第4話

 二人は普段から四合院の鍵を持って学校へ行っていたが、今日だけは自分たちでは開けなかった。

なんとなくワクワクしながら中へ呼びかける。



「ただいま!」

「ジャンボいる?」



 すると、中から足音が駆けてくる。

すぐに扉は開いて、ジャンボが笑って二人を迎えた。



「おかえり」



 二人はなにかジーンとして、ちょっとうるっと来てしまう。

ジャンボの仕事の都合で、迎えてもらうということもほとんどなかったのだ。

それに、ジャンボの背後にはもう、立派な飾り付けが少し見えた。



「な、中入っていい?」

「当たり前だろ。今日はお前たちが主役だ」



 すると、チョコとバニラはジャンボの横を抜けて、室内へと走り出した。

壁や床に飾られた金と赤の風船はメタリックに輝き、二人はそれぞれ手に取って早速投げ始めた。

違う、と思いながらもジャンボは笑う。



拉麺ラーメン包子バオズも買ってきたから。手洗ってこい」

「いやっほう!」



 二人とも風船の山を蹴散らして、手洗いうがいをさっさと済ませた。

春節に合わせた赤い飾りも吊るしていたが、子供というの風船が好きらしい。

そして、戻ってきた二人の目の前にずらりと並べられたのは、彼らの好物ばかりだ。



馒头マントウ(※1)頼んだら、おまけで寿桃包シァォタォバオ(※2)も貰っちゃった」

「なにそれ!?」



―――――――――――


(※1)中国の蒸しパン。中身のない生地だけの中華まんのことを特にさす。食事の主食として食べたり、油で揚げて練乳につけて食べたり、色々な食べ方がある。



(※2)桃饅頭。誕生日祝いに食べられる。普通は長命のお祝い、長寿を祈願して高齢の方の誕生日祝いに用意する。

「不死の桃」の伝承にあやかって、食べた人が不老不死になって元気に生きるよう願いが込められている。


―――――――――――




 淡い桃色の手のひらサイズの饅頭は、生地がふかふかで、中は蓮の実から作った白くて甘いあんで、二人は嬉しそうに頬張った。



馒头マントウに何か挟まってる!」

「豚の角煮を挟んでみたんだって。色んな食べ方あるよなぁ」

「うめえー!」



 ジャンボは行きつけの飯屋の店主との会話をなんとなく思い出す。

せっかく誕生日だからおまけだよ、という声と、感想も聞いてきてねというちゃっかりしたお願いも。

所狭しと並べた料理はジャンボも驚くスピードで二人の胃袋へ消えていった。

餃子も肉団子も北京ダックも貝柱を煮込んだスープも、手に入るものは片っ端から買ってきた。

それらを全部、二人は本当に美味しそうに食べる。



「なんか俺、幸せ」

「逆だよ、ジャンボ」



 ジャンボは自分で食べるのも忘れて二人を見つめていたが、食べろと皿を渡されて、やっと一緒に食べ始める。

そうして、そろそろテーブルが片付く頃に、ジャンボは食器を回収して、手づくりのケーキを並べた。

わっと、二人から歓声があがる。



「すげー!すげー!おとぎ話のケーキだ!」

「白い!」

「中身は本当はもっとふかふからしいんだけどさ。俺が作れるのここまで」

「さいこー!」



 二人はジャンボがケーキ切り分けていくのを見て、ずっと嬉しそうに笑っていた。

味見を繰り返しながら作ったケーキだ。

それでもジャンボは少しだけ心配だったが、二人の食べっぷりは最高だった。



「夢じゃん、これ夢じゃん!」



 バニラまで普段の冷静さは消えて、小さい子供がするような笑顔でずっと笑っていた。

チョコも甘いケーキに感動して、箸を必死に動かしていた。


 いや、なにか。



「どうしたチョコ。突然ほうけて」

「ほうけてた?」



 チョコはあまり深く考えず、すぐにうめーとケーキを食べる。

ジャンボは型で固めていたチョコレートもとってこようと席を立った。

平たい皿に、ハートや星型のチョコレートが並ぶ。

それを持ってテーブルへ戻る。

チョコとバニラはさすがに苦しくなってきたらしく、背もたれにぐでっと倒れ、幸せそうな顔をしていた。


 それでもジャンボの手にした皿は気になってしまう。

二人とも起き上がった。

その前に、ジャンボは皿を下ろしていく。


 コツン、と皿の底がテーブルと当たって高い音をたてた。

皿の上のチョコレートが少しだけ揺れる。

子供が好きそうな形をしたチョコレートが、白く平たい皿に並べられていた。



『チョコレートが食べたいなぁって』



 自分の声を遠く思い出した。

隣に座るバニラは、また嬉しそうに笑って、なにかをジャンボと話している。

ジャンボも笑顔だ。なのに、水中の中に急に落ちたように、音がとにかく遠かった。

音だけじゃない。感情もだ。


俺はどこにいる?



少春シャオチュン



 ゾッとして、凍りついた時間の中、自分だけが動いて振り返った。



「少春もお母さんのこと置いていくのね」



 視界が、回った。

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