第2話

「ただいま。開けてくれ」



 扉の外から呼びかけると、すぐに二人分の足音が駆けてきて「おかえり」と笑顔で扉を開けた。

けれど、ジャンボの様子に二人はかなり驚いた。

映画の資料のようなものや、お菓子やら、なんでも詰め込まれた大きな箱を、両手で抱えていたのだ。



「なにそれ」

「お前らへのプレゼント」



 途端に、二人はぱぁっと笑顔を輝かせる。



「ほんと!?やった!!」

「あれ?でも今日だっけ」

「いや、明日だよ。明日は俺は仕事休むから、撮影所の人達がお前らにってくれたんだ」



 二人はジーンとその言葉を受け取った。



「誕生日が来るんだ……」



 バニラがそんなことを呟くと、ジャンボは頭を撫でて、そのまま引き寄せて抱きしめた。

そしてチョコも回収して立ち上がり、二人を抱えたままゆったりクルクル回る。



「俺も明日が楽しみで仕方ないんだ。期待してろよ」

「なにくれんの?」

「何が欲しい?」

「え、え〜。急に聞くなよ」



 二人を抱えたまま、ジャンボは寝台に倒れ込んだ。

両脇の二人は、真剣に何を貰おうか考えてるようだ。



「俺、釣竿のいいやつ欲しいかも」

「渋いな」

「釣った魚を自分で料理するの憧れてて」

「渋いにもほどがあるだろ」



 ジャンボとバニラは笑った。

でも、分かったよとジャンボは答えた。

チョコはまだ考え込んで無言のままだ。



「とりあえず候補があるなら言ってみろよ。手に入るかどうかは別だけど」

「あ、うん」



 チョコはそっと笑った。



「チョコレート食べたいなぁって」



 バニラの顔色が変わる。

ジャンボは相変わらず笑って、チョコの頭を撫でた。



「頑張ってみる。万が一明日に間に合わなくても、絶対プレゼントするよ」

「やった」



 チョコは笑った。ジャンボもその姿を見て笑っていた。

それからはいつも通りに戻り、ジャンボが夕食を作って、三人で食べて、布団にもぐり込む。

その間、バニラは二人と同じように笑って、一つも隙を見せなかった。


 時が過ぎて夜中になり、真っ暗な四合院の寝台の上でバニラは体を起こす。

すぐにその気配に気がついて、ジャンボが寝かしつけようとバニラに手を伸ばした。



「眠れないのか……?」



 寝ぼけた声を振り切り、バニラは真剣な声でジャンボに語りかける。



「話したいことがあるんだ。今」



 ジャンボはまだ半分は寝ぼけていたが、バニラに腕を引かれて、無言で四合院の庭まで連れていかれた。

こんなことは初めてだ。

チョコを起こさぬよう音を立てないように注意して、月が昇る静かな庭のベンチに並んで座った。


 それぞれ、適当に掴んだコートも羽織っているが、この冬の寒さの中、そう長くは話せない。



「話したいことってなんだ?」



 ジャンボはすぐに本題を切り出した。

バニラは少し目を閉じて、過去を思い出すよう話す。



「チョコがなんで「チョコ」って名乗るようになったのか、話したっけ?」

「いや……」



 ジャンボは無意識のうちに、しっかりと座り直した。

バニラは白い吐息を見つめ、あの日の彼の姿を思い出す。



「チョコが紅衛兵を襲った話はしただろ」



 氷の刃が突き立てられる。ジャンボは額に手を置いて、目を隠すようにして短く相槌をした。



「あの時なんだ。紅衛兵がたまたまカバンにチョコを持ってた。そうしたらさ……お菓子のチョコだけは、アイツ、覚えてたんだ」



 ジャンボは思わず黙り込み、バニラは話し続ける。



「お前のことで分かったのチョコだけだな、なんて言って。その日からアイツのことチョコって呼ぶようになった。

俺がバニラなのは気まぐれだけど、二人ともお菓子の名前だったら面白いよなって、そんくらい」



 ジャンボはバニラの危惧がなにか、少しだけわかったような気がした。



「チョコレートがきっかけで、なにか起きるかもしれない……ってことか?」



 バニラは視線も合わせず頷いた。

ジャンボは二、三回の呼吸の内に、覚悟を決める。



「俺は……チョコレートをあげることにするよ。

アイツだって、いつまでも記憶がないまま生きてるの、不安かもしれないから」

「記憶が戻ったら。もし、家のことを思い出したらアイツ帰りたくなったら」



 さっきより必死なバニラの声にハッとする。

チョコの問題はバニラの問題でもあった。

二人の絆はあまりにも強すぎる。

ジャンボはその間に入ろうとしなかったから、上手く過ごせていたのかもしれなかった。



「大丈夫だよ。俺が泣いて引き留めるから」



 思いもしない言葉にバニラは吹き出した。

ジャンボは笑いながらはっきりとバニラに告げる。



「もしも暴れたら俺が止める。もしもどこかへ行こうとしたら俺が止める。俺が何とかする」

「泣いて?」

「そう、大泣き」



 バニラはおかしそうに笑った。

冬の風が強く庭を横切っていく。

その寒さに同時に震え、彼らはベンチから立ち上がった。



「心配もいいけど、できれば明日を楽しみにしてくれよ。俺だけが舞い上がってたらバカみたいだろ」

「ジャンボはバカじゃん」

「そういうこという。泣くぞ」



 バニラはすっかりツボに入ったようで、また笑った。

そして、そっと寝台の中にもぐり込む。



「誕生日が来るだけで、俺は嬉しい」

「覚悟しとけ。祭りにしてやるから」



 バニラは笑い、ほっとして肩の力が抜けたように、いつの間にか眠っていた。

ジャンボはバニラのこともチョコのこともそっと見て、少しだけ考える。


 過去は変えられない。けれど、未来は俺が作ってやれる。

そう、自分に言い聞かせた。

全て杞憂に終わるかもしれない。

けれど、もしも「紅衛兵だったの?」と聞かれたら、俺は。



「俺は、嘘が下手なんだ……」



 チョコの頬を指先でそっと撫でた。

柔らかくふわふわで、ここにいるのは確かに小さな子供で、寝息さえも小さくて、守らなければ消えてしまいそうだった。


 そう思う反面、そんなことはないのだと知っている。

彼らはたった二人で生きのびてきた。

俺はそのおまけみたいなものだから……。


 ジャンボはぼんやりと目を閉じた。

明日は盛大にやろう。その決意だけは決して揺るがなかった。

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