第一章 研ぎ師
1.1.授けられたスキル
朝は肌寒く、昼は暑く、夜になると寒くなるこの季節の中、一つの馬車が街を目指して走っていた。
テールとメル、そして護衛兼御車役をしているリバスがその馬車に乗っており、テールとメルは初めて見る風景や街を忙しなく見ては目を回していた。
一行は既に教会のある街の近くまで来ており、もう目と鼻の先に建物群が見えている。
その中に一際大きく競り立つ尖った白い建物が見えた。
あれは何だとリバスに聞いてみると、教会だと教えてくれた。
教会という物は、大きい街には必ずある。
今回立ち寄る街、トースもそうであり、周辺地域に住んでいる子供たちが神託を受ける時は、ほとんどをこの場で済ませてしまう。
この街は王都キュリアル領であり、その領の中にはテールたちが住んでいる村、イタールも含まれる。
それ程までに大きな力を持つ王都はすべての街には教会を建てられるだけの力を有している。
なので戦争に回してはいけない敵だとして他国からは恐れられているようではあったが、そんなことをテールが知っているわけはなかった。
テールたちはついにトースの出入り口である、大きな門の前まで来ることができた。
大きな門の割りに衛兵の数が少ないように感じられる。
門の前で一人の門番に止められ、リバスに話しかけた。
「今日はどういったご用で?」
「子供たちが十二歳になったんだ。神託を受けさせてやりたい」
「おお! それはそれは、おめでとうございます! 神託を受けるということですので、入国料はあなた様の分だけで結構です。出国する時は必要ありません」
「銀貨一枚かな?」
「いえ、銅貨五枚です」
「おお、安いな」
「神託を授けさせてあげるために馬車を引いてきて頂いたあなた様に、神は寛大なのです」
「そうか。じゃあお言葉に甘えさせて頂こう」
リバスはそう言いながら、懐から財布を取り出して銅貨五枚を門番に手渡す。
そして出国するときに必要となる木札を受け取った。
街に入るときも国に入るときも料金は必ず取られる。
ここはまだ街であるためその金額は少ないが、王都に近づくほど取られる金額は多くなっていくのだ。
冒険者になるんだったらこういうことも憶えておかなければならないと感じ、リバスと門番の会話をこっそりと聞いていたテールとメルなのだった。
◆
荷物検査を受けてから、やっとこの街に入ることができた。
周囲には沢山の家や店が建ち並び、その中に建つ教会はとても目立つように感じられた。
テールたちはまだ背が低く、街の様子はとても大きく見えて恐ろしく感じられたため、二人は絶対に離れてしまわない様にリバスの服を力強く掴んでいる。
その姿を街の人々は微笑ましそうに見ていた。
時々目が合ったお兄さんや老婆は、笑顔で軽く手を振ってくれたのを見て少し安心したので、テールは掴んでいた手を離して自分で歩くことができるようになった。
自分に余裕ができたので、テールはまだ怖がっているメルの手を握って教会まで歩いて行くことにする。
手を握ったとき、またメルは昨日と同じようにピタリと動きを止めたが、クイクイと引っ張ると我を取り戻したようにはっと顔を上げ、少しぎこちなく歩いてくれた。
変な歩き方をするなーと不思議に思ったテールだったが、その様子を見たリバスは口を手で覆って笑っている。
何が面白いのかまったく分からないテールではあったが、メルが顔を赤らめている事に気が付きはしなかった。
「よーし、着いたぞ」
リバスが足を止めた場所はこの街で一際目立つ教会であり、白一色で作られている教会は清潔感を感じさせ、中に散りばめられる金の彫刻や金具がその格式の高さを表しているようだった。
とはいえまだ子供であるテールとメルはその凄さ、良さが分からないため、ただ白くて大きい建物だなーという簡単な感想しか抱いていない。
中に入ると神父とシスターが出迎えてくれた。
教会の中に入るときに緊張してしまったが、神父とシスターの優しげな表情を見るとその緊張は解れていく。
「ようこそ。この度はどういったご用件でこちらに?」
「子供たちに神託を受けさせてやりたいんだが」
