女性囚人から記者への手紙
拝啓
すっかり春めいてまいりました。ご無沙汰しておりますが、お元気ですか。佐藤様におかれましては、お変わりなくお過ごしのこととお慶び申し上げます。
さて、先日佐藤様は私の元へお訪ねいだきました。佐藤様とのお時間はとても励みとなりました。ですがその際、お伝えしたかったことをうまく言葉に表現にすることができず、ご迷惑をおかけしました。今思い起こすと、とても精神状態が緊張していたと感じます。このような形となり誠に失礼ですが、心身が落ち着いた今、手紙という形で私の気持ちを伝達させていただきたく、筆を持った次第でございます。
このようなことを申すのは大変おこがましいのですが、私は記者