子どもはなりたいものが多すぎる

紗音。

将来の夢

「はーい。じゃあ今日は、みんなの将来なりたいものを教えてもらいまーす」

 そう言って、目の前の女が手をたたいた。周りにいる子ども達もワイワイと喜び、真似して手を叩いている。

 そんな子ども達を、俺はじっと見ていた。


 ここは幼稚園だ。目の前にいる女はこのクラスの先生、まゆみだ。

「はーい!!わたしはかんごしさんになりたーい」

「ぼくはうんてんしゅさーん」

「わたしはけーきやさん」

 周りの子ども達は口々に声を上げた。これだからガキは……と俺は上から目線で眺めていた。

「みんな素敵な夢がいっぱいだね。じゃあかんじくんは??何かなりたいものはある??」

 まゆみは突然、俺の名前を呼んだ。そう、俺の名前はあらまきかんじ。ピチピチの四歳だ。

「おれはまゆみのヒモになりたい」

 俺の中で一番カッコいいと思う声を出して、キリッとポーズを決めた。これでまゆみもれ直すはずだ。

「かんじくん。ま・ゆ・み・せ・ん・せ・い!!だからね??まゆみ先生。ってかヒモって……なんて言葉を知ってるのよー」

 まゆみはプンプンと怒っているが、怒った顔も可愛らしい。そこらの女とは比べ物にはならない。

「いちねえがいってたんだ。おまえならりっぱなヒモになれるって」

 そう言うと、まゆみはお姉さんとなげいていた。姉公認なのだから、俺達もそろそろ付き合い始めてもいいじゃないかと思う。

「もー!!……じゃあ、みずきくんは??」

 そう言うと、俺の隣で小さくなっているみずきに声をかけた。みずきはもじもじしながら、小さな声で答えた。

「まっ……まゆみせんせいの……おむこさん」

 その瞬間、先生はキャーと声を上げて喜んでいた。みずきは顔が真っ赤だし、他の野郎どもまで俺も俺もと求婚しやがる。

「みずき、まゆみはおれとけっこんすんだからだめだぞ」

 みずきに文句を言った後、俺は周りの野郎にも牽制けんせいした。

「かんじ。ヒモだとまゆみせんせいのしょうらいはどうするんだ??おれらがせんせいのとしになるころには、せんせいはろうじんだぞ??かいごもんだいはどうするんだ」

 突然、ゆたが俺に問いただしてきた。こいつは頭がいいから、難しい話ばかりするのだ。俺はまだまだ吸収盛りだから、コイツとは頭の次元が違うのだ。

「えっ、あっ……そのときは……みずきにまかせる。なぁ??みずき」

 俺がみずきに話を振るとみずきは強くうなずいた。

「うん!!まかせて!!まゆみせんせい!!せんせいのかいごはぼくがやります!!」

「……あっありがとー。君達が私の年になっても、まだそんな介護されるような年齢じゃないけど……そこまで考えてもらえるなんて、先生うれしいなー」

 まゆみはぼそぼそとつぶやいた後、大きな声でみずきにお礼を言った。そんな真面目なまゆみの姿を見て、俺は立派なヒモになれるよう決意を固めた。


 俺の両サイドにいるのは、かがわみずきといがのゆただ。

 俺らは生まれたときから家が隣同士の幼馴染おさななじみだ。赤ん坊の時から一緒にいるので、家族みたいなものだ。

 みずきはこのクラス内で一番小さくて、子猫のような目をしている。髪も肩につかない程度の長さなので、幼馴染でなければ女だと思っていただろう。他のガキどもとは比べ物にならないくらい可愛い。だが、俺のまゆみにはかなわないがな。

 ゆたは子どもながらに眼鏡をかけていて、坊ちゃまヘアーだ。いち姉いわく、インテリ系という感じらしい。ゆたの両親はのほほんとしていて抜けたところがある優しい人達なのに、どうやったらこんな生真面目なやつが誕生するのだろうか。

 俺は母ちゃんにバリカンでられた坊主頭だが、世界一カッコいいイケメンだ。俺には世界一ラブラブの父ちゃんと母ちゃんに、三人の姉ちゃんがいる。一番上のいち姉は女子高生で、美容師を目指すメガバリギャルだ。俺の髪の毛が少しでも伸びると、お洒落と称して髪型を決めてくれるのだ。毎回、子どもの髪型じゃないと母ちゃんが怒って丸刈りにするので、ほんの少しだけのお洒落なんだけどね。

 二番目のにい姉は中学生だ。寡黙かもくで眼鏡をかけている。お洒落よりも歴史が好きらしく、歴史の話になるとよくわからない呪文を唱えることが多い。いち姉曰く、歴女と言うやつらしい。

 三番目のさん姉は小学生だ。誰もが振り向く美少女らしいが、まともに日本語が話せない。なぜなら、テレビや周りの人の会話をいっぱい聞いたせいで、頭の中にいろんな言語が混ざってしまったからだという。通称エセ日本人のさん姉はいつも帰国子女と間違われるが、市内から一歩も外に出たことがないのだと言う。


