モノクローム

@hono_uu_

第1話 モノクローム」

 木枯らしでさえ、私の背中を押してしまえるほどには、私の背中は軽かった。昨日まで、私の背中に乗っていたたくさんの感情は、きっとまだベッドで朝を待っている。そう。ずっと朝が来るのを待っていた。なのに、朝はいつまで経っても来なかった。だから、私の方から朝を迎えにいくことにした。


 15年と3ヶ月と21日過ごしたこの世界は、わからないことが多すぎる。数学の問題集に載っている解法は呪文のようだし、美術の教科書に載っているピカソの絵が、上手だとは思えない。動物を愛護しておきながら、油の乗ったステーキは頬張るし、世界では死にたくないと思う人同士が戦争をしている。昨日一緒にお弁当を食べていた友達は、今日は私の「おはよう」には答えない。「死にたい」と言いながら生きているし、「生きたい」と願いながら死んでいく。あと70年くらい経てば、この世界を理解できるようになるのだろうか。それはあまりにも長すぎる時間だし、そもそもこの世界を理解することにあまり興味はない。


 私は今、「生きたい」と願っているのだろうか。わからないけど、きっと、この世界から消える瞬間も、私はこの決断に後悔はしないだろう。「死にたい」と思いながら、あと70年も生きるくらいなら、最後の瞬間だけ、「生きたかった」と思いながら死ぬことの方が、私には幸せなことのような気さえする。


 私を殺せば、私は殺人罪に問われますか?もし、あの世にも裁判があって、私があの世の法律で殺人罪に問われるのなら、不公平な話だ。だって、私の心を殺した人たちは、この世界の法律では捌けないのだから。


 木枯らしが吹いた。青い空をピンク色の花びらが舞うのが見えた。私もその仲間に入れてもらうことにした。


 すると、青空とピンク色の隙間から、真っ黒で艶やかな髪と紅潮した頬が覗いた。差し出された手はこんがりと焼けた肌色。何かを必死に叫んでいるけれど、その声はどんどんと離れていって私に届くことはない。だけど一つだけわかったことがある。あなたは泣いていた。私のために泣いていた。私のせいで泣いていた。


 その瞬間、たった一瞬だけ、「生きたい」と願った。これが私の最後の願い。

 

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