第11話
二人が出会ってから約2週間。
正確に言えば『ことを済ませてしまった夜』から2週間で、告白未遂からは3日ほど時が経っていた。
なんだかんだバイト終わりに一緒に話したり、ご飯を食べたり、あんな日からも多少なりとも顔を合わせて少しでも気まずくないように頑張ってきたつもりだった。
確実に上手くいったとは言えないかも知れないが距離感も徐々につかめてきて、普通に恋愛をして行ける雰囲気になってきたと思っていた。
しかし、人生と言うものは上手くいかないパート2である。
今日の集合は葵にとっては初めての翔の家になっていた。六畳半の小さなアパートの一角に根城を構えている彼ではあるが置いてある家具はほとんどなく、本棚が一つとノートPCが置かれたデスク一つの殺風景な部屋である。
まぁ、本もほとんどがIpadの中に入っているし、趣味も少ないからなと自負する彼らしくはあるが達也とかにはよく面白くない人生やなと言われる。そこはみんなちがってみんないいの精神でいこうではないかといつも思う。
ただ、そんな殺風景でつまらない部屋に来ていた葵も同じようにこう言った。
「何もないわね……」
少し引き気味に言う彼女。この後、〇〇に誘う心構えとは思えないがそれもそれでいいのかもしれない。彼女らしいともいえる。
さすがポンコツ幼馴染だ。
「——何もないって言うなよ。これが俺のスタイルだ」
「私の部屋も結構片付いていると思ってたんだけどね」
「あれのどこが片付いてるんだよ……」
思い出せば葵の部屋は何かと散らかっていた。まぁ、あまりプライベートには口を挟まない主義の彼的には目を閉じてきたことだったが自分が言われたのなら言い返さないのも少し違って口に出した。
「え、片づけてるじゃん! ちゃんと洗濯もしてるし」
「普通にみんなしてるぞ」
「え、してるの⁉」
「してただろ……というか、葵のお父さんもお母さんもちゃんとしてただろ」
「……知らない」
「食い気味に言うな、認めろ」
「だってぇ……めんどくさいんだもん」
「葵らしいな、ほんと」
ぼそっと呟くとムキに睨み返してくる葵はいつも通りで今日も一安心と胸をなでおろした。
「——いいじゃん、翔がやってくれるしさ」
「俺はずっといないぞ?」
「い、いないの?」
「いい子にしてたらな」
「……じゃあ、するし」
「おう、頼む」
そんなこんなでくだらない話も混じらせながら二人は一緒に夕食を済ませる。ご飯の次はお風呂。翔の家は水道代が一定金額だから湯船も溜め放題だ。
「葵~~、先に風呂は入っていいぞ」
「いいのぉ~~」
翔は台所で皿を片付けながら六畳半のリビングでくつろぐ葵に向かってそう言うと、欠伸交じりの蕩けた声が響いてくる。
(ご飯食べたら眠たくなるのか、まるで赤ちゃんだな)
葵の方を見るとリュックをごそごそとしながら着替えを取り出していて、いつもの事だが、毎回思い出してしまう。
赤ちゃんか、そういえばしたんだよなと。赤ちゃんを作る行為を。
(——って何考えてるんだ! 皿洗い続けろって)
プルプルと首を振ってすぐさま皿へ視線を落とし、彼は無心で洗い続けた。
葵の鼻歌が風呂場から聞こえてこなくなって数分。身体を拭いて、頭にバスタオルを載せたまま着替えのジャージを着て出てきた葵。
「あがったか?」
翔がそう訊ねると葵はコクっと頷いて言った。
「うん、いいよ」
そうして翔の番が来てすぐさまシャワーで体を洗い、直ぐに湯船に浸かる。葵の使った湯船か―—なんて考えも少しだけ浮かんであそこが立ってしまいそうになったがどうにか堪えて深呼吸をした。
数秒ほど経って、精神統一を図り本題について考える。
(ふぅ……とりあえず、そろそろ何か手を打たないとなぁ)
達也にあの告白未遂について相談を持ち掛けたら真面目に訊き返された。本当に好きなのかと。
確かに、こんな歪んだ関係になってしまったのは事実ではある。だが、今の世の中、恋愛をしていく上でそれは欠かせないと少しなりとも気づかされた。
釈明とか誤解とか抜きにして、そこからなのかもしれないと思う。
(とは言ってもなぁ……難しいよ、ほんと)
自分は葵の事が好きなのかどうか、あまり分からない。久々の再開で「抱いてほしいの……」だなんて言われて、好き嫌いよりもさきに欲望に飲まれたから本心が分からなかった。
少なくとも嫌いではない。彼女の事はめっちゃ可愛いと思うし、付き合えたらいいな——なんて考えが一切浮かばないわけではない。昔と同じように仲のいい関係は築けていると思う。始まりはあれにせよ、こんな風に一緒に寝泊まりしたり、ご飯を食べに行ったりしてるんだし。
ただ、それ以上でもそれ以下でもない。何かが起こっているわけでもなかった。
このまま普通に、普段通りに行くべきなのか。
いっそのこと付き合いたいと言ってしまうか。
(いや、それは無責任だよな。あの行為を正当化しようとしているにしか過ぎないし……好きか嫌いかはっきりするところから始めるべきなのかもな)
溜息が零れる。
好きか嫌いかを聞かれても翔は好きな要素もあると答えた。半々だと。嫌いではないと。
そしたら達也は「むしろ告白してみれば」とも言ってきた。
そんな終わらない議論に頭の中で花を咲かせる自分の分身たち。結局のところ、達也のその言葉には賛同できずに、翔として、このまま好きかどうかを探っていくことに決めたのだった————
――――――のだが、まさかの事態だった。
「来週の休みに……温泉旅行でもいかない?」
としっかりと予約された温泉とホテルのチケットを見せられながら誘われたのはまさに予想外の事態だった。
いや、だって。
まさか「お風呂っていいよね」なんていうくだらない話からそんな飛躍するなんて思わんやん?
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