0.3.十二歳の誕生日


 テールは今日、誕生日を迎えた。

 幼なじみであるメルも数週間前に誕生日を迎え、二人とも十二歳になり神託を受けることができる年齢になった。

 本当であれば、メルは誕生日を迎えてすぐに神託を受けることが可能なのだが、テールと一緒に受けたいという本人の強い希望があったため、メルは数週間ほど神託を受けるのを延期したのだ。


 テールは、実は一人で受けに行くのは心細かったので、メルが一緒に行ってくれると聞いて内心ホッとしていた。

 初めて行く教会に一人だけで神託を受けられる自信がまったくもってなかったからだ。

 メルもそんな気持ちだったから自分と一緒に行きたかったのだろうなと、勝手に納得していた。


 そしてテールの誕生日である今日は、家で盛大なパーティーが開かれることになっている。

 その席にはメルの家族も同席する事になっており、その分の獲物を今からリバスと狩りに行くところだった。


「よし、行くか」

「今日は何処まで行くの?」

「そうだな……何が食べたい?」

「鹿!」

「じゃあ、罠を見て回りながら鹿を探すとするか」


 リバスは自前の剣と弓を携えて森の中を進んでいく。

 テールもそれに置いて行かれまいと、小さな弓と様々な道具が入っているポーチを肩からぶら下げて、リバスの後をついて行った。


 それから数時間後。

 狩りから戻った二人は、重い肉を抱えながら村に帰ってきた。

 今回の狩りで弓を引く事はなかったが、運良く罠に鹿が掛かっていたためそれにリバスが止めを刺して血抜きし、解体した。


 その成果に満足しつつ、獲物を家に持って帰ったところ何故かレアリーに少し怒られてしまった。

 その理由は、誕生日に狩り連れて行ったらメルが寂しがるから、というなんとも微妙な理由だ。


 どうやらメルはテールが誕生日の時に遊ぶ算段を付けていたそうなのである。

 だが、いざ遊びに誘いに行くと居なかったので、とってもしょげてしまっていたらしい。


 初めから言ってくれていれば良かったのにと思ったが、何はともあれメルを悲しませてしまったのには変わりないので、パーティーが終わったら森を歩いていて見つけた特別な場所に連れて行ってあげることにした。