「おお、分かりました。神もこの時を心待ちにしていたことでしょう。では早速儀式に取りかかります。ですが一人ずつでなければ神託は受けられないのです。どちらが先に神託を受けたいですかな?」
神父のその問いに真っ先に答えたのはメルだった。
「はい! 私!」
「え、ずるい」
「早い者勝ちよ!」
「ほっほっほ。元気な子ですな。ではまず君から神託を受けましょう。こちらへ」
メルはテールの手を離して神父について行ってしまう。
まあ、これもいつもの事かとテールは諦めて、大人しくリバスと一緒に待つことにする。
二人で側にあった椅子に座り、メルが帰ってくるのを待つ。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
「神託を受ける時ってどうすればいいの?」
「簡単なことさ。片膝をついて神様に祈りを捧げればいい」
「スキルって見れるの?」
「見るっていうか頭の中に浮かび上がるんだよ。不思議だろう? ま、行ってみれば解るさ」
「うん」
メルと別れてから、なんだか急に緊張しはじめてしまった。
二人で来ても結局は一人で行かなければいけないということに不安を覚えてしまったのだ。
少しでも緊張を忘れようと、リバスに何度か質問をしたがそれ以降は何の会話もなく、ただただメルが帰ってくるのを待つだけだった。
すると、奥の部屋から扉を勢い良く開ける音が響く。
そこには満面の笑みをしたメルが立っており、すぐにこちらに走ってきた。
後ろから出てきた神父も、何処か満足そうな表情をして優しげにその光景を見守っている。
「テール! リバスさん! 私! 剣術スキルを貰った!」
「おお! やったなメルちゃん! 他には何かあったかい?」
「んーと。剣術スキルと体術スキル、後は農民スキル……他にもあるよ!」
「いいなぁー! 神父さん! 僕もいっていいですか?」
「そう慌てなくても、スキルは逃げたり致しませんよ。こちらへいらっしゃい」
「メル、お父さん、行ってきます」
「おう」
「行ってらっしゃい!」
リバスとメルに背中を押されて、神父の待つ部屋へを歩いていく。
中に入るとすぐに扉が閉まり、神父はその扉に鍵を掛けた。
「こちらへ」
神父は神様の像が六体並んでいる場所を手で示し、そこに歩いて行くように促す。
神様の像は横に五体並んでおり、真ん中の神様の像は少しだけ大きく造られていた。
最後の一体は彼らの後ろに控える様に立っている。
手前の五体の神様の像を、テールは知っていた。
白いローブに装飾を多くつけた小柄な神、カテルマリア。
大きな体躯を有しており、手に茶色の宝玉を持っている山の神、ニグラス。
細い体つきで暖かそうな格好をしており、手に水瓶を持っている海の女神、クルル。
美しい鎧を身に着け、背に翼を生やしている空の神、ダオル。
司書の様な姿をして、手に巨大な本を持っているスキルの神、ナイア。
この内の三神、ニグラス、クルル、ダオルは創造神と呼ばれており、信仰が最も深い神様たちで知らない人はほとんど居ない。
その中央に居るのはカテルマリアという神様で、三神をまとめ上げる主神であると言われている。
一番右に並んでいるナイアという神は、スキルの神様でこの神様が神託を授けてくれるのだ。
だが最奥にいる神様については、テールは知らなかった。
神様の像に圧倒されていると、優しい口調で神父が声をかけてくれる。
「では、片膝をついてお祈りをしてください。そうすればすぐに神様がスキルを授けてくださいます」
「あ……はい!」
リバスの言ったとおり、片膝をついて祈る。
一体何が起きるのかとわくわくしていたが、いつまで経っても何も起こらなかった。
流石におかしいと感じたテールは目を開けて神父の顔を見ようとしたのだが……そこに神父はいなかった。
「あ、あれ?」
周囲をよく見てみれば、先ほど居た場所ではないということが分かる。
四方八方を真っ白な空間に囲まれており、そこにぽつんと立っていた。
焦って入ってきた扉を見てみるが、そこに扉はなく、やはりただ白い空間があるだけだ。
「おっと、失礼」
すると白い空間が歪み、そこから人が一人出てきた。
