二本刀は兄と弟に恋をする。

尾岡れき@猫部

二本刀は兄と弟に恋をする。

 片方は太刀。煌びやかに光り輝く。切れ味は豪快で。

 片方は小太刀。こまやかで繊細。切れ味は鋭利で。


 言うなれば、そんな表現が的確か。


 生徒会書記の瀬名炉せないろり

 生徒会会計の瀬名氷柱せなつらら


 明るい姉、炉と。クールな妹、氷柱。学内の才媛と言われる二人だが、この双子姉妹、仲が悪いなんて、誰が思っただろう。


 正直、俺だって予想もしていなかった。


 去年のクラスはさながら冷戦――そう噂では聞いていたけれど、どうせバカ男子がいらないちょっかいを出したんだろうなぁ、と思っていた。

 だから――。


「血の気のない顔でこっち睨むのやめてくれない、氷柱? 吐き気がするから」

「姉面でこっちを見るのヤメてくれないかしら、炉? 反吐が出るから」


 言葉の押収も酷いが、二人の醸し出す空気。まさに死臭と言ってよかった。


「……あのさ、俺をはさんで姉妹喧嘩をするのヤめてくれない?」


 恐る恐る、俺が言うと


「「部外者は黙っていて!」」

「あ、はい……」


 俺は押し黙るしかなかった。




■■■




「そんな状態で、どう関係を改善したの?」


 生徒会長がメモを片手に、聞いてくる。まぁ、あの冷戦状態が1週間も続いたのだ。現在、生徒会本部は、さらに輪をかけて酷い冷戦が繰り広げられている、と言う。

 本当にご愁傷様である。


 聞けば

『人事権は俺にあるからね。学園の二本刀を手懐けてみせるよ』


 そう生徒会長は息巻いていた。明らかに鼻の下をのばして。


 ちなみに【二本刀】とは瀬名姉妹の呼称である。抜けば一刀両断、切り捨てられることからつけられた。今、この学園に姉妹をフォローできる人間は少ない。


 俺から見ても、アイドルと見紛うほどの容姿の生徒会長である。会長なら――と教師の期待も高かった。俺も期待していた。だが結論から言えば、結果は惨敗。


『会長と炉が無能だから、私が処理をしておきます』

『残念。会長と氷柱が無能だもんね。仕事が遅いってば。私がもう処理済みだよ』

『どうせミスだらけでしょ、炉は』

『ミスの捏造はヤめてくれる?』

『なんですって?』

『何か文句でもあるの?』


 まだ、言い合いとしては可愛い方かもしれないが、生徒会長は憔悴しきっていた。会長無能コンボは留まるところを知らない。全校集会でマイクを取り合って、姉妹喧嘩の応酬と会長無能を連呼された今――イケメン会長改め、無能会長として、校内を一世風靡していた。


「宮本君、僕は無能でも不能でもないからね!」


 会長、涙目である。ちなみに会長自身が暴露したが、姉妹に不能会長と全校集会で罵られていたのは記憶に新しい。

 コホン、と会長は咳払いをした。


「じゃ、本題だね。宮本君、瀬名姉妹――二本刀とどう向き合ったのか、その秘訣を教えて欲しい」


 真摯に姿勢を正して、会長は頭を下げる。

 ふむ。


 どうしたものか、と俺は思案を巡らせる。本当のことを言うのは、心苦しい。主に、自分の羞恥心が耐えられない。でもクラスのみんなは――救世主!――と、俺を胴上げする勢いだった。


 さて、本当にどうしたものか。

 と、思い悩みすぎたのが、いけなかった。


「お兄ちゃん、見つけたっ」


 と炉が、何のためらいもなく俺の腕にしがみつく。

「環ちゃんはお姉ちゃんに任せていたらいいの。無能会長が、また無理なこと言ったんでしょう? やっぱり、この無能は処そうかしら」


 と氷柱が俺を背中から抱き締めてくる。もう何度目か忘れたが、何度されても心臓が破裂しそうだ。


「へ?」


 会長は目をパチクリさせた。


「えぇぇぇ??!!!」


 生徒会長の絶叫が響いたのも、やむ得ないと俺も思う。だって俺がこの事態、未だに信じられないのだ。




■■■




 結論から言うと俺は炉を妹扱い、氷柱を姉扱いしてみた。


 半ばヤケクソに近い行動からだった。


 だって想像してみて欲しい。前後をはさんで姉妹喧嘩が恒例行事なのだ。負の感情に晒された人間は、マトモな思考回路にならない。それに、と思った。二人の喧嘩を見ながら、何となく「姉である自分」と「妹である自分」を嫌悪しているように見えたのだ。

 俺は小さく息をつく。終わった過去より今である。はて、どうしたものか。


「……納得がいかないんだよね」


 と炉は擦り寄るように、俺の腕にしがみついてくる。


「何が?」

「だってお兄ちゃん、私よりも会長を優先したワケでしょ? 優先順位が違うと思うんだよね」

「……」

「ぷくーって、頬膨らませた?! あの瀬名姉が?!」

「今回は炉に同意するわ。私の弟を不能が独占していたなんて、ちょっと釈然としないもの」

「ぷくーって、頬膨らませた?! あの瀬名妹が?!」


 会長、セリフがコピペはどうかと思う。


「「私のお兄ちゃんを(弟を)勝手に連れ回さないで(くれるかしら?)」」


 これ程までに息がピッタリとは。双子って恐ろしいと思う瞬間だった。


「宮本君っ」


 ガシッと会長が俺の手を握る。


「瀬名姉妹をここまで手名付ける人がいただなんてなんて!、本当に感動したよ! まさに二本刀の持ち主、両刀使いの名が相応しい!」


 いや両刀使いって……節操なさそうなあだ名で、イヤなんですけど。


「……是非、君には生徒会本部に入って欲しい。今なら副会長のポストを用意しよう!」


 え? 普通にイヤだよ。面倒くさ――。


「無能会長、今日だけは有能会長と認めてもいいわね」

 と氷柱さん。って、え? え?


「それは良い案だね。お兄ちゃんが生徒会本部に着任したら、もっとボクたちお兄ちゃんを独占できるってことだよね!」

 炉はにんまりと笑む。心底嬉しそうに。

 え? え? これは、どういう――え?


「弟が変な女に騙されないよう見守るのも姉の務めですから。環ちゃんのこと、私が守るからね」

「いや、俺はそもそも兄弟じゃないからね。ね?」


 そんな俺の反論受け入れてもらえていたら、そもそもの話、悩んでなんかいない。案の定――。


「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ?」

「環ちゃんが弟である以外に、どんな論証を見せてくれるのか。それはそれで興味深いわね」


 二人はふんわり微笑む。


「――頼んだからね、宮本君っ!」


 会長はがしっと俺の手を握る。それこそ、やっと救われたと言いた気で。

 でもね、会長。

 俺は何一つ、救われないからね? これからの気苦労を考えると、ゲンナリしかなかった。




■■■





 片方は太刀。煌びやかに光り輝く。切れ味は豪快で。

 片方は小太刀。こまやかで繊細。切れ味は鋭利で。

 言うなれば、そんな表現が的確か。

 そんな刀が、柄をただ一人にだけに気を許した。まるでそう言いたそうに。

 姉は、ようやく見つけた兄を――。

 妹は、ようやく見つけた弟を――。

 これでもかと言うくらい、愛しそうに抱きしめた。

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