第9話

「はぁ……それで、好きな人が出来たと」


「う、うん……」


「マジで?」


「マジよ……何、何か悪い?」


「いや別にそう言うわけじゃないけど……葵がねぇ。ちょっと考えられないわ」


「うっ……悪かったわね、恋して」


「悪くはないけどね……ただ、やっぱり珍しくてね」


「そ、それ以上言わないでよ。まるでゲージに居られているパンダみたいですごく嫌な気持ちになるっ」


「別にそうは見てないし言ってないわよ……」


「いいからっ! 珍しがらないで!!」


 むすっと頬を膨らませながら、葵は友達の瑞樹に相談を持ち掛けていた。相談の内容は「しっかりと告白したい」というもの。彼との関係についてはしっかりと伝えていた。


 ただ、一度一線を越えてしまったことについては伏せている。理由は言うまい。言わんでも分かるだろう。


 とにかく、この前も今回も色々と誤魔化してしまったから何とか本心を伝えたいなと思っていた。誤解すら解けなかったし、むしろあらぬ誘惑も付け加えたし。


 正直なところ、今更な気はするが葵も葵なりに焦っている。


「んで、誤魔化し方もひどいわね」


「……それはまぁ、ほんとに」


「何よ、電脳シノンって」


「——し、知らないの⁉」


「……っ?」


「あぁ……すみません」


「まったく、そんなシノンが知る知らないなんてどうでもいいでしょうっ」


「——うぅ」


「まったく……」


 とはいえ、瑞樹は瑞樹の方で告白の仕方など知らないし、考えあぐねていた。葵もこれまで一度も恋をしたことがない。勿論、翔とはよく遊んでいたし、親友と言える関係を築いてきたがそれが恋仲だとは思っていなかった。


 つまりは二人とも恋愛に関しては素人で、大学に入ったのも中学教師になるためでそんなつもりもなかったのだ。だいたい、大学は勉強するためにあるわけだしな。


 恋愛に関して詳しい人はバイト先にいるのだがその人は少し先に進み過ぎているし、葵にはできないアドバイスが得られる可能性もあって瑞樹に相談したというわけだ。


「でも、とはいえよ……私もよく分からないわね、どうすればいいかなんて」


「そうよね」


「おい、そうよねって言ったか今」


「……」


「言ったわよね!? ねぇ!!」


「ちょ、ちょっとやめてよ急に……さっき自分でどうでもいいって言ったでしょ」


「言ったけど——ってあれは葵が見てる変なアニメの話でしょ!」


「おいおい、今言ったか? マジカル☆未来電脳シノンの事をアニメと言ったか、貴様ぁ!」


「知らないわよ、そんなマイナーアニメなんて」


「おぉおおおおおおい!!!」


 学生食堂に響き渡る怒号。


 毎週水曜日の深夜に放送しているマジカル☆未来電脳シノンを馬鹿にされて黙っていられるほどの軽いオタクではない葵としては見逃せない話だった。


「あのぉ……すみません、もうちょっと静かにしていただけませんか?」


「「はい……」」


 しかしまぁ、相談に関係のない話となれば学食のおばちゃんも黙っていられないわけだ。






「んで……結局私はどうすればいいと思う?」


「うぅん……私の少ない知識の中で知っている定石を使うならよ?」


「うん」


「やっぱり順当にデートして、誘って、いろいろとそう言う雰囲気に持って行くしかないわよね」


「……順当にデートって。だいたい、それじゃあしっかり告白できるのはいつよ?」


「少なくとも1カ月とかじゃない?」


「い、いっかげつ……ながっ」


「何、もしかして今すぐ告白して付き合いたいの?」


「え。いや別にそう言うわけじゃないけど……」


 別にそう言うわけではない。葵的には今までしてしまった一線をないことにするためにも早く伝えたかったのだ。さきのやつは咄嗟の誤魔化しで何とかなった——ということになっている。


 だが、仮にしっかりと誤魔化せているとしても葵の気持ち的にはこの関係は少し気分が悪い。というよりも胸騒ぎがする。ちょっと荷が重いのだ。


 だったら最初からやるなと言う話だが今更もう遅い。その揚げ足を取るのはやめておこう。


「——待てないの?」


「待てない……ことはないけど」


「じゃあ、やっぱりゆっくりいくしかないわね」


「えぇ……」


「文句言わないで、だいたい嫌ならもっと経験豊富な人に相談することね」


「うっ——だってぇ!」


「だってじゃないし、だいたい相手の好感度だって考えないとだめでしょ?」


「こうかんど?」


「そう。いくら幼馴染とは言っても中学校からはあんまり知らないんでしょ?」


「まぁ……」


「ほら、それなら違う好きな人が出来ちゃってる可能性だってあるわけじゃん」


「——それはないと思う」


「なんで分かるのよ」


 不意の反論に瑞樹はジト目を向ける。まぁ、この場合あっているのは葵男のほうだ。勿論、瑞樹には二人が一線を越えていることは言っていないし、疑問に思っても仕方がない。


「まぁ、色々とあって」


「色々、何がよ?」


「別に……」


「もしかして、まだ私に言ってない事でもあるの?」


「——ない」


「何よ、今の間は」


(まずった。察された。へんな勘は鋭い瑞樹に余計なこと言ったかもしれん!!)


「まぁ、いいわ」


「……あ、ありがと」


「意外にも葵が可哀想に見えてくるし、今回だけは見逃すわね」


「お、お慈悲……瑞樹も意外に優しいね」


「い、意外って言うなよ!! 私が晩年彼氏ができない理由みたいじゃん!」


「……」


「黙るなよ!!」


「まあでも、ちょっとゆっくりでも頑張ってみる」


「無視すんなよ」


 なんだかんだでゆっくりとデートなどをして好感度アップを狙うことに決めた葵だった。

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