第3話
朝早くから慌しく、ジャンボは買い出しに行っては料理をしたり、何度も外と家を往復していた。
チョコとバニラは学校があるため、朝食を食べながら、真剣な背中を見つめていた。
「ジャンボ、何作ってんの?」
「ホットケーキ」
「なにそれ?」
「知らん」
「ゲテモノはやめてよ」
ジャンボはずいぶん前から色々調べ、見映えが良く、自分でも作れそうな洋菓子に照準を合わせていた。
オーブン、なんてものは家にはない。
それでも調べながら、華やかなケーキのようなものを作ろうとしていた。
ジャンボ本人が目にしたことがあるのは、撮影現場の小道具としてだ。
味については、甘いんだろうなということしかわからなかった。
しかし、ジャンボが
バニラとチョコは驚いて、つい、ジャンボが手にしたフライパンの中を覗きにいく。
「なんか丸くてのっぺりしてるね」
「これにバニラアイスやチョコレート乗せても美味しいんだってさ」
「すげ!」
「今回は白い綺麗なケーキも作ろうかなって」
「すっげー!」
とはいえ、なかなか生クリームは手に入らない。
色んな人に話を聞いて、たどり着いたのは牛乳と砂糖とゼラチンを合わせて泡立たせる方法だった。
泡立て器を力強く振る姿に、二人は少しずつ誕生日の実感がでてきたようで、顔が輝いていく。
「バニラ!早く学校行こうぜ!」
「え、えぇ、でも」
「早く行ったら早く帰れる!」
「そんなわけあるかよ」
特にバニラは名残惜しそうにしてたが、照れたように笑いつつチョコと共に外へ駆け出して行った。
学校でも二人は学友に祝われて、プレゼントを受け取った。
たまたま見かけたホログラムがキラキラ輝く鉛筆とか、チョコの香りの消しゴムとか、なにかの小さな化石とか、どれも最高だった。
浮かれに浮かれたチョコとバニラは「いえーい!」なんて言いながら飛び跳ねる。
かなり人間離れした二人の動きにもみんな慣れてしまった。
先生も怪我しないようにと、軽く注意するが、二人がここまで嬉しそうにしてるのは初めて見たと、微笑ましく見守っていた。
彼らは今まで誕生日がなかった。
だから二人で話しあって今日に決めた。
それを大人が納得するのはかなり難しことだったが、生徒たちはすんなり受け入れてしまった。
時代は変わりつつあるのかもしれない。
そんなことを思って、先生はまた笑った。
さて、時を同じくして四合院の中では、なにやら後暗い取引が行われていた。
「江さんの頼みだ……手に入れてきましたよ」
ごとりとテーブルの上に、袋に入った無骨な塊が置かれる。
「頼んだものと違いませんか」
「これは製菓用というやつです。溶かすんですよ……ほら、型もちゃんと」
金属製の様々な形が並んだ一枚の型が追加で並べられた。
「江さん……報酬の方、覚えてますね?」
「もちろん……」
ジャンボは立ち上がり、自分の机の方へ歩く。
そして、しっかりした紙の束を抱えて戻ってきた。
「百枚……書かせてもらいましたよ。サインを」
「さすが。まいどあり」
持参した手提げに色紙を詰めて、男はジャンボに頭を下げた。
「息子さん、喜ぶといいですね」
「もちろん。頂いたチョコは無駄にしません」
二人は少しだけ悪い顔で笑った。
とはいえ、チョコを用意した彼も顔見知りの映画スタッフであり、小道具などの特殊な備品の仕入れをしていた。
最近少し金欠だそうで、人気上昇中のジャンボの直筆サインを売ろうという魂胆だ。
実費は先に渡してあるので、これで取引成立。
ジャンボは早速、チョコレートを小さく割って湯煎で溶かしてみた。
すると、さっきのホットケーキよりも遥かに甘く、心惹かれる香りが部屋に広がった。
実は、ジャンボ自身もチョコレートを食べたことがない。
つい、おたまで少しだけすくってなめてみた。
あまりの強い甘みに目眩がしそうだ。
「これはうまいわ……」
ジャンボは独り言をいいつつも、金型にチョコを流し込み、チョコをかけたホットケーキを作ったり、慌ただしく動いた。
残りは二人がいるときに溶かしてみせたら喜ぶだろう。
なんて、酒をしまったシンク下にチョコレートを適当に入れた。
そういえばこの酒も、いつから買い足していないのだろう。
もうずっと酒を飲もうと思うことさえ減っていた。
アイツらのせいで真人間になってしまう、なんて笑いながら扉を閉める。
あとは料理屋に予約した夕飯を取りに行って、撮影所で貰った飾り付けをしたら大体終わりだ。
そういえば釣竿も探さなきゃと、ジャンボは休むことなく台所を綺麗にまとめて外に出た。
庭へ一歩踏み出して、昨日、バニラと話したベンチを見る。
見たけれど、すぐに視線を逸らした。
大丈夫、きっと。
そう一言だけ胸に浮かべ、ジャンボは四合院の外へ出た。
雪が積もり屋根も地面も白く、いつもは灰色な街並みを覆い隠してしまい、まるで別の街のようだ。
転ばぬよう、足を踏みしめて歩いた。
彼らの笑顔だけを信じて。
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