ハルナツ

大粒いくら

ハルナツ

「ねえ、一口頂戴!」

 私は返事を返す代わり、声の主をジト目で見る。今日もじわりと残る、残暑の湿度にも負けないジト目だ。

 一口頂戴の主、夏樹なつきはそれでも無垢な瞳で私を見返す。私はお約束の台詞を発する。

「一口頂戴って嫌がる人、結構多いんだよ?」

 今までに何度も繰り返したやり取りを、今日もまた繰り返す。私達はいつでもおやつを半分こするが、おねだり役はいつでも夏樹で、いつしかこれらは私達のルーティンと化していた。

「ハルも嫌なの?」

 ハルというのは私の渾名だ。遥香はるかだからハル。代わりにというのも何だが、私は夏樹のことはナツと呼んだ。


 私達は夏の最後の宿題に取り組んでいて、その休憩という一コマの最中だった。私が食べているのは雪見だいふくという、かの有名な氷菓子で、一包装にふわふわの餅で包まれたアイスが二個入っているあれだ。夏樹はこれが好きで、私が買わない時は必ずと言っていい程、自分で買い求めている。まあどちらにせよ半分こでほぼ毎回互いに口にする事になる、私達の定番の氷菓子だ。


「嫌ってことはないけど、そもそも一口って言うより半分だよね。」

 私が雪見だいふくの片割れが残されたトレーを差し出しながらいうと、

「もっと言うと一個ぉ。私のゼリーも半分あげるよぉ。」

 夏樹は甘えた様に語尾を伸ばして、ついでに私の首筋に絡み付いた。

「やめろ、暑い。」

 私は素っ気なさを装って夏樹の絡み付いた腕を引き剥がす。ああもう、また心臓が早鐘を打ち始める。




 夏樹とは中学二年生のクラス替え以来、三年の仲だった。夏樹は私を慕ってくれるが、勿論友達としてだ。翻って私はというと、彼女の天真爛漫にいつしか骨抜きにされていた。端的に言うと、恋してしまったのだ。


 自分自信狼狽えて、何度も自問自答した。が、この感情に恋以外の言葉が当てはまるとは到底思えなかった。寝ては夢、起きてはうつつ。私の日常は夏樹への想いで溢れている。私達は親友と呼べる仲だが、それ以上にはなり様もないのに。


 また、夏樹には正木まさきという男の幼馴染もいて、傍目にもとても仲が良かった。きっと両片思いというやつなのだろう。近い将来、二人は想いが通じ合って、なんなら結婚という未来が待っていたりするのかも知れない。私の性別が男性であったなら。そう考えて激情に狂いそうになる夜もあった。




 始業式。私達は学校のある日はいつも昇降口で待ち合わせをしている。今日は私の所属するクラスのホームルームがやや長引いたので、急いで昇降口へ向かっていて、階段上から夏樹の姿をこの目に捉える。そこにもう一人の影。正木だ。談笑でもしているのだろう、朗らかな雰囲気が二人を包んでいた。


「夏樹、半分やるよ。」


 正木がそう言って、購買で買い求めたのだろう、雪見だいふくが一つだけ入ったトレーを夏樹に差し出した。私は立ち止まり、その場面から思わず視線を外した。夏樹が他の誰か、それも正木から一口をもらう所を見たくなかった。


 今日も、うだる様な残暑だ。口の中でとろける冷たい氷菓子は正しく美味だろう。そして白くて冷たい甘さがその身にまとうふわふわの餅は、とろける美味にさぞや華を添えてくれる事だろう。


「要らない。」

「え。」

 正木が素っ頓狂な声を上げる。

「夏樹、雪見だいふく好きじゃん。要らないの?」

 そう、夏樹は事あるごとに雪見だいふくを買っているし、私が食べていると必ず一個欲しがる程には雪見だいふくが大好きだ。だから私は頻繁に雪見だいふくを買い求める。

「雪見だいふくが好きなのはハルだよ。ハルとしか半分こしないんだよぉ。」

 私はその声を聞いた瞬間、他の小さな事がどうでも良くなった。丁度こちらを向いた夏樹と、視線が絡み合う。


「ナツ。お待たせ、帰ろう。」

 これからも私はかの有名な氷菓子を買い続けるだろう。

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ハルナツ 大粒いくら @-ikura

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