3.”行商人”レックハルド-1
時はおそらく夕刻。
ずっと暗い森の中にいるので、時間の経過がわからないが、ただ、辺境の森の謎の木々の間から見える狭い空は、もう赤い色をしていた。
「今日中につけるんだろうな」
『夕方になると人喰い植物が目を覚ます』
この環境では大いにあり得るファルケンの一言が、レックハルドに引っかかっていた。一度も踏み込んだことのない辺境の森の中だ。何があっても不思議ではない。
大体、目の前の男が一番信用ならない。
「だいじょーぶ。すぐにつくって!」
にこにこ笑いながらそういうが、この笑顔信用していいのかどうなのか。
「楽観的だなぁ。おまえは……」
「あ!」
突然、大声をあげるファルケンに、さてはまた変な物を見つけたのかとレックハルドは首をすくめたが、次の彼の言葉は、レックハルドにとっては大変ありがたい言葉だった。
「ベレスに出たぞ!」
その声につられて、ファルケンを押しのけ手前に出ると向こうに街の屋根がはっきりとみえていた。
「や、やったぁ!」
チラリと見えた、街の紅い屋根があれ程嬉しかったことはレックハルドの今までの人生では初めてのことだったかも知れない。
ベレスについたレックハルドは、明日から商売をすることにして、安宿に一泊することにした。
野宿でも良かったが、さすがに道連れをつくっておいて、初日に野宿するのもどうかと思ったので、一応宿を取ることにしたのだ。流石のレックハルドでもそれくらいの気遣いはする。
もっとも、ファルケンが初日の野宿ぐらいで逃げ出すようなやつではないのは、この半日で薄々気付いていたのだが。
とはいえ、レックハルドも、余裕があるときは、野宿よりは屋根のある場所で眠った方がいい。
先ほどまでは、コイツ、街に出たら放り出す、と思っていたレックハルドだが、なんだかんだでそれなりに頼りにはなりそうで、結局、なし崩し的にそのまま同行することになった。
自分は追われている身でもあるし、用心棒も必要である。
あと、ちょっと理解し難いところもあるが、なんのかんので悪いやつでもなさそうだ。
そういうわけなので、宿の寝台でくつろぎながら、まだ身支度しているファルケンに雑談をふってみる。
「おまえは、何やってるんだ?」
不意にレックハルドは尋ねた。
「何って?」
「仕事とかだよ?」
ファルケンは、こう見えて結構金を持っているようだった。宿をとる時にも金額に頓着しなかったし、自分の分は十分に出せるとも言っていた。
しかし、商売をしている気配はないし、生まれつきの金持ちだとはどうしても思えない。
「たとえば、傭兵とか用心棒とか? でかいし、強いし、そういうのか?」
「そんなおっかない商売はやらないよ」
靴の紐をほどいて、それを脱ぎ捨てながらファルケンは応える。
「え~! そうなのか! お前ぐらいの体格と腕があったら、ぜーったいにそういう商売は儲かるぜ」
レックハルドはそういうときは、意外と無邪気だ。
「惜しいな。オレだったら、間違いなくそっちの方を選ぶけどな」
今日あったばかりだというのに、つきあって十年経っている友達のような、大変なれなれしい口調になる。
ファルケンは、そのなれなれしさに嫌悪など示さず、にこにこ笑って応対する。
「オレは、猟師だよ。捕まえた動物の肉とか皮とかを売ってることもあるし、薬草を採ってきてそれを売ってることもあるんだ」
「そうか。なるほどー、で、辺境にも出入りしてるんだな?」
「ああ。辺境は、特に薬草の宝庫だからな」
マントを窓の外ではたいておいて、ファルケンはちゃんと(といっても、畳み方はグチャグチャだが)、それを荷物の方にしまっている。確かにかなり旅慣れているといった感じである。
「でも、それじゃあ、旅する必要なんてないじゃないか? 金があるなら、辺境のほとりにでも小屋を構えてさ、時々里にでも下りて商品を売ってれば……」
「それが一番良いんだけど」
不意にファルケンの顔から笑みが消えた。
「長いこと住むと、周りの人が嫌がるからな」
「ん?」
レックハルドは、訝しそうに彼の顔をうかがった。突っ込んだことをきこうとしたが、ファルケンの方が思い出したように、こう尋ねてくる。
「そうだ! レックはどうして商人になろうと思ったんだ?」
「お前、何回言わせるんだよ! さっきも言ったろ!」
どうしてこう人の話をきかないんだよ。と付け加えて、レックハルドは片手で髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「オレがだな、世界で多分一番綺麗で純粋な人なんだろーなーとおもうマリス嬢に出会ってだな、いい加減まともな生活して立派な人間になってだな……」
言いかけたとき、ファルケンが口を挟んだ。
「それは森できいたぞ。そうじゃなくって」
と、ファルケンは目を瞬かせる。
「どうして借金を踏み倒したり、借金取りに追われたりしても、商人になりたいのかなぁと思ったんだ。お金なかったのか?」
すっかり見抜かれていた事を知って、レックハルドはぎくりとした。
「……う。お前、知ってたのか?」