 いつもはメルが誘ってくれるので、たまには自分から誘っても良いだろうという計らいも込みだ。

 そのことを口を尖らせて拗ねているメルに話すと、あからさまに態度が急変して嬉しそうに飛び回り始めた。

 とりあえず機嫌を取ることができたと安心しながら、パーティー会場であるテールの家に二人で入っていくのだった。





 パーティーは滞りなく済み、誕生日プレゼントをリバスとレアリーから貰った。

 リバスからは新しい剣と砥ぎ石を、レアリーからは旅に出るようなかっこいい装備を一式貰った。

 この剣と装備を着てみると、明らかに冒険者っぽく見える。


 あれだけ反対していた母親であるレアリーが、こんな物をくれるなんておかしいと思ったのだが、どうやら二人の心は変わっていたらしい。


「これ……」

「テール。もし神託を受けたとき、お父さんと同じ剣士のスキルや、戦闘スキルが貰えたなら、冒険者になりなさい」

「これは母さんと一緒に話して決めたことだ。夢があるならそれを追いかけさせようってな。母さん、実はお前がずっと冒険者になるために頑張ってたって事知ってたしな……」

「え!? そうだったの!? お父さん!!」

「俺は言ってないぞ!?」

「お母さんを侮るんじゃありません」


 レアリーのその言葉に苦笑を浮かべる二人。

 リバスは流石我が妻とレアリーを褒め、テールはやっぱりお母さんには勝てないなと諦めて肩をすくめた。


 だがテールは本格的に冒険者になることを許されてとても嬉しかった。

 今までひた隠しにして剣を振ったり、剣を研いだりと色々してきたが、そもそも隠す必要がなかったようだ。

 しかし隠していたからこそ、その努力が報われたのかも知れないので、隠れながら修行していたのはあながち間違った選択ではなかったのだろう。


「ありがとう!」

「でも、スキルが貰えたらだからね? 他のスキルを貰ったら、そのスキルを存分に活かせる職に就きなさい」

「分かった」


 もし欲しいスキルが貰えなくとも、二人のこの気持ちだけでテールは十分嬉しかった。

 でもやはり冒険者になりたいという夢は捨てきれない。

 装備を着て剣を抱えながら、テールは神様に戦闘スキルがもらえますようにと心の中で祈った。


 そこでメルが声をかけてくれる。


「テール君よかったね!」

「ありがとう! そういえば、メルはどんなスキルが欲しいの?」

「んー、私も冒険者になれるスキルが欲しいなー」

「一緒だね」


 どうして冒険者になりたいか、と言う理由はお互い違う様ではあったが、テールはそれに気が付くことはなかった。

 その様子にリバスとレアリー、そしてメルの両親は肩をすくめて「この鈍感野郎」と心の中で呟いたのだった。


 二人は明日、街にある教会に赴く事になるのだが、その道のりは長い。

 この村はずいぶんと森の奥深くに点在しているため、隣の町に行くにも馬車で一週間は掛かってしまうのだ。


 その間家を留守にするわけにもいかないので、同行者は冒険者の経験があるリバスだけとなった。

 メルの両親もリバスがついているのであれば心配は要らないだろうと、すんなりとメルを預ける形となったようだ。


 メルの両親は戦闘スキルを所持していないので留守番だ。

 こういった長旅には必ず護衛が必要になる。

 リバスがいるのであればついて行っても問題ないかもしれないし、娘がスキルを授かるところは見てみたい。

 だがついて行ってしまえば、リバスの迷惑になるのは明らかだ。

 いくら冒険者といえども、体は一つしかない。

 リバスとて守れる人数には限りがあり、その事をメルの両親に話して同行することは辞めて貰ったのだ。


「じゃあ仕方ないな……」

「すまんな。護衛対象が子供じゃなきゃ連れて行ってやれるんだが……」

「ああ、気にしないでくれリバス。俺たちがついて行って子供たちが危険な目に合うのは望んじゃいない。だけど頼むぞ」

「ああ、任せとけ」


 ドンッと胸を叩いて背筋を伸ばす。

 その姿を見て、テールはやはりお父さんは格好良いなと思いながら、夕食を楽しむのだった。


 夕食を食べ終えた後、メルと約束していた場所に向かうことになった。

 夜なので危険じゃないのか、と言われたがあの場所は村からも近く、動物もあまり寄ってこない場所の筈なので心配要らないと説明した。

 リバスもその場所は知っており、ついて行くと言ったところメルに全力で嫌がられた。


 その剣幕に少し驚いてしまったが、リバスがそそくさと後ずさってメルに一緒に行かない事を説明すると、ようやくそのなりを潜めた。

 一体何が気に食わなかったのか……。

 だが二人でいること自体はいつも通りの事なので別に気にはしなかった。


「じゃ、行こうか」

「うん!」


 カンテラと短剣を装備して夜の村を歩いていく。

