第8話

 次の日、ずいぶん決まりの悪そうな顔をして、チョコはこそこそと起きた。

おはよー、なんてバニラに普通に声をかけられて、チョコは一人で挙動不審になる。



「おはよ……」



 チョコは恐る恐る台所の方も覗き込んだ。

いつも通りの背中が見える。

器用に朝食を作る姿はもはや当たり前の日常だった。


すると突然、その大きな背中がくるりとこちらを向く。



「おお、チョコ。おはよう」



 チョコは返答に数秒悩んで、歯切れも悪く挨拶だけ返した。

ジャンボは特に気にせず調理に戻る。

テーブルや食器は綺麗に片付けられて、部屋の飾り付けも全て外されていた。



「なにぼんやりしてんだよ。座れば?」



 バニラが大げさに椅子を引いて、どうぞなんてチョコを促した。

なにも答えられないまま、それでも足はいつもの食卓へ歩く。

その向かいに座って、バニラは朝ごはんについてジャンボに聞いていた。



「あ、あのさ!」



 バニラの視線がチョコへ向く。ジャンボが振り返る。

チョコは呼吸が浅くなりながらも、昨日の記憶について尋ねた。



「昨日、俺、なんかしたよね?」



 バニラとジャンボは視線を合わせる。

そして、同時に首を傾げた。



「なんかって?」

「その……」



 よく見るとジャンボの顔や腕にアザがある。

チョコは余計に脅えて自分の頭を抱えた。



「俺、どうかしてるのかな」

「してんじゃね」



 バニラが答えた。そして、すぐに付け加える。



「俺もジャンボもね」



 チョコは顔を上げた。

バニラもジャンボもいつもの顔で、いつも通りに朝日に照らされて、そしていつものようにチョコに笑いかけた。



「飯、出来たぞ」



 温かいスープが目の前に置かれる。

湯気が目にしみて涙が出そうだった。

やっぱりこのままではいけないと、チョコは二人に謝ろうとしたその瞬間。



「昨日はよく頑張ったな」



 ジャンボがまた笑った。

バニラもその奥で頷いていた。

頑張ってなんて俺はいないのに、とつぶやくように言うと、ジャンボが頭を撫でた。



「頑張ってるよ、いつも。生まれて来てくれてありがとうな」



 ジャンボは台所の奥へ去ってゆく。

バニラも朝食を食べ始めた。

チョコもモソモソと手を伸ばして食べ始める。

なにか甘い香りが台所から漂った。



「ホットチョコなら飲めるか?」



 なんだろうとチョコは不思議に思う。

ジャンボは、チョコがあの固形のチョコレートに脅えているのを見ていた。

二つ分のコップに、牛乳に溶かしたチョコレートを注いで、食卓に置いた。


 バニラは嬉しそうに飲んでいる。

チョコもそっと飲んでみた。とたんに甘くて懐かしくて、胸が苦しくて。



「チョコレートが好きだったんだ」



 ふと呟いた。

バニラとジャンボは頷いた。

チョコが泣き始めると、二人でそばに寄り添った。

仕事も学校も今日は休んでしまおう。

不真面目だと言えばいい。

今はこれ以上に大切なことなど、三人にはなかったから。



終わり

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二人の誕生日(夜光虫シリーズ) レント @rentoon

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