紺色のローブには美しい刺繍が施されており、高貴さを漂わせている。
フードを捲ると優しい顔つきの黒髪の男性が顔を出し、にこりと笑って視線を合わせる様にしゃがんでくれた。
手には巨大な本を持っており、先ほどみたスキルの神、ナイアによく似ているとテールは直感する。
「君が、テール君かな?」
「え、っと……そう、です」
こういう時、どうすれば良いのか分からなかったが、この人から嫌な感じは全くせず、むしろ懐かしいような感じがしていた。
取り敢えず落ち着こうと、深呼吸をする。
「急に呼び出してごめんね。僕はスキルの神、ナイアだ」
「かっ!? 神様!?」
「お、良い反応だね」
テールの反応を見て愉快そうに笑うナイア。
顔に似合うおしとやかな笑い方ではあるが、心底楽しそうにしているということが分かった。
テールは神様が出てきたことに非常に驚いてしまったが、メルの前にも神様は姿を現したのだろうと思い、冷静さを取り戻す。
恐らく、メルがしばらく部屋から出てこなかったには、こうして神様と喋っていたからなのだろう。
となれば、この神様たちからスキルが貰える筈である。
「か、神様! 僕のスキルはなんですか!?」
驚きと興奮で、少しまくし立てるように喋ってしまったが、ナイアはちゃんと聞いてくれていたようだ。
だが、ナイアは少し困ったような顔をした。
「君に与えるスキルは、神様の会議の中でもずいぶん白熱してね。戦闘スキルか、特殊なスキルかで凄く悩んだんだ」
「戦闘スキル!!」
憧れていたスキルの名前を耳にして、興奮は最高潮にまで達した。
これでリバスの後ろを歩いて行けると思うと、今からでもわくわくしてくる。
「あー……だけどね。君に与えることになった技能は戦闘スキルじゃないんだ」
「えっ……」
「おおっと待って待って! そんなに落ち込まないで!」
ナイアはそう言うが、テールは何故か心にぽっかりと穴が空いていたような気がしていた。
上げて落とされた、その表現が一番正しいだろう。
ナイアは一度咳払いをして、テールに向き直った。
「質問は後で聞くから、まずは君のスキルについて説明するね。君に与えられるスキルは『研ぎ師』というスキルだ。人間たちはこのスキルを随分と下に見ているようだから……風当たりは強いと思うけど……」
研ぎ師スキル。
そんなので戦闘スキル持ちと一緒に冒険をすることができるのだろうかと考える。
だがどんな視線から見てみても、研ぎ師スキルで冒険をするビジョンが見えてこなかった。
「え……僕、戦闘スキルがいいです」
「……私もそう言ったんだけどね、カテルマリア様が聞かなかったんだ。でも聞いて? このスキルは、極めると戦闘スキルを助ける最強の補助スキルに化けるんだ」
「最強?」
「すーーーーっごく強いってこと!」
研ぎ師スキルは剣術スキルを補助する最強スキル。
神様が言うのだから間違いはないのだろうが、どうしてそれを自分に授けようとするのかが分からなかった。
分からないことだらけで頭の整理が追い付かない。
混乱しているところで、またナイアが話しかけてくる。
「えーっとね……本当に申し訳ないんだけど……これはカテルマリア様の我儘なんだ」
「神様が我儘言うの?」
「うん。実はカテルマリア様が助けられなかった人間がいてね。彼らを助ける方法は見つかったんだけど、優秀な人材が今まで見つからなかったんだ。でも今日この日……君が現れた」
「僕?」
「そう、テール君。剣術の才能と研ぎの才能がある。これは……いや、いずれ君たちが出会うことになる人たちに聞いてもらった方がいいか。何はともあれ君には研ぎ師スキルを……」
「剣術スキル……」
「わーわー!! 待って泣かないで!!」
剣術スキルの才能があると言われているのに、あえて研ぎ師スキルを渡そうとしてくるナイアの言葉を聞いて悲しくなってしまった。
大好きなおもちゃを取り上げられた時の様な気持ちだ。
こうなってしまうのも仕方ない事だろう。
しかしナイアとしては、是が非でも研ぎ師スキルをテールに渡したかった。
これが最後の希望になるかもしれなかったからだ。
ナイアがこの世界の神として担当を任せられた六百年……テールほどの才能を持った人材は現れなかった。
