第32話 謎のあやちゃん

 亜澄は首を振った。


「ううん。お名前は『恵子さん』よ。なんで?」


 当てが外れた毬は、少しほっとした。だって重い話だもん。ナナがそのお婆さんを覚えていたら、なおさら。


「ナナが一度だけ『アヤチャン』って喋ったんです。彩はウチのお母さんの名前なんですけど、そんなのナナが知る筈ないし、お母さんの転生?って騒いだんですけど、ナナは2,3歳なんで時期が合わなくて」

「お母さんの名前『彩さん』だったの。1年前だよね、お亡くなりになったの。確かにタイミングが合わないわね。『あや』って付く名前は結構あるしね」


「じゃあ、そのお婆さんが飼ってた時のナナの名前が『あや』って可能性は?」


 聞いていた朱里が口を挟んだ。毬が答える。


「やってみようか」


 三人がナナのケージの前に移動する。毬が呼び掛けた。


「あやちゃん」


 ナナは毬を一瞥しただけで、トトトと動き、小松菜を啄む。


 うーん。無反応すぎる。自分の名前だったらもうちょっと反応があっても良いだろう。


「スルーされちゃった」


 朱里も顔をしかめた。


「賢い子が昔の名前をここまでスルーするって考えにくいね」


 亜澄も宙を仰いだ。


「なるほどね。ごめんね毬ちゃん、変な話をして。そのお婆さんのところから逃げ出した小鳥がナナって決まった訳じゃないね。『ヤブ』と『ナンデヤネン』を喋る小鳥だって他にもいるかも知れないし」


 そして亜澄と朱里の母娘は帰って行った。しかし、毬には疑問が残った。亜澄の話の信ぴょう性は高いと感じたからだ。実際問題、『ヤブ』と『ナンデヤネン』を喋る小鳥がそうそういるとは思い難い。他にナナが喋った単語、『タダイマ』、『タイヘン』、『ゴハン』、『コッワ』、このあたりは、他で覚える機会はありそうだ。


 しかしお母さんと同じ言い回しの『アーア』はどうだろう。たまたまの言い回しなのか。そして問題の『アヤチャン』、やっぱりこれがナナの素性を知る鍵のような気がする。固有名詞はこれだけだもん。


 どうやらナナは『アヤチャン』じゃないようだが、お母さんの転生でもなく、そのお婆さんも『あや』じゃないとすると…。


 毬は行き詰った。  『あやちゃん』は、誰?

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