2.魔幻灯のファルケン-2


「そうだ。あんたは、どっちにいくんだ? 旅の途中なんだろ?」

 何気なさを装ってレックハルドは尋ねる。

「オレ?」

 ファルケンは目を瞬かせた。

「オレは目的地はないよ。ただ、ずーっと旅をしているだけなんだ」

「そうか~」

 にやりと彼はほくそ笑む。目的がない。これは、いよいよもって自分には運が向いてきたらしい。

「じゃ、とりあえずベレスまで一緒に行かないか? オレも目的地とかあんまりないからさ、なんならそれからも、しばらく道連れになってもいいんだけど」

 そうっと誘いかけてみる。ぱあっとファルケンの顔が明るくなった。

「いいのか? オレ、迷惑かけると思うけど!!!」

「いやぁ、オレも自慢できた身の上じゃないからさ」

 レックハルドは、ここまで掴んだチャンスを逃すものかと追い打ちをかける。ファルケンの方は、彼のそんな考えに気付いていないらしく、ますます嬉しそうな顔をした。

「いいんだな! やったぁ!! オレもそろそろ一人旅、飽きてたんだ~~!!」

「あははは、オレも一人旅に嫌気がさしてきたところだったんだ」

 心の中で、安全面の問題でだがな! とそっと付け加えてみる。

「そうか~~! じゃあ、ベレスまで行こう!! どうせなら近道を通ったほうがいいよ!」

「えっ?」

 ファルケンが不意に言った言葉にレックハルドは、ギクリとした。

「ち、近道?」

 それは先程行った辺境をまっすぐ抜ける道のことを言っているのではあるまいか……。もしそうだったら、ものすごく困るのであるが……。

「おう。辺境を超えて行くんだ。大丈夫。オレは、辺境歩きには慣れてるから。ここをまーっすぐ抜けていけば、今日中にベレスにつけるんだ。回り道をすると、三日はかかるんだぞ」

「そ、それはわかってるんだが」

 さすがに未知の世界には入り込みたくない。と、考えていたレックハルドの心に何かがささやいた。近道をした方が、時間が短縮されて交通費(主に食費)が減って、しかも何度も往復できるから儲けが増える。

 彼の中の商魂が燃え上がるのに時間はかからなかった。

 レックハルドには商才はあった。しかし、非力なので、荷物をたくさん持てず、どうにも儲けがすくなかった。もし、この大男が荷物持ちになってくれるなら、たくさん荷物が持てて、なおかつ、時間短縮できる。必ず結果が良い方に導かれるはずだ。利益のためなら多少の危険は仕方ない。

「あ、あの、そんなに嫌なら普通の道でもいいけど」

 ファルケンが気をつかったのか、心配そうな顔になった。ハッと我に返って、レックハルドは手を振った。

「い、いやいやいや! 辺境を通って向こうに抜けよう!! その方が早いもんな!!」

 まあいいや、これも何かの縁なのだ。

 もし、うまく森を抜ける方法がわかったのなら、それはそれで儲けもの。利用できるものなら、何でも利用したい。


 *

 

 辺境の森は、非常に深い。


 空を木々の葉が覆いつくしてしまっているので、わずかな光しか入ってこないのだ。

 そんな中を、自分の背丈ほどもある草をばっさばっさとなぎ倒して、彼らは進む。  いまいち実力は伴わないが、レックハルドは物怖じのしない男で、並大抵のことには怖がらないが、しかしそれでも、さすがにこの状況にはやや気後れしていた。

 ギョーム、ギョームという聞き慣れない物音が、森の中に不気味に響き渡る。

「こ、これは何だ?」

 不気味さに少し怯えながら、レックハルドが尋ねた。

 森は薄暗くて、なんとなくしっとりとしている。深い草の間を分け入りながら歩くのも、気持ちのいいものではない。何か、草の下を得体の知れない虫たちが走っているような気がする。

 ただの森だって薄気味悪いのに、辺境の森は、普通の森よりもさらに不気味だ。禁じられた世界に入っているという気持ちもあるし、明らかに生態系がおかしい。植物がどこか見慣れない形状をしている。