だからここで何としてでも、研ぎ師スキルを渡したいのだ。
とはいえ剣術スキルという憧れを無下にする訳にも行かない。
どちらにも才能があったからこそ困った問題だった。
「ん、んんんんー……。い、一応聞くけど……テール君。剣術スキルと研ぎ師スキルだったらどっちがいい?」
「うっ、うぅ……剣……」
「だよねー」
非常に困ったと頭を抱えた。
こんな事なら剣術スキルのことは伏せておくべきだったと後悔したが既に後の祭りだ。
しかし、スキルは複数個授けられる。
剣術スキルと研ぎ師スキルの二つを授けても問題はないのだが、そうなった場合テールは確実に剣術スキルを選んでしまうだろう。
とはいえこのまま研ぎ師スキルを授けて「はい頑張って」というのは神として以前に人としても最低となってしまうことは明白だ。
神の威厳にかけてそれだけは死守しなければならない。
「と、研ぎ師スキルはあんまり知られていないし珍しいスキルだけど、本当に極めたら竜だって倒せる剣を作れるよ! これ本当!」
これは事実である。
だがそれを子供が信じるかというと難しいところだ。
「戦いたい……」
「ん~~っ!」
戦ってこその冒険者。
研ぎを毎日のように繰り返していたテールは、研ぎだけでは自分が戦えないことを知っている。
戦ってもらう形になってしまうのだ。
ナイアは考える。
与える技能を少なくするほどスキルを極める速度は上昇する。
だからナイアは研ぎ師スキルのみを渡したかった。
難しい判断だが……そこでピンと来たことがある。
「……カテルマリア様の我儘なんだから少しくらい好きにしても良くない私? そうだよね、うん。怒られないでしょ多分!!」
「……ぅ?」
「ようし分かったテール君! 君には剣術スキルと研ぎ師スキルを授けよう!!」
「!! 本当!?」
「だけど! 条件がある!」
「はいっ!」
剣術スキルがもらえると聞いた瞬間、ぱぁっと明るくなって姿勢を正す。
貰えるのであればなんでもいい。
そんな気持ちでナイアの言葉を待った。
「剣術スキルは、あとで渡すことにする!」
「…………え?」
ナイアの言葉を聞いて疑問符が頭の上に浮上する。
あとで、というのはどういうことなのだろうか?
テールの顔を見てピンときていないなと判断したナイアは、もう少し詳しく説明をしてくれた。
「君の努力次第で私がまたスキルを授けるよ。これは異例中の異例で特別なこと。君が剣術スキルを獲得するには、まず研ぎ師スキルを極める必要がある。これが条件」
「……えっと……。じゃあ……研ぎ師……になるってことですか?」
「そうだね。そこで修行して、十分な実力がついたと私が判断したら、手紙を送るよ。その時にまた教会に来てね」
「が、頑張ったら貰えるんですね!」
「そういうこと。神様は約束を守るよ。で、どうかな?」
「僕頑張ります!」
「ぅおっしゃああああよかったー!!」
テールも剣術スキルを貰えると知って大いに喜んだが、一番喜んだのは神の尊厳を死守したナイアであった。
もう既に口調と行動が尊厳を台無しにしている気がするが、この際それには触れないでおく。
ようやく了承を得たナイアは一つ深呼吸をして、片手を差し出す。
「では、君にスキルを与えるね。僕が直接与えてあげる。もし同意するなら、手を取って」
「冒険者になれますか!?」
「努力次第かな!」
「分かりました!」
テールは差し伸べられているナイアの手を握り、交渉を成立させた。
するとまばゆい光に襲われ、目が開けられなくなる。
しばらくてし光が収まったのを感じて目を開けてみると先ほどの部屋におり、神父がニコニコと笑ってテールの方を見ているのだった。
ピコン。
そんな音と共に、頭の中に文字が浮かび上がる。
所持スキル『研ぎ師』
様々な得物を研ぐことに特化したスキル。
これだけが頭の中に浮かび上がった文字だった。
どうやら本当に、神託を受けることができたらしい。
その事にほっとしつつ、すぐに部屋を出てリバスとメルに報告に行くのだった。
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