「オレは嘘と嘘じゃないことを見抜くのは得意なんだ。目を見れば全部わかるんだぞ」
ファルケンは得意げに言った。
「でも、レックが本当は悪いヤツじゃないのは、見ててわかったからな。だから助けたんだ。でも、お嬢さんとお話しするだけなら、他にも方法があるだろ?」
「それが出来ないから、ああいうことをしたに決まってるだろ」
「何で?」
「そう矢継ぎ早にきくなよな」
レックハルドは、一反ファルケンの口を止めてからごろんと寝台に横になった。
「つまりだな、オレはあまり褒められた職業の人間じゃなかったんだ。ま、そういうことで、察しろよ。だ・か・ら、お嬢さんとお話しようとしても、多分不審者ってことで用心棒どもにていよく始末されるだけなの。大体、毒矢が飛んできたからな。話すどころじゃねえ」
「褒められないって?」
「だから察しろよってば。んー、……確実な答えを求めてくるのな、お前って。つまり、なんていうか盗賊って言うか、スリって言うか、巾着切りっていうかだな」
「あーなるほど。捕まったら、吊されたり、手首切られるっていう職業だな~」
「いちいち、具体的に説明するなよ! 気分が良くないだろがっ!!」
一通り突っ込んでから、がばっと起きあがってあぐらを組むと、その上に頬杖をついた。
「で! 有名になるかなんかすれば、機会だけはあるわけだ。それで考えたのが、商人なの。幸いオレは口が立つし、商店街で過ごしたこともあるから、門前の小僧何とやら。つまり、商才はないわけじゃないと自分で分析できたわけだ。他の儲かりそうな仕事は多分、全滅だからな」
「他の仕事?」
「力仕事」
少し恨めしげに断言してレックハルドは、ファルケンを眺めた。
「そりゃあなぁ、お前みたいに強かったらオレも戦士になろうかなぁと思うけど。戦士っていうのは、力さえあれば名声がどんどん上がるし、護衛とかかこつけて、お嬢さんにあえたりしそうだけど。オレには、むいてないからさ。オレは、昔ッから喧嘩には自信が全くないんだ」
「向いてないことをすると不幸になるって、知ってる占い師のばあさんが言ってたぞ」
「だーかーら、向いてる商人を選んだっていってるだろ! 話が終わるまで口挟むなよ!」
レックハルドは、大きくため息をついた。
「でも、借金踏み倒したのはわざとだろ?」
「ち~。そこまで見抜かれてたのかよ」
ファルケンに痛いところをつかれて、レックハルドは顔を背けた。
「だって、ああいう所から借りても返しきれるわけないだろ! 悪徳高利貸しなんだから! だからって、オレみたいな怪しげな若造が、まともな金貸しから金かしてもらえたりはしないもんなぁ。どうせ、相手は悪党だし、ちょっとぐらいいいかな~って」
「借りたモノは返すのが決まりだぞ。いつか返さなきゃ」
ファルケンは、となりのベッドに腰を下ろした。
「なんなら、オレが手伝ってやるよ? それで返せばいいだろ?」
「いつになるかわからないからやだ。だいたい利子が高いしな」
レックハルドはぶつくさと文句を言い始めた。ファルケンは、目を瞬かせる。
「オレ、利子がどうとかっていうのはよくわからないけど、借りた分だけかえせばいいんじゃないか?」
「世間様はそんなに甘くないんだよ」
逃げ込みを決めている自分も相当甘いのだが、その辺りのことに彼は突っ込もうとはしない。ふと、思い出したようにファルケンが手を叩いた。
「じゃ、オレが今持ってるお金をレックにやるよ。ちょっと足りないかも知れないけど、一旦、これで払ったら借金取りは帰るかも?」
ファルケンは固くしめた荷物袋から、ジャラジャラとなる重そうな袋を取りだし、レックハルドの方に手渡した。いきなり渡されて、その重さに堪えかねてレックハルドは不覚にも袋を落とす。
「お、重たっ! な、何入ってんだ!?」
「だから、言ったろ。オレが今持ってるお金」
ファルケンに言われて、慌てて袋の口を開ける。中には、金貨がジャラジャラと入っていた。
「お、おいおい……。こんなのを昔童話で見たことがあったけど……」
「偽物じゃないよ。本物だぞ」
手触りは確かに金だし、噛んでみるがちゃんと本物らしい感触がする。
「ど、ど、どうしたんだよ! これは!!」
今はとにかく、どうしてこのファルケンが大金を持っているのかが気になる。確かに金はあるとは思ってはいたが。
「あぁ、それはな~、オレがここのところずーっと薬草を売ってた分のお金だ。あまり、お金使わないから」
「食費とか色々あるだろう」
「食べ物なら、自分で探すし、油だって植物からとれるんだぞ。要るものは、そうだなぁ。服とかぐらいかな」
「……こ、これ……オレがもらってもいいのか?」
「だって、金とか、オレ、あまり要らないから」
ざっと数えたててみるが、彼の借金を返してもまだ相当余るぐらいの大金だと思われた。
「そうか……」
レックハルドは、釈然としないような顔をしながらも、目の前の金色の輝きにはかなり心を揺さぶられているらしかった。
「じゃ、とりあえず……」
そういうと、彼は重たいその布袋を引き寄せた。
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