牙を剥く薔薇
都鳥
牙を剥く薔薇
そいつは今日も夜の闇に紛れてやってきた。
ふうわりと俺の眼前に降り立った吸血鬼。ヤツの姿に目を疑った。
昨日までは銀に光る大きな
でも今日のヤツの手には
……一体何があったんだ?
その疑問を口にする間もなく、ヤツが俺に向かって飛び掛かってきた。
左からの攻撃を盾で防ぐと、間髪入れずに右からもう一つの刃が襲ってくる。すんでのところで剣で受け止め、跳ね返した。
なまじ、動きが速いだけに厄介だ。
しかもまるでその身の重さを感じてはいないように、俺の攻撃を軽やかに跳んでかわす。
参ったな。これは分が悪い。
しばらく刃を交わすうちに、見慣れぬ動きに視界が迷ったのか、武器を絡めとられ、はじき飛ばされた。
しまった! と思った瞬間に、両の刃を突き付けられている。
「やったっ、とうとう……」
そう言ったヤツの牙が俺の喉に迫る。
が、すっと顔を逸らせて避けると、ヤツの牙がカチっと空を噛んだ。
ヤツは俺の顔を見ると、むぅと口を尖らせた。
「なんで避けるのよぉ」
「そりゃ避けるさ。避けられたくなければ、俺の事を抑えつけときゃいいだろう」
そう言うと、彼女は両手の武器を交互に見てから、また不満そうに口を開いた。
「だって両手がふさがってるんだもん」
そりゃそうだ。
「なんでその武器にしたんだ」
「あんたが二刀流にしたらいいって言ったじゃない」
ああ、確かに言った。でもそういう意味じゃない。
彼女は吸血鬼なんだ。手に持つ武器以外に牙もあるのだから、その二つを上手く使いこなせばいいのにと、そういう事を言ったつもりだった。
その言葉を彼女なりに解釈して、こうなったらしい…… なんだかなぁ……
「第一、なんでしつこく俺を狙うんだ?」
そう訊くと、への字にさせてた口をさらにぎゅっと
しばらく黙っていると、聞き取れぬほどの小声で何かを言った。
「うん? なんだ?」
聞き返すと、なにやら気まずそうな表情でこちらをちらりと見て、もう一度、今度はもう少し大きい声で言った。
「私、人間を噛んだこと、ないの……」
へ??
「え? ……吸血鬼、なのに??」
「だ、だって…… 好きな人以外、噛みたくないもん……」
え……? 好きって……
彼女がしどろもどろになりながら話した内容によると、吸血鬼が首元を狙う理由は二つあるらしい。
一つは相手を
「愛情表現……?」
俺の言葉に、彼女は真っ赤になりながら、こくりと頷いた。
「じゃ、じゃあなんで…… こんな事を??」
彼女の両手の武器を交互に見ながら言うと、今度は泣きそうな顔になった。
「だ、だって…… まだ何にもしてないのに、あんたが切りかかってくるからっ」
ああああ、確かに最初はそうだった。
いやだって、吸血鬼が迫って来たら俺じゃなくたってつい反撃しちまうだろう?
それがいくらこんな可愛い女の子だったとしても……
うん…… 可愛いと、思っていたんだ……
それだけではなくて、どんな理由であれ、毎晩彼女と会える事が嬉しくなっていた。
「う…… す、すまなかった…… 俺が悪かった……」
そう伝えると、彼女は涙を拭きながら、こくこくと首を縦に振った。
「謝ったばかりで、都合がいいと思われるかもだけど……」
続けて、慣れぬ言葉を口にすると、彼女の白い頬が
* * *
今日も彼女は夜の闇に紛れてやってくる。
でもその両手には何も握られてはいない。迎えた俺の胸の中にその両手を広げて飛び込んでくる。
そして彼女は、俺の喉元に軽く甘噛みのキスをした。
牙を剥く薔薇 都鳥 @Miyakodori
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