 短剣は必要がないように思えるが、もしもの事があってはいけないので最低限の自衛手段のために装備している。

 メルは何も持っていないが、これもいつも通りの光景であるので気にはしない。


 家から歩くこと数十分。

 ようやく目的地が見えてきたので、カンテラの火をふっと消した。


「え!? なんで消しちゃうの……?」

「しー」


 見えにくいかもしれないが、口元に人差し指をおいて静かにするようにメルに伝える。

 森の中を歩き慣れていないメルが少し心配になったので、手を握って誘導する。


 だが手を引いてもメルが動く様子がない。

 一体どうしたのかと思って、メルが居るであろう場所を見るが薄ぼんやりとメルの顔があるだけで、特に何か変わったようなところは見受けられなかった。

 しかし周囲は真っ暗だ。

 いくら月明かりがあるとはいえ、危険であることには変わりない。


 テールは動かないメルを心配して声を掛ける。


「メル? どうした?」

「あ! いや、えっと……なんでもない!」

「そっか。何かあったら言ってね」

「うん……」

「あそこまで行けば見えるから、足下気を付けてね」

「あそこ? あそこに何があるの?」

「見てのお楽しみ」


 そのままメルの手を引いて、目的地の池までゆっくりと近づく。

 ガサガサと音を立てているが、そこにある物は大きな音くらいでは反応しないので問題ない。


 そして目的地に辿り着いた。

 大きな池がよく見える場所で、不思議と木々がそこだけ開けているのだ。

 池には月が映っており、反射している光が池の波を映し出してチラチラと煌めいていた。


 そしてもう一つ。

 池の周囲を無数の飛び回る色とりどりの光が見えた。

 その光はとても小さい物ではあるが、月明かりに負けない程に煌めいているものの、夜の雰囲気を壊すような強さはない。

 赤、黄、青、白、紫などの優しい光が無数に動き回っていたのだ。

 これはここだけでしか見れない光景であり、この場所の事はテールとリバスしか知らないのだ。


 夜の森に入る人は滅多に居ないから、こんな近場にこのような光景が見れる場所があるなど、誰も知らない。

 この場所を見つけたのは本当の偶然だった。

 獲物の解体作業に手こずってしまい、帰りが遅くなった時一つの優しい光を見つけてそれについて行って見つけた場所だ。


 リバスは最初怪しんでいたが、何かあってからでは遅いということで確認をすることにした。

 警戒しながら歩いていったが、それは要らぬ心配だったらしい。


「わぁ……!」


 メルはその様子を見て感嘆の声を漏らす。

 それに満足してテールもその光景に見入っていた。


「ねえねえ! これなんて言うの!?」

「お父さんから聞いたんだけど、これは虫らしくて玉虫蛍たまむしほたるって言うんだって。繁殖の時期になるとこうして光ってメスを呼び寄せるんだってさ」

「へー! リバスさんって物知りなんだ!」

「冒険者をやってたときに一度だけ見たことがあるらしいよ。見たのはこの村よりももっと山奥だったからこんなところで見れるとは思わなかったって言ってた」


 リバスが玉虫蛍を見たのは二十年も昔の事だ。

 大きな依頼を一つ終え、帰っているときに川辺で偶然発見したらしい。


 帰って調べてみると、様々な条件をクリアした場所でないと繁殖すらできないという絶滅危惧種に近い虫ということが分かった。

 流石にその条件とやらは憶えていなかったようで、テールに教えることはできなかったが、ギルドにその事を報告すると貴族がこぞってその土地の領有権を主張しはじめたらしい。

 結局その場に人の手が入り、リバスがもう一度同じ時期にその場所へと赴いた時には玉虫蛍は居なくなっていたのだとか。


 だから繁殖場所を絶やさないために、リバスはテールにこの事を内緒にするようにと約束をした。

 何故かメルにだけは見せて良いと言われたのでこうして連れてきたのだが……何故メルだけには教えて良いのか分からずにテールは首を傾げた。

 しかしメルも喜んでいるようだし、先ほどのリバスの話を説明してこの場所の事は内緒にするように言い聞かせたので、問題はないだろう。


「因みに……触るとバチッてするんだって」

「あんなに小さいのに?」

「火傷するらしいから触っちゃ駄目だよ」

「分かった」


 それからしばらく、メルと一緒にその光景を見続けていた。

 特に話すことはなかったが、ただ居るだけでも良いものだなとテールは心の中で呟いき、メルが満足するまでその光景を眺め続けることにした。


 明日は街に行く日だ。

 本当であれば早く寝なければならないが、誕生日くらい少し悪い子になっても良いだろうと思いながら、貰えるスキルを想像して楽しみにしていたのだった。

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