第10話
一方、葵の告白(未遂)を受けた翔の方はというと、大学で唯一仲の良い友達である鈴木達也に助けを求めていた。
「……ほうほう、告白されかけたと?」
「いや、されかけたというか―—多分、されてる。あいつのことだし、途中で絶対誤魔化したし」
葵による咄嗟の誤魔化しは彼には効かなかったようだ。
「ふぅん。まあ、それならいいじゃん、分かってるならお前の方から押してやれよ」
「押してやれよって、また難しい話をしてくるなぁ……俺は生まれてこの方恋愛なんてしたことないんだぞ?」
「知ってるよ? でも告白されたんだろ、誤魔化されたってわかってるわけだし。それなら簡単だろ、話はさ」
「そんな簡単な話はねぇ」
「うーん、そうか? 俺にとっちゃ―—おかしな話だぜ? 勝利を確信した癖に全くもって攻めようとしないなんてな」
「……それが出来れば世界中の人間が恋愛で悩まねぇよ」
「ははっ……別にそんな難しいこと言ってないけどな!」
「分からないならどのくらい難しいか教えてあげるか? お前が大学の4段階成績で秀を取るくらいだよ!!」
「……まじ⁉」
「マジだ。だから多少なりとも親身になってくれ」
「はぁ……まぁいいけどよ。俺で参考になるのか?」
「そこはいい。俺は少しでも案が欲しいだけだから」
「そうか、なら手伝うよ」
(ふぅ。とりあえず、何とかなりそうだ)
別に翔としても、達也からの提案をもの凄く期待をしているわけではない。
ただ、彼の方が経験はある。個人的には他の誰よりも経験があると思っている。
翔とは違い、意外にも常識に従順な達也は変な間違いを起こしたことはないらしい。無論聞いた話ではあるが、それでもだ。
とはいえ、付き合ったことがないとは言っていない。こんな
経験人数は二桁で、ざっと数えても20人は超えていると聞いている。
齢20歳の男がそこまでしていると考えると少し背筋がゾッとするがすべて一線を越えたわけではなく、順当に恋愛をしてきている結果である——と少なくともそう信じている。
とにかく、付き合った人数が20を超える恋愛の先輩である達也に何か着想を得れないかと探っているのだ。
「んで、何か具体案はあると思うか?」
「いや具体案って、まず俺から聞きたいことがある」
「何、なんだよ急に」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……翔、お前はその葵ちゃんと付き合いたい意思はあるのか?」
(付き合いたい……意思?)
あから様な質問に翔は一瞬思考が停止した。バグったのだ。あまりにも普通な質問過ぎて。元カノ二桁の男が言う言葉だとは思えなかった。
「……それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって重要だろ、ここ。もしもしっかりとした未来を望むならこっちもそれ相応の気持ちで臨まにゃいかんのよ」
いつにも増して真面目に話してくる達也の姿に翔は少しハッとする。やはり、と。やっぱり達也は良い奴なんだなと。同時に、自分は何を考えてるんだと。
(自分が嫌になるな。ほんとに、やましいのは俺だったのか)
二桁の元カノがいると言っても最初は完璧にそうだったというわけではないということは翔は知らない。
「……好き、かはちょっとまだ決めあぐねている」
「ほう、好きかもしれないと?」
「言うなら、フィフティフィフティって感じかな。それが一番近い」
「はっきりしないなぁ。それで、葵ちゃんとは幼馴染なんだっけ?」
「あぁ」
「親友って感じなのか?」
「うーん、久々の再会だったし……そこまでかは分からないけど。少なくとも俺と達也の関係よりも深かった気がするな」
「ほう、俺よりもかぁ……」
「な、なんだよその言い方」
「いやぁ、別に? 嫉妬しちゃうなぁってな」
ニヤリ。
歩的な笑みを浮かべ、撫で回すように翔を見つめる達也。
