」


 そう言い残し、魔王は消滅した。


 「やったな!ライモン!」とヘーゲル。


 「私達やり遂げたよ!」とすでに亡骸となったレクノールを抱きかかえたクリスティーナが涙を頬に流しながら言った。


 そう、これで魔王は倒した。平穏が訪れる。そして街に戻ればパレードが開かれることだろう。でも。


 それでも俺はまだ怒りが収まらなかった。


 この感情はレクノールを失った悲しみからなんかじゃない。まただ。また起こりうるそれについて俺は怒っていた。


 だってどうせまた、ループするんだろう?


 「くそが」


 行き場のない文句が宙に舞った。




 ――――――それから。


 「魔王を絶対倒すぞ!」


 広場に広がる民衆が放つ怒号の掛け声が俺の体を揺さぶっている。俺の隣には死んだはずのレクノールが拳を掲げている。


 嫌気がさす。何回目だ、この状況は。


 「なあ、ライモン。皆のためにも魔王を絶対倒さなくてはな」


 「…ああ、そうだな」


 誰がまたなんて願ったんだ。誰も願ってやいないだろう。なんで何回も命のやり取りをしなくちゃいけないんだ。そんなのに意味があるのか?


 なあ、次はだれが死ぬんだ。今度は皆生きて帰れるのか。


 魔王討伐の宣言はいつしか宴となり、訪れると信じる平和のために皆酒やごちそうを持ち火を囲んでいる。「頼むぜ、勇者!」すれ違う人々はそう告げる。決して今侵されている状況は良くはない、それでも皆俺が魔王を倒すと信じてやまない。その皆の笑顔が胸に刺さる。


 魔王は絶対倒すさ。でもよ。その待ち望む先はきっとない。


 「ごめんよ、皆」


 自分の不甲斐なさに、腹が立つ。


 「魔王討伐のあいだ魔物の事はまかして下さい」


 カリナ姫が手を持ち、微笑みかけた。…ごめんよ、俺はもう君たちみたいに笑うことは出来ない。頬を引っ張る、それが今勇者に出来る最大限の笑顔だった。


 まるで自分が人間じゃなくなってしまったみたいだ。


 絶望の最中、勇者は希望に縋るように祈った。


 神様どうか、永遠の牢獄から解放してください。


 …………………………………………………………………………………………………………………………………なんてな、神がいるならそもそも魔王なんて存在しないか。


 そう思いつつも、勇者は淡い期待を胸に持ち続けた。


 終わりがない。そんなこと知ってまともでいられるはずがないから。




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