第2話
駅での事故は、乗客と列車との衝突以外見たことがない。
滅多なことでは、それ以外のトラブルなど生じなかった。
時代の波のせいで、国全体が不安定な時期もあったが、そんな時でさえ列車は彼らの足だった。
駅自体で何か起こるなんて、そんなことは考えられなかったのだ。
油断とかではなくて、現実的に考えて、どんな悪人だろうと列車がなくなるのはかなりの痛手だったはずだから。
だから、目の前にいる自作の爆弾を持った人間は、悪人ではなくて狂人だったのだろう。
潘岳は爆弾なんてものに、最初から気がついていたわけではなかった。
けれど、長いこと数え切れないほどの人達を見ていた中で、挙動がおかしい人というのは見分けられるようになってしまっていた。
それは大抵は痴漢やらスリやら、人の命を奪うまではいかない奴だったのだけど。
「お客さん、なにかお困りですか?」
潘岳は先頭を切って、キョロキョロと辺りを見回すそいつに声をかけた。
大きな黒いカバンを持っている。
長旅の準備だろうか、なんて、普通の考えしか浮かばなかった。
「お、お困り?」
ふへへ、なんて空気の抜けるような笑い声を、そいつは口の隙間から響かせる。
「ええ、なにかを探してらっしゃるのかなと」
「は、はは、察しがいいですね」
気が抜けたようで、極度の緊張状態のようにも見えて、真冬なのにそいつは汗をダラダラながしながら、目の前の潘岳にすら焦点を合わせられないようだった。
「この間ね、恋人と別れましてね。ね。この駅を彼女はよく使うんで、やっぱりね。会いたいなと思って」
「なんだぁ?未練がましいな。そういうことはやめときなよ」
「は、は、はは。ぽっぽやさんには、分かりませんよ、ね」
いつもの通りに、声をかけたのは失敗だったろうか。
そんなことも無いだろう。
身勝手な決意を覆すほどの時間は、潘岳には与えられていなかった。
そんなとき、突然潘岳の背後から叫び声が聞こえる。
「なんであんたがここにいるの……!?」
すっかり青ざめた女性は、逃げることさえできずに、そこに固まった。
高い叫び声は遠くまで響き、潘雲の耳にも届いた。他の駅員にも。
彼らは顔色を変えて、それぞれ、その騒ぎの中心へと駆けつける。
潘雲はそこにいる困惑した潘岳の姿を見た。
潘岳は女性の方を振り向いたまま、少しだけ立ち尽くしていた。
「アンタ、もしかして」
「わ、悪いね、未練がましくて、は、は」
潘雲は他の駅員よりも、潘岳に駆け寄れる一番近くにいた。
しかし、気になっていたのは叫んで固まった女性の方だった。
お客さんを守らなきゃいけない。何が起きてるのかはまだ分からないけど。
潘岳も同じ気持ちでなにかに関わっているのだろうと、思った一瞬。
潘岳の口から血が流れたのが見えた。
「きゃあああ!」
潘雲は叫ぶ女性の横を通り過ぎて、脇目も振らず潘岳の方に走った。
潘岳は膝から崩れ落ち、駅のホームに倒れ込む。
隣に立っていた男は、血まみれのナイフを片手に笑っていた。
「兄貴!」
叫んだ。もうあと一歩でその手は、兄に届いていたはずだった。
しかし、全てをカバンの中の爆弾が吹き飛ばす。
そのほとんど中心にいた潘岳と潘雲は、それをもろに食らって、大きな瓦礫と共になにかに叩きつけられた。
手足の感覚も、意識も、その瞬間に全てを奪われた。
駅のホームは大きくえぐれて、叫んだ女性もどこへ行ったか分からない。
駆けつけていた駅員の何人かも巻き込まれていた。
もちろん、そばにいた乗客も。
駅舎に響いた大きな爆音に遅れること数秒、中から全員が飛び出して、その凄惨な光景を目の当たりにした。
何が起きたかなんてほとんど誰にも分からない。
ただ、明らかに死体だと分かる血まみれの人々や、呻き声を上げてさまよう人々を目にしていた。
誰が誰の腕だか、足だか、判別がつかない。
火の手も少しずつ広がっていた。すぐに様々な車両が駅に駆けつける。
けれど、手当も間に合わずに死んでいく人の方が多かった。
駅員たちはその中に、見慣れた顔を見つけてしまった。
潘岳と潘雲は、見分けもつかないまま、奇跡的に息があったおかげで病院に運ばれていく。
たった一瞬で駅が地獄に変わった、恐ろしい日の事だった。
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