「っ——さ、さすがに俺はそっちのけないからな!?」
「……っ……あははっ…………バーカ、俺はホモじゃねえよ!!! あはははっ‼‼」
(こいつ……いつにもまして真面目だと思ったら馬鹿にしやがって、俺はガチなんだよ。笑うんじゃねえ)
「ま、まぁだ。とにかく好きでも嫌いでもないって感じなら別に急ぐ必要はないんじゃねえの?」
すると、ひとしきり笑って落ち着いた達也が翔の肩を掴んでそう言った。
「……そうかな」
「何、やっぱり好きなんか?」
「いやぁ……そう言うわけじゃないけど、でも腑に落ちないっていうか」
「じゃあいっそのこと告白し返してみれば? わんちゃん後から好きになるかもよ?」
「は、はぁ……それはさすがに出来んだろ」
「できなくはないと思うぜ。むしろ、そんな感じの恋人だっているだろ」
(さすがにそれはないだろ)
思わず否定から入ってしまった翔。自分だって一度やってしまっているくせにそこは慎重なんだなと自覚している。
ただ、こう言った類の話を漫画とかドラマとかアニメとかその辺でしか触れてこなかった彼には知る由もないのだ。
「うん。だから、とりあえず何かやってみろ」
「その何かを知りたかったんだが?」
「そのくらい自分で考えやがれ。俺は色々と提案したしな」
「ケチだな、急に」
「こちとらパチンコに時間を掛けたいからな、んじゃ」
そう言い捨てて食べきった丼を置いたトレイを流し台のベルトコンベアの方へ持っていった達也。そんな後姿を眺めながら翔は溜息をついた。
(まったく、どうしたらいいんだか)
一方。
相談を持ちかけられた次の日の夜。
バイトが終わった瑞樹に葵から電話がかかってくる。電話の内容は『私、デートに行くからどんなプランがいいかな?』と至って彼女らしいものだったのだが瑞樹は唖然としてしまう。
「あんた、これ。マジで言ってるの?」
『っえ』
「やりすぎっていうか、順当にゆっくりデートするんじゃなかったの?」
『……こ、個人的にはそのつもり』
ビデオ通話越しの葵が借りてきた猫のように背筋を丸めた。少し可哀想にも思えるが正直なところ、瑞樹の方が正しい。
今回は情報を知る知らない以前にの話だ。
一線を越えた仲であるならばこういうデートも悪くはない。むしろ、仲を夜深めるチャンスだ。無論、その一線を越えた仲という言葉の意味は正規のルートを順当に進んできたものの事柄を指す。
ただ、彼女らは違う。ちょっと違ったルートを進んでいる。いわば、ビッチよりな。
大学生らしいと言えばそれまでだが、別に二人ともそんな汚い恋愛をしたいわけではない。
だが、いつも自分から墓穴を掘りに行く葵はその場のノリと流れでそっちに行ってしまうのだ。
「……はぁ、まぁいいけどね、葵がいいのならさ」
『も、もしかして駄目だったかな』
「別にそうは言ってないけど……ただ、早くないって話よ」
『だ、だよね……』
「何、分かってたの?」
『……うん。これいいなと思ってみてたらさ、勝手に指が予約ボタン押しちゃってて、気が付けば——って。えへへ……』
「えへへじゃないわよ」
『——っごめんなさい』
「もう……まったく」
『だってぇ』
「まぁいいわ。とっちゃったのなら行ってきなよ、私その日バイト入ってるし捨てるくらいならね」
『い、いいのかな』
「葵が買ったんでしょうが」
『そうだけどぉ……なんか、今になって』
声が小さくなってぼそぼそと呟いている。瑞樹もそんな友達の姿にちょっと言い過ぎたかと反省する。
はぁ、と息を吐いて一言いうことにした。
「……いいから、行け」
『え』
「んじゃ、私は寝るからばいばいっ!」
そう吐き捨てて瑞樹はスマホの電源を落とす。
ここから先は自分ではなく葵が何とかしなければいけないのだ。
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