4

「どうだ、火が手の上に乗ってるぞ!」


家にやってきてからまもない頃、私を元気づけようとおじさんが魔法を見せてくれた時があった。


「あなた、家で火の魔法使っちゃだめでしょ! 」


「あっ、消えた! 」


「どう! 私の水魔法! 」


私に自信満々な笑みを見せるおばさんと火を消されて肩を落とすおじさん。



私はクスリと笑った。











魔女狩りの王令には続きがあった。



〈魔力を持つ者を捕らえた者は褒美をやろう〉





おじさんとおばさんを差し出せば




国王に謁見できる




そして復讐を果たせる。


今の国王に前国王の罪をかぶってもらおうか


さんざん復讐から逃げてきたがようやく覚悟できたと私は



喜んだのだ。






明日、仕事は休みだから二人の家に行って捕まえようか



そんな思いを抱きながら仕事場から帰る途中、その日も守護兵士に出くわした。


呼吸が荒れ、おさえるためにあの川のほとりに行った。


絵を描きながら心の中で自分に言い聞かせる。



大丈夫だ、明日で終わる。すべてが終わる。


この息苦しさから解放される。


なすべきことをなし、楽になろうか。









そんな時だった。



「どこの者だ!?」


後ろから突然大きな声が聞こえた。


ふりかえると、少し離れたところで人だかりが見えた。


「見かけない顔だな!」


どうやら誰かが問い詰められているようだった。


慌てて私は立ち上がり、そこへ向かった。


私もそうだった。


この町に住みはじめてまもない頃、一度、近くに住む人々に取り囲まれたことがあった。



怪しい者ではないと説明することにとても苦労した。


この町の人達は、いやどこもそうなのか、


外からやってきた人に対して不審感が強かった。



今の状況もそんな感じだと思った。


人混みをかき分け、中に入った。


そこに


彼女がいた。


私は彼女を取り囲む人達を見渡した。


「皆さん、落ち着いて彼女の話を聞きませんか?」


私は声を上げた。しかし、その声は彼女を追及する人々の声でかき消されてしまった。


だから、もう一度何か言おうと口を開きかけたが


「私は行商をやっておりまして、はじめてこの町に来ました。すごくきれいな町ですよね」



彼女のほうが先に言葉を口にした。






彼女は各地を歩き、農作物などを売る行商人だった。


そして王都のはずれにあるこの町が気に入り


しばらく住み、市場で、各地で仕入れた物を売るという。




そんな話を彼女がしている間


皆は先ほどとはうってかわって静かにその話に耳を傾けていた。




彼女の話が終わった。彼らの表情は和らいだように見えた。


「本当、悪かったな……」

「何か困ったことがあればなんでも聞いてね」


「はい! ありがとうございます!」


人だかりは消え、二人だけになった。


「ありがとうございます。助けてくれて」


「助けたって、結局なにも……」


私のその言葉に彼女は首を横に振った。そして私の右手の方を見た。


「それは、スケッチブックですか?」



「え? あっ、はい」


右手はスケッチブックを握ったままだった。


「絵を描いてて、それで、声が聞こえたんで、ここに」


「そうなんですね、やさしいんですね」


「やさしい、ですか?」


「はい!」


やさしい、 そんなはずはなかった。





  どんな絵を描いてるんですか?






そう私に聞いた彼女の視線は再びスケッチブックに向けられていた。



そのスケッチブックを私も見つめた。




絵を誰かに見せる




それは恥ずかしいと思った。



だけどなぜか、それを渡してしまった。



彼女はページをめくった。






  すごく良い絵ですね





その言葉を聞き


顔は強張ったままだったけど


心の中でほっとした。


ありがとう、と伝え、頭を下げた。



 


 

  絵を描くのが本当に好きなんですね













私はなんとかうなづけた。




  もしかして画家さんですか?






彼女のその一言に私は驚いた。


なのに



うなづいてしまった。


否定して、鍛冶職人の弟子と言えば良かった。


だけど、この時、そう答えることができなかった。



思い出していたからだ。


以前、同じ弟子仲間に言われた言葉を




俺はこの国で一番の職人になるのが夢です!




そして親方に言われた言葉を


 

 

まだまだだけど、これからもっと頑張ればきっと立派な職人になれるぞ!













そして


次の日


決行の日




だけど私はまた昨日と同じ場所にいた。


遠くの景色をぼんやりと眺めていた。


そしてまた絵を描いた。


次の日も、


その次の日も


夫婦の家に行くことはなかった。




彼女と出会って以降



仕事の行き帰りで守護兵士を見かけても息が苦しくならなくなった。


ただ絵は描いた。


いろんな場所で絵を描いた。


1ヶ月がすぎた。


彼女とまた会った。


今まで描いた絵を見せた。


彼女はまた誉めてくれた。



私は彼女に誉めてほしくて絵を描いていたのかもしれない。


こうして


絵は



苦しみをおさえるためのものから



希望へと変わっていた。





それからも彼女とは時々出会い



絵を見せ、話をし、



いつしか会う約束をするようになり、



そして




季節が移りかわって、冬









私のお願いで彼女と一緒に夫婦の家を訪れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る