第20話 マジたいへん!Ⅱ
駄目だ! このままじゃナナが死んじゃう! 公園に行かなきゃ。ツバメちゃん、ちょっと待ってて!
毬は部屋に飛び込み、階段を駈け下りた。小平家の庭の植栽の切れ目から公園へ出られるのだ。1階のリビングのサッシを開け、サンダルを引っ掛けると庭へ走り出す。ナナ、必ず見つけるからね。
その頃、壁のアオダイショウはダクト沿いを登り切り、集水器に入っているホースの上を、頭を伸ばし、もたげながら横に進んでいた。舌を出して臭いを探りながら、その目と鼻の間にあるピット器官はベランダの若いツバメを完全にロックオンしていた。
そんな事は全く知らない毬は植栽の切れ目を身体を横にしながら通り抜けると、公園の外周路に飛び出した。
「おっと!」
一人の男性が咄嗟に飛び
「あ、上原さん!」
毬が鉢合わせしたのは交番の上原巡査だった。右手にミカンを持っている。巡査も驚いて毬を見つめた。
「慌ててどうしたんですか? 左右確認しないと、ここジョギングしてる人多いから危ないですよ」
「ご、ごめんなさい。なんでここに上原さんがいるんですか? ミカン狩り?」
毬は偶然にときめいて、口から適当な言葉が出た。
「まさか。公園で犬が迷子になったから一緒に探してって散歩の人に頼まれてね、探してたんですよ。で、すぐそこのベンチの下で見つけたら、その人がミカンをお礼にくれて、断りにくかったので持ってるわけです」
巡査は爽やかに笑う。
「じゃ、じゃあ、ついでにお願いしていいですか。大変なんです。さっきベランダにツバメが落ちて来たんです。まだ上手く飛べないみたいで」
毬は切々と説明を始めた。巡査はふむふむと肯く。
「それでね、そのツバメをね、」
毬が続いて口を開いた瞬間だった。巡査の目が小平家の二階に向けられたと思ったら、スナップの効いた右手から一直線にミカンが飛び、ベランダ横の壁に命中した。
え? 毬も慌てて振り向く。
「当たった!」
巡査が叫ぶと同時に、振り向いた毬の目に入ったのは、ベランダのすぐ脇の壁から落ちるミカンと、長いもの…アオダイショウの姿だった。
「下に落ちました。動物は柑橘系の匂いが苦手なのが多いんです。丁度良かった」
「へ、ヘビ?」
「ですね。頭を伸ばしてベランダに入ろうとしているのが、ちらっと見えたんですよ。やはりまた現れましたね。ナナがベランダにいるんですか? それともそのツバメを狙ってたのかな」
今さらながら毬の背中に悪寒が這い上がった。あたしがいない間に、ヘビが狙って来た。お父さん、まだ何もしてなかったから…。ちっとも気がつかなかった。毬は巡査を見上げた。凄い!この人。
「あ、有難うございました。全然気づきませんでした。ベランダには今、ツバメだけなんです」
「そうですか。で、そのツバメがどうしたんです?」
毬は我に返った。そう、ここからが本題だ。
「それでツバメを狙ってカラスが飛んで来て、あたしが箒で追い返そうとしたら、ナナが急に飛び出してカラスに体当たりして、それで森の方へ飛んで行っちゃったんです。だから今度はナナがカラスにやられちゃう」
両手を組み合わせ、毬は訴えた。巡査の目の色が変わった。
県警巡査・上原大雅の脳裏にかつて逃がしたインコが蘇る。自分が不幸にしてしまったインコ。あんな思いは、あんな思いは俺だけで充分だ。この
「判りました。ちょっと探してみます。でもナナは賢いから、きっと小平さんのところに帰ると思います。だから、毬ちゃんは家にいて下さい。窓を開けてナナが帰って来られるように。それとツバメはそのうち親が迎えに来ると思いますからそのままにしておいて下さい。ミカンの匂いが壁についてますからヘビもすぐには来ませんよ」
毬ちゃん…、毬ちゃんって言ってくれた。こんな時だけど、気づいちゃった。毬はちょっと赤面して
「はいっ!」
と可愛い声を出した。
+++
30分くらい経っただろうか。インターフォンが鳴った。慌てて毬が階段を駈け下りる。外には上原巡査が立っていた。巡査は玄関に入って毬をまっすぐ見つめた。
「すみません。手掛かりなしです。森の中は結構探したのですが、カラスもいないしナナもいない。カラスがナナを捕まえたとすれば、残念ながら助かる見込みは少ないと思います。逆は難しいと思いますし」
そんな…。毬の両目に一気に涙が溢れた。訳の判らない言葉をたくさん喋ってたナナ。一人で鈴を落としちゃったナナ。ウチに来てまだほんのちょっとなのに、ツバメを助けるために、いや、多分あたしを助けるために… 毬は両手で顔を覆い、玄関にしゃがみ込んだ。
その背中を隣にしゃがんだ巡査がそっと撫でてくれる。
「あの、まだ決まった訳じゃないですから、貼り紙作って出してみましょう。賢いナナだから、上手くカラスを躱して、どこかに隠れているかも知れません。目撃情報も集めてみますよ」
「うっ、うっ、あ、有難う…ございます」
毬は泣きながら答えた。
「毬ちゃんの気持ち、きっとナナに伝わっていますよ。僕はそんな気がします」
涙が溜まった目で毬は巡査を見上げる。温かい目。温かい手。ナナ、きっと大丈夫だ。この人が言うんだもん。
毬は気を取り直した。今頃ナナはどこかで『タイヘン』と訴えているに違いない。巡査が帰った玄関から毬はトボトボと二階に上がった。
「必ず探し出す…」
スクーターのハンドルを握る上原巡査も唇を噛み締めていた。
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