二刀流を諦めたとある老人の独白

椎楽晶

KAC20221 二刀流を諦めたとある剣士の独白

刀は武器だ。

鋭利な刃はそのまま高い殺傷能力を表す。


だから単純に、そんな強い武器を2つ持てば2倍強くなると考えて二刀流を目指すことにした少年時代の俺。


刀1振りの重量も、それを単純に振り回すのではなくしっかり武器として使いこなすための技量は度外視してしまうくらいに…馬鹿だった少年時代の俺。


磨き上げられた刃がついている以上、ただ刃先が当たっただけでもかすり傷程度はつけられるが…それだけだ。


切って斬って、殺さなきゃいけない。

殺そうと向かってくるその意思を挫くために。


両の手で一振りの刀を扱うのにだって技量がいる。

一刀で敵を斬り殺す技量でなくとも、迂闊に飛び込めば負ける、と思わせるだけの何かを会得しなければ死ぬのは自分だ。


闇雲に振り回すのではなく、意図を持って振るえるようにするための筋力。

刃がれないように固定するための手首の力。

しっかり刀を握っていられるような握力。

意外と弾力や反発のある人体に押し込むための踏ん張り。


両手で一振りの刀でも全身全霊で振るう必要のある重労働。

二刀流は片手でそれらができなければいけない。


だから必死に鍛えた。


肉体だけでなく、その厳しい鍛錬に挫けそうになる心も含めて。


好き勝手に過ぎる、と、道場はとっくに破門になった。

応援すると言った友人は、気がついたら遠巻きに馬鹿にする様になった。

密かに憧れていたあの娘は、違う男と結婚した。


尊敬の瞳で見ていた弟妹がいつしか見下し始めた。

優しく見守っていた兄姉からは冷たい目で見るようになった。

支えてくれた両親は気がついたら声もかけてくれなくなっていた。


それでも俺は、いつか二刀を振れるようにと鍛錬を続けた。


同じ時間かけて一刀流を鍛えるより、

刀を二振り振るう己の方が強くなっているはずと信じて。


筋力を握力を精神力を鍛え続けていたある日、ついに堪忍袋の切れた兄と立ち会うことになった。


兄は、俺が破門になった一刀流道場で皆伝を貰い、以降も鍛錬を続けていて

村でも上位の強さの剣士になっていた。

憧れていたあの娘を嫁にもらい、春に子供が生まれたばかりだった。


姉は嫁にいき、弟妹もそれぞれに独り立ちの準備が整っている。


叶いもしない馬鹿みたいな夢のために、鍛錬ばかりで家のことを一切しない穀潰ごくつぶしと罵られ、苛烈に責められ打ち込まれ続けた。


あれだけ鍛えたと言うのに、指先に力が入らなくなり、手はあっという間に痺れ始める。手首が痛み刃先が振れて狙いが定まらず…すぐに、刃のついた鉄の棒を闇雲に振り回すだけの情けなさを露呈していた。


気がつけば、刀はとうに手放して俺は空をあおいで倒れていた。

兄も刀を投げ捨てて,いつの間にか弟も参加して殴る蹴るの暴行の果て、

ぼんやりと暮れゆく空を眺めていると、静かに父がやってきて放逐ほうちくを告げられた。


その日、そのまま俺は村を出た。当てもなく彷徨うこと数十年。

人里離れた山奥で自給自足の生活をしながら、二倍強くなると信じて、今も鍛錬は続けているが刀はあの日以来一度も手にしていない。


刀の代わりに、鍛え上げられた手足を振るう。


手が痺れることも、手首が振れることも、腕が上がらぬこともなく戦い続けることのできる肉体。

それを手に入れるために、ひたすらに己の体を鍛え続ける日々。


いつからか、そんな俺を麓の人間は『最強』と呼ぶようになっていた。


片田舎の山奥で鍛錬に明け暮れるおいぼれをして、何が最強か。

いまだに二刀を諦めきれず、しかし展望も無く、再び手に取れる勇気もなく悪戯に時間を浪費し続ける愚か者の…何が『最強』なものか。



そんな噂話がどこまで広まっているのか、最近、冒険者と思われる風体の者が訪ねてくるようになった。


老若男女…種族も問わず訪れては、は、勝っても負けても無言で帰る。

者によっては家屋周辺を無遠慮に物色し、あまつさえ勝手に家に侵入しては棚や樽や壺を破壊していく。


食料を探して山を散策して留守にしていいる時や、鍛錬中で集中している時にやられる山賊のようなその行為ルビを入力…に辟易して、こんな山奥だと言うのに鍵をかけるのがならいになってしまった。


しかし、ある日帰宅するとその鍵すら扉ごと破壊されているのを見て、住まいを移すことを決めた。


子供の浅はかな夢物語から逃げるように放浪したあの時と同じ、虚しさを抱えて移った住まいはさらに山深く険しい地の果て、ドラゴンも住まう山脈の端に辛うじて開けた場所にした。


意味のわからない噂話もここまでは及ばないだろう。

安心して、再び捨てきれぬ夢に縋るように鍛錬を続ける日々。

埃まみれの夢にしがみつく日常が戻ってきたと思っていた矢先、こんな僻地辺境にまで冒険者がやってきた。


その冒険者は両の手に刀をそれぞれ持って構えていた。



華奢な手は吸い付いたように刀を持ち、細い腕で重量ある鉄の棒を振り回しても振れず揺らがない。

遊び飛び跳ねる猫のように休むことなく繰り出される攻撃は小一時間は続いているが、小柄な獣人族にそんなに体力があるとは思えない。


渾身の力で打ち込んだ拳で吹き飛ばされても、その手から刀は落ちず、軸も振らさず刃を振るう。


俺はたった数合打ち合っただけで手が痺れ、刀を握り込んでいられなかったと言うのに…。


何故だ!?

こんなに鍛えても叶わなかった二刀流を、何故、目の前の華奢な獣人族が極めている!?


簡単に折れてしまいそうな手足に、どれだけ攻撃をしても折れもしない。


気がつけば、あの日と同じ…兄と弟に打ち負かされた時のように暮れきった空を見上げて倒れていた。

ドラゴンの咆哮が遠くの空から聞こえる。視界いっぱいに広がる星空は、空ごと落ちてきそうで身が竦む。


…そうだ。この星空に畏怖を感じているだけで、埃まみれの夢を叶えた存在に恐怖しているわけではない。


どれだけ鍛えても、肉体で筋力で刀を片手で持ち振るい続けるには限界がある。

それでも、それを打開したくて鍛え続け、すでに孫がいてもおかしくない年齢になってもなお鍛え続けている。


しかし、あの獣人族の冒険者は身の丈も腕足の細さも自分の半分もなかった。


それなのに、吸い付き張り付いたように刀が手の中に収まり

小枝を振るうように鉄の棒を振るい

小石程度を蹴るのが精々の足が踏みしめた大地には、そのあとがくっきりと深く残っている。


…あれが二刀流。あれが極められた姿。やはり、刀を二振り震えば二倍強くなるのは間違いではなかったのだ。


いつしか夜空は歪み滲んでいた。

空は落ちず水に沈んだのだろう。



後生大事に抱えていた埃まみれの夢が、ついに、とうとう、潰えた数日後。

ただの習慣として鍛錬メニューをこなしていた俺の前に、また冒険者が現れる。


両の腰に刀を佩いた少年は、先日の獣人族と同じように二刀を極めた達人だった。


その次はやや中年の大人の男。次が、女だてらに筋骨隆々な剣士。

次は俺と同じく老齢のじじい。次はまた獣人族。


いずれも同じく二刀流を極め、舞うように戦う冒険者だった。

夢を抱いて生涯を賭け、それでも破れた老骨になんたる仕打ちをするのだろう。


住まいを移したいが、その隙も与えぬような間隔で冒険者どもはやってくる。

出奔しようにもここ以上の僻地など大陸の反対側ぐらいしかなく、着の身着のままではその道程は厳しすぎる。


俺はこのまま、連日訪ねてくる夢を叶えた者たちの相手を、なぜかし続けるしかないのか…己が叶えられなかった夢を、恵まれた体躯でもない者どもがいとも容易くこなす様を見せつけられなければならないのか…。



・・・・・・・・・・・・・・



とあるVRMMOの世界。

剣と魔法を駆使し世界を冒険するオープンワールドゲームが、この度1周年を迎えアップデートにて新スキルと職業が実装された。


その名も『二刀流』


両手に刀を装備することでスキルを取得できるが、より上位のアーツを取得したり職業として極めるには特定のイベントをクリアを必要とする。


βベータテスト時にいた場所から、さらに危険地帯へと出現を移動させたとある老人NPCと戦い勝利することが条件になっている。


経験値稼ぎとしても有用なそのNPCは、二刀装備時と通常装備時でステータスが違うのか二刀装備時は若干の弱体化がささやかれているが

運営側からのアナウンスはなく、表面上でのステータスの変動はない。


二刀での戦闘時に時折見られる表情差分が動画共有で広く認知され考察がされているが、謎の弱体化と合わせて公式の返答はない。


なぜ、この老人が人型NPC中で随一の体格を誇り、老人にあるまじき筋骨隆々さを誇りながらも徒手空拳によって戦うのか

それでいながら、格闘系のアーツの一つもなくただ殴りけるだけなのか

それなのにアホほど強いのか…それにも公式は沈黙を貫いている。


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