第7話

「ああああああああぁぁぁ!!」



 頭を抱えてチョコが椅子から転げ落ちる。

ジャンボとバニラはとっさに目配せした。

なにかが起きて欲しかったのか、起きないで欲しかったのか分からない。

なんにせよ、今一人にしてはダメだ。


 ジャンボは床で震えるチョコに手を伸ばした。

しかし、その腕を掴んで、チョコは思い切りジャンボを殴り飛ばした。

バニラも止めに入る。しかし、やはり殴られそうになって、その腕をジャンボが遮った。



「チョコ、なにか思い出したのか」

「母さんを殺した。お前が」



 低い恐ろしい声を聞くのはいつぶりだろう。

ジャンボはそんな覚悟はとっくに決めていた。



「俺じゃない。お前は混乱してるんだ。少し落ち着いて」

「どうして殺したんだ!」



 暴れる腕を今度はしっかり受け止めた。

ジャンボはチョコを抱きしめる。

けれどまだ、チョコは暴れていた。



「助けなきゃ。俺が助けなきゃいけないのに」

「そんな事ない。お前は頑張ったよ」

「俺の目の前で死んだんだ。俺がもっと強ければ」

「お前は強いよ」



 ジャンボは殴られても蹴られても、チョコを離さなかった。

決して彼を否定しなかった。

すると、やっとチョコの力が緩む。



「俺が……母さんを見殺しにしたんだ……」

「違う」



 すぐにジャンボは首を横に振った。



「お前は充分がんばった」

「俺は人質になったんだ。母さんを殺した」

「違う。お前は頑張って今日まで生きてくれたんだ。明日からもずっと」

「俺は、生まれてこなければ」

「生まれてきてくれてありがとう」



 チョコはぐっと呼吸がつまる。

ジャンボはさっきよりも強く、しっかりとチョコを抱きしめた。



「お前たちが生まれて来てくれたおかげで、俺は幸せだ」



 チョコの呼吸が少しずつ深くなってゆく。

ジャンボはチョコを抱えたまま、寝台のふちに腰掛けた。

その隣にバニラも並んだ。



「これで良かったと思う?」

「分からない」



 寝息を立てるチョコと、その体を抱えたままのジャンボと、隣のバニラは布団に潜り込んでいた。



「お前は、失敗だったと思うか?」

「分からない」



 みんな油断していたのかもしれない。

突然過去が牙を向いて、襲いかかってくることを。



「でも、いつまでも逃げ続けることなんてできないから」



 バニラは自戒のように言った。

ジャンボも頷いた。

そして、小さな声でチョコとバニラに言う。



「生まれて来てくれてありがとな」



 バニラは頷いた。

今日がダメでも来年、来年がダメでも再来年……そうやっていつかきっと、みんなでチョコレートを食べれる日がきっと来る。

そう信じたいと思った。



「そういえばお前へのプレゼント……」



 話しかけたがバニラももう寝ていた。

ジャンボもそっと目を閉じる。



『母さんを殺した。お前が』



 そうだよと答えられたら、どんなに良かっただろうか。

チョコの呪縛を解いてやれればどんなに。

そう思うも、ジャンボにとってこの生活はあまりにも大切なものになっていた。


 死にたくねぇな、なんて柄にもなく思いながら、片手を動かしチョコの頬を撫でる。

柔らかくて軽くて小さくて、うっかりしたら壊れてしまいそうだった。

そんことはないと思う。思うけど、分からない。

ジャンボは答えを遠くに見つめて、眠りに落ちてゆく。


 皿からこぼれたチョコレートは、暗がりの中、月の光に照らされて、涙のように光を滑らせた。

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