「はいはーい!!それじゃあ、先生はみんなのなりたいものをたっくさん教えてもらったので、今から周りのお友達にも教えてあげましょー」

 そう言って、まゆみはテキパキと動き、隣同士にいる子どもをくっつけて、グループを作ったのだ。勿論もちろん、俺達はいつもの三人グループだ。

「じゃあ、みんなで仲良くお話しましょー!!」


「よし。じゃあほんだいにうつるか」

 俺は机をとんとんと指でつつきながら、二人の顔を見た。

「かんちゃん、ほんだいって……??」

 みずきはオドオドしながら、俺に質問をしてきた。俺に弟ができるなら、みずきみたいな可愛い弟がいい。

「そりゃあ、まゆみがいってた『なりたいもの』についてだ。おれらがいかにゆうしゅうか、まゆみにみてもらわなくちゃな!!」

 俺は鼻高々に言った。偉そうなポーズを取ると、みずきはパチパチと可愛らしい拍手はくしゅをしてくれた。

「さぁ!!まずはおれらのなかでいちばんかっこいいやつをきめようぜ!!」

 そう言うと、ゆたがすっと手を上げた。

「よし!!ゆたがいちばんのりだ!!さぁ、かっこいいゆたをみせつけろ!!!!」

「……けんごうになりたい」

 真面目な顔をして、ゆたはよくわからない言葉を言った。そう言えば、似たような言葉をにい姉が言ってた気がする。

「あーっあれだろ??れきじょてきな……あれだろ??」

「れきじょはれきしがすきなじょせいのことをいうんだよ」

 ゆたは眼鏡をくいっと上げながら、説明を始めた。

 どっかのしまだとか、どっかにつっかえるとか、よくわからないことをべらべらと話していた。

 俺はきしていたが、みずきは目を輝かせながら話を聞いていた。俺には拷問ごうもんのような時間で、耐えられなくなった。

「……なんで、ゆたはけんごうになりたいの??」

「このまえ、てれびでむさしとこじろうのじだいげきをみたんだ。むさしがにとうりゅうでたたかうすがたに、おれはかんめいをうけたんだ」

 そう言うと、ゆたはまたベラベラと話し始めた。へいほーがなんだとか、にい姉と同じくらいなぞの呪文を唱えるのでついていけない。

「はいはいはい!!ゆたはむさしになりたいのね!!じゃあつぎおれね!!」

 無理矢理話を終わらしたが、ゆたはけんごうとかブツブツ言っている。

「おれはね、しょうらいはやきゅうせんしゅになるんだ!!」

 そう言うと、俺は腕をブンブンと振り回した。この前、父ちゃんと一緒にテレビを観たから、それを真似したんだ。

「わぁー!!かっこいいー!!」

 みずきは大喜びだが、ゆたはぶーたれた顔で俺を見ている。

「まゆみせんせいのヒモはやめたの??」

「それはそれ。これはこれ」

 俺はジェスチャーして、Vサインをまゆみにした。俺に気づいたまゆみはVサインを返してくれた。

 想いが通じるなんて、やはり俺達は相思相愛だ。

「それにゆた。おれはとうしゅとやしゅをやるから、おまえのいっていたにとうりゅうだぜ!!」

 父ちゃんが応援している選手が、投手と野手を兼任しているそうだ。そう言う選手を二刀流って言うそうだ。

 とても大変で難しいと言っていたから、俺もやるってさわいだんだ。

「ふぇー!!かんちゃんものしりー」

 キラキラとした目で俺を見つめてくるみずきに、俺は照れていた。

「ふーん。にとうりゅうにそんないみもあるのか。いいべんきょうになった」

 ゆたにしては珍しく、俺の言葉に感心していた。

「へっへーん!!おれっちてんさいだかんねー!!……じゃあさいごに、みずきは??」

 そう言うと、俺とゆたはみずきをじっと見つめていた。しどろもどろになりながらみずきは言った。

「じゃ……じゃあ……ぼくはさっかーせんしゅになりいたい……かな??」

 顔を真っ赤にしながら答えるみずきは、本当に可愛い。いち姉が俺をで回したくなるくらい可愛いという時があるのだが、きっとこんな時なんだろうと思った。

「おっ!!じゃあ、みずきはなんのにとうりゅうなんだ??」

「えっ??」

 みずきは驚いて、俺とゆたの顔をキョロキョロと見る。二人して、期待の眼差しを送ったせいだろう。みずきはパニックになってしまった。

「えっあっみぎあし!!……と!!ひだりあし!!で……はしるの!!」

「それ、ただのマラソンじゃん」

 ゆたがみずきの言葉に辛辣しんらつに返したのを聞いて、どこの漫才まんざいだと俺は爆笑してしまった。腹がねじれそうになるくらい爆笑していたが、みずきの顔を見た途端とたん、俺は硬直こうちょくしてしまった。

「おい……みずき??なくなよ??ないたらここでげーむはしゅうりょうだぞ??」

 目に大粒の涙をめ込みながら、顔を真っ赤にしているみずきを俺は必死になだめようとした。

「まゆみせんせー!!かんじくんがみずきくんをいじめてまーす!!」

 クラスの女が突然、まゆみに告げ口をしたのだ。

「ちっちげぇよ!!まっまゆみ!!きいてくれ!!ごかいなんだ!!」

「もー!!またぁ??かんじくーん!!」

 困った笑顔でゆっくり近づいてくるまゆみに、俺は恐怖を感じた。またいつものようにしかられるからだ。

 こんな騒がしくて楽しい日々を、俺達は過ごしているのだった。

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子どもはなりたいものが多すぎる 紗音。 @Shaon_Saboh

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