第16話 花火大会

 港地区の花火大会は名前を知られた大きな大会で、数十万人が訪れると言われている。陽が落ちる前から、かき氷を手に、毬と朱里は浴衣姿でペア有料観覧席の折り畳み椅子に座っていた。朱里の母が手に入れてくれたプレミアムチケットだ。


「毬、一人で着付けしたの?」

「うん。だってウチにはインコしかいないし」

「そうよね。偉かったね。一人でやったとは思えないほど上手だよ」


 とは言え、実は大変だったのだ。母がいない今や、自分で着付けるしかない。昨年までの記憶とネット動画を頼りに四苦八苦。仮止めクリップは落ちるわ、落ちたクリップは拾えないわ、お母さん、化けて来ていいから手伝ってよ、と半泣き状態。傍らでナナが『タイヘン』と囃していたが、目力メヂカラで黙らせた。


「有難う。朱里はお母さん?」

「ううん、おばあちゃん。ママはまだ仕事中だし」

「そうか。お医者さんだもんね、お母さん。でもおばあちゃんって近くにいるの?」

「うん。ママのお母さんだから気軽に来てくれるの」

「そっか。いいなぁ」


 毬は夕空を見上げた。ふう、どっちもいないなんて、あたし、どんだけ不幸なのよ。


「なんで?」


 朱里は怪訝な表情で毬を伺う。


「ううん。何でもない。わ、かき氷、溶けちゃう!」


 毬は心を押し殺した。もうおばあちゃんの事なんて、知ることも出来ないんだもん。


朱里の母は近くの総合病院で働く医師だ。手芸三昧だった毬の母親と較べて格段カッコいいと、以前から毬は羨ましくもあった。あーあ、カッコよくなくてもせめて居てくれないと…。


+++


「見渡す限り、カップルばっかりだね」


 朱里が気遣ったのか明るい声を出す。


「そりゃこの席はそのためだもんね、仕方ないよ」


毬は入口の方を眺めた。観客を誘導する警備員があちこちにいる。しかし毬には警察官との区別がつかなかった。この近くのどこかにあの人もいるんだ。毬は少しドキドキした。そして、間もなく花火が始まった。


「うっわ!」

「きれい」

「すごっ!」


 語彙力を乏しくさせる華麗な花火の数々。二人は見とれ、叫び、たまに手を握り合って固唾を吞んだ。

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