第21話 だいじょうぶ

 その夜、帰宅した徹に毬はその日の出来事を話した。徹は絶句した。却って毬が慰めたほどだ。


「お父さん、ナナはきっと大丈夫だよ。上原さんもそんな気がするって言ってたし」

「だってカラスだろ。体重だって10倍はあるぜ。ナナには武器になる爪も嘴もないし」

「賢いよ、ナナは。きっとカラスより」

「でもな…」

「あたし、貼り紙作るからさ。一緒に貼って回ってよ」

「ああ」


 徹は沈痛な表情で生返事をした。


 結局ツバメはそのまま放ってある。ナナがいない状態で何かしてあげようと言う気が起こらない。毬は巡査に言われた通り、室外機の上にナナのケージを置いて、入口を開けてクリップで止めた。中にはエサをたっぷりと、小松菜も入れた。これなら夜中にナナが帰って来てもお腹を空かすことはない。


 そしてノートパソコンに向かって貼り紙を作り始めた。幸い写真は山ほどある。タイトルはやっぱ『迷子鳥 探しています』だ。白と青のセキセイインコ、推定2~3歳。それから何を書く?


 毬はナナの面影を思い浮かべた。今頃、どこに隠れているのだろう。真っ暗で不安に違いない。可哀想に…。

せめて自分の住所と名前を喋ってくれたら、誰かに見つかった時、すぐ判るのに。そうだ、これも書かなきゃ。


 特徴は、『よくしゃべる』。 喋れる言葉は、タダイマ・ゴハン・タイヘン、えっとそれから…。


『ナンデヤネン』


 そうそう、ナンデヤネン、自分で言ってくれると助かるなぁ。他には何だっけ、ナナ。


 え?


『ナンデヤネン』


 ナナ? 毬は立ち上げるとサッシを思いっきり開けた。 ナナ!?


 ケージの中で、土に汚れ、羽がバサバサになったナナが小松菜をつついていた。 ナナ…、帰って来た!


「おかえり!! 偉かったね、帰ってきて。本当に偉かった…」


 毬はケージをそっと持ち上げ抱き締める。そして部屋に入れる。ナナ… 涙が溢れ言葉にならない。


「ナナ、大丈夫?」


 辛うじて出た言葉をナナはオウム返しした。


『ダイジョウブ?』


 涙を流しながら毬は笑う。


「本当に大丈夫なのか、言ってるだけなのか判んないよ」


 そんな毬を見上げてナナはまた言った。


『ナンデヤネン』


「ばか。今は、ただいま でしょ」


 そして階下に向かって叫ぶ。


「おとうさーん! ナナ、帰って来た!!」

「えーーーー?」


 階段を駈け上がる音が響く。ナナ、本当に偉かったよ。


+++


 徹がナナを観察して言った。


「戦った跡が痛々しいな。ちゃんと飛べるから帰って来たんだろうけど、診てもらおうか、一応」

「診てもらうって?」

「お医者さんだ。あ、それと交番にも連絡しなきゃな」


 毬はハッとした。お医者さん。朱里んち。


 毬はスマホを取り上げると強烈な速さでメッセージを入れ始めた。すぐに返事は来た。


『おけ、言っとく』


 毬は徹に向かって言った。


「お父さん、あたし、朱里のお母さんにナナを診てもらいに行く。だからお父さん、ツバメちゃんを何とかしてあげて。ベランダにそのままだからやっぱり可哀想」


 そして手近なポーチを探すと中にタオルハンカチを敷いて、ナナをそのまま入れた。


 ギュギュギャギャ


 ナナは抵抗を示したが今は救急だ。ケージを持ってはいけないからナナ、我慢して。


 毬はまた階段を駈け下りると自転車に飛び乗った。

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