「これ?」

「あの、ギョームって鳴いてるやつだよ?」

「あぁ、あれはギョンギョン草の鳴る音だから心配するな」

「心配って?」

「あれは鳴るだけだよ」

 ファルケンは、何事もないように応えて、足下のこれまた妙な草を引き抜いた。チロリンと鈴のような音がする。

「あれは音だけできれいでもなんでもないけど、こういうのは綺麗だぞ」

 音に惹かれて前を見ると、ファルケンの手には先にスズランのような形の青い花がついた植物が握られていた。

「これは、鈴草。きれーだろ」

「お? これは確かに!」

 レックハルドは、急に興味が出てそれを手にする。

「へー、こういうのもあるのか」

「辺境の森にはいろいろあるからなあ。見た目のやばいのもあるけど、きれいなもの多いんだぞ」

「これいいな!! 持ってってもいいか?」

 レックハルドが、急に乗り気になる。ファルケンはうーんとうなった。

「いいけど。多分、外に持ってくと枯れるぞ」

「ちぇっ! じゃ、役に立たないな~ぁ。あ、でも押し花って手が……」

「ほかにもいろいろあるんだ。辺境は恐いとこだが綺麗なものもいっぱいある。他の人は知らないから怖がるけどな」

 ファルケンの妙に訳知りな言い方に、レックハルドは顔を上げる。

「お前、よく知ってるなぁ。なんだ、辺境はよく通るのかよ?」

「おう。辺境の事のことはよーくしってる」

「へぇ……」

 レックハルドは、鈴草といわれたその花を、持っていた帳簿の中にそうっと丁重に挟む。

「レック、花、好きか?」

「いやぁ、オレはどうでもいいんだけどなぁ~」

「誰かにあげるのか?」

「お前、勘がいいなっ! ははは~、実はさ~~、街で綺麗な人を見かけてさ~~!!」

 いきなりでれっとして、レックハルドはにやっと笑う。もっとオレに話を聞けと言わんばかりの顔だ。

「きれいな人?」

「そーだよ、聞きたいか。聞きたいよな?」

 レックハルドはそのまま得意げに、ベラベラしゃべり始めた。

「ハザウェイっていう金持ちの家のな、マリスっていうお嬢さんがすっごい美人なんだ。オレ、あんな綺麗な人初めてみたからよ~~!!」

 レックハルドは、そっと頬を赤らめつつ話し続ける。

「いや、厳密にいうと、オレは美人は見慣れてるから、きれいなだけではなーんにも感じねえんだが、でも、こう、ああいう何て言うか、目が大きくてかわいくって、健康的な感じの美人ってあんまり見たことなくて。オレのもろ好みっていうか、なんというか。なんとか一言声だけでもかけたかったんだけど、あの金持ち野郎、周りに用心棒を雇ってて、近づいたら毒矢が飛んできて話ができなくてだな。だけど、オレは一度ぐらいは話がしたいんだよなっ! それで決めたんだ!! 商人として身を立てて有名になれば、お嬢さんにお近づきになれるとおもって! それで借金をして仕事をたてて……」

 そこまで一気に話して、反応のなさが気になる。

「おい! 聞いてるのか!? ファル……」

 あまりに反応がないので気になって顔を上げたところ、前からファルケンの姿が消えていた。

「お、おいおいおい!! ど、どこ行ったんだよ!」

 辺境の森にひとりぽつんと取り残されて、レックハルドは怯えた。もしかして……と疑いがさっと走り抜ける。

「もしかして……あいつ何か悪い精霊かなんかでオレは引き込まれたんじゃないだろうな……。昔話で聞いたことある。なんか、ああいう浮世離れした人間に甘い言葉かけられて誘われて森に入って、途中で本性見せてくる。そして、きっと最後は食われるんだ!」

 に、逃げようか!

 ばっと後ろを振り向いた。が、森の奥深くまで来てしまったので、もう道がわからない。

「う、嘘だろ……。オレが、騙すはずが騙されるなんて……。というか、騙す専門の、詐欺師の神様と言われたオレが……オレが騙され……」

 舌先三寸に自信を持っていた分、どうやらすごくショックだったらしい。

「何が?」

「ぎゃああっ!」

 悲観していた彼の後ろから不意に声が聞こえ、レックハルドは悲鳴をあげて飛びずさった。後ろには、ファルケンがなぜかカンテラに火を入れて立っている。

「お、おまえっ……どこ行ってたんだよっ!!!」

「ごめんごめん。火種を探しに行ってたんだ」

「火種?」

 そういうファルケンの手には燃えている何かがあった。

「おいおい! そんなもん持ってたら火事にっ!!!」

「あぁ、大丈夫」

 そう言って、ファルケンは手をさしあげた。彼が握っているのは、火の花弁をもつ花である。レックハルドは絶句して、呆然とその花を見ていた。

「な、なんだ、それはぁ……」

 ようやく一言いうと、彼はにっこりと笑った。

「大丈夫だ。これは、『辺境のもの』を燃やさないんだ!! 油を燃やすにはぴったりなんだけど、”みんな”は怖がって近寄ったりしないけどな」

(み、みんなって誰だよ)

 と思いながら、ほら。と渡してくる花をレックハルドは、手を振って断った。そんなものを握ったら火傷しかねないじゃないか。

「でも、どうして火をつけたんだよ? まだ日蝕は起こってないだろ。それにこのぐらいの薄暗さで……」

 油がもったいない。とレックハルドは顔をしかめる。倹約生活が染みついている身としては自分のものでなくても、なにか納得がいかないのだ。

「あぁ、それはねぇ、辺境の決まりなんだ。オレが何者かを、”みんな”にわかってもらわなきゃいけないからさ」

「みんな?」

 また”みんな”だ。”みんな”って誰だ。

 レックハルドが怪訝な顔をしたが、ファルケンはきいていなかったらしくそれをもったまま歩き出した。

「さぁいくぞ~! 夕方になったら、人喰い植物が目え覚ますからな!」

 ファルケンはにこにこしながら続ける。

「辺境の森を渡る基本は、日没前に目的地に森を出ることだからなー」

「な、なんだそれ!! 聞いてないぞ!!」

 突然の危険な話に、レックハルドはギョッとする。ファルケンは目を瞬かせた。

「なんで言わない?」

「だって知ってると思った」

「知るわけないだろうが! 行くぞ!! 食われてたまるか!!」

 慌てて走り出したレックハルドを見て、ファルケンはのんきに手を挙げる。

「あっ! その辺、走ると危ないぞ。いきなり、蛇の穴とかがあったりして」

 ぴた! と、足を止めて振り返りざまに怒鳴った。

「はやく言えよ! もう!!」

 これは相棒にする奴の選択を間違えたか?

 レックハルドは後悔したが、後悔先に立たず、もう進む意外に道はないのだった。最悪街についたら解雇してやろうか。

「そういや、レックって花、好きなんだっけ? えっと、なんか街で出会った人が、とか? なんか、いってた?」

 色々頭がゴチャゴチャしているときに、先程と同じ質問をされてレックハルドの怒りは爆発した。

「さっき、色々しゃべったろ!! 無視しやがって! ワザとか!!?」

「違うって。だから、火種を探しに行ってたら、つい話をききそびれて……」

「あぁ、もういいよ! 最初から、話す! つまり、オレが街を歩いているとだなぁ!!」

 なんだかんだ言いつつ、その美しいお嬢さんのことを話したい。

 レックハルドは、それからえんえんと自分の身の上を話していくのであった。

 

 ※


 むこうにぼんやりと遠ざかる炎の光を見ながら、”彼ら”は話し合う。

「魔幻灯のファルケンだ」

「久しぶりだな。珍しく、誰か連れてるぞ」

「誰だろう」

「外の人間か?」

「まぁ、辺境を害する気はないらしいから大丈夫だろう」

「ああ、見送るだけで大丈夫」

「そうだな」

 やがて彼らは散っていって、それぞれ森の中に去っていった。

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