5

夫婦と会うのは家を出たあの日以来だった。


私はおじさんとおばさんに彼女を紹介した。


二人は唐突で驚いていたけど、泣いて喜んでくれた。





家を後にして帰る途中、


ふと隣の彼女を見た。


彼女はまっすぐ前を向いて歩いていた。とても明るい表情を浮かべていた。




その横顔を見て、私は


はじめて


過去ではなく


5年後、10年後、その先の未来について考えた。



そんな時だった。




突然彼女の周りが青く光った。


それはほんの一瞬だった。


驚いたが、その時は気のせいだと思った。




春先、彼女と結婚した。




結婚しても、お互いの環境はあまり変わらない。


彼女は定期的に家を出て、地方に出向き、様々な物を仕入れては市場で売っていた。


一方、私は相変わらず弟子を続けていた。


もうやめようかと思っていたが、純粋に鍛冶の仕事をしてみると、その面白さに気づき、続けられた。もう親方への罪悪感はない。



ただ少し変化もあった。



  画家さんですか?



あの日彼女に言われた言葉に勇気をもらってしまったのか


思い切って自分の絵を知り合いの画商の店に置いてもらった。


今となったら素人の自分が大胆なことをしてしまったなと恥ずかしく思う。


だけどある日、親子連れに一枚の絵を買ってもらえた。


本当にうれしかった。


だからと言って画家とは名乗れないから、どのみち彼女には本当のことを打ち明けるべきだったが


行商人の彼女は頻繁に家を出てしばらく帰ってこないこともあったから、それで言うタイミングを逃した。


というより、それを良いことに言わなかったのか


鍛冶の仕事もやりがいがあったけど、いつか彼女についた嘘を本当にしてみたいなという思いもあった。


幸いというべきか、その嘘がばれることはなかった。彼女から画家という職業について深く聞かれることはなかった。


彼女はただ、私の描いた絵を見て、笑顔になってくれた。



それが、これ以上ない幸せに思えた。
















結婚して二度目の春が訪れた。


ある日、仕事の帰りだった。


「君はあの時の少年か?」



後ろから声をかけられた。ふりかえると


そこには白髪の長老が立っていた。



「大きくなったな、あれからもう何年たったことか。おじさんとおばさんは元気か?」


私は息を飲み込んだ。




その人はあの日の旅人だった。



後日、渡したいものがあると言われ、長老の家を訪れた。



部屋に案内され、私がテーブルの椅子に座ったのを見てから、長老は奥の廊下へと消えていった。


それからしばらくして、長老は何かを持って戻ってきた。


「君の父と母のものだ。」


長老はテーブルの上にひとつの木箱を置いた。


「えっ」


私は言葉を詰まらせた。


そして、その木箱のふたをあけた。


中には懐中時計と絵筆


父が丹精こめて作った懐中時計



母がずっと大切に使ってきた絵筆




あの日、父が殺されたと知った時、


家を着の身着のまま飛び出した。


だから父と母のものは何も持ってなかった。


「ありがとう……ございます」


涙がポロポロとテーブルの上に落ちていった。


それから長老は旅の話をしてくれた。


旅の先々で、最初のうちは地元の人々に警戒されることもあったが、


しばらくたてば、そういった警戒心も消え、皆、長老に対して親切だったそうだ。



長老の旅の話が終わると今度は私が、これまでのことを話した。


それで結婚の話もした。そのついでに青い光についても話した。


すると長老は目を細めてこう言った。


「君は憎しみを乗り越えることができたのだな」



その日の夜


家に帰ると、彼女が迎えてくれた。


私は彼女に目をつぶって欲しいと頼んだ。


「えっ?」て苦笑いした彼女だけど、目をつぶってくれた。



私は彼女をじっと見つめた。



すると、彼女の周りから少しずつ青い光が現れはじめた。




『その光は魔力によるものだ』




その青い光は強まっていく




『 それで相手の魔力を知ることができる』




さらに、さらに強くなっていく




『 今まで封印されていたが、解かれたようだな』





そして



最後の一瞬























視界は青一色に染まり、まるで空の中、雲ひとつない青空の中、彼女と私だけいる、そんな感覚になった。


光がおさまった。




彼女の魔力について分かった。




分かった時にはもう、彼女を抱きしめていた。




ありがとう



あなたのおかげで私はあの日、大切な人をまた失うところだった。


おろかな自分を導いてくれた。






頬の上に涙が伝った。




そんな私に



彼女は何も聞かなかった。それが彼女のやさしさだと思った。





だが、この日が彼女との別れの始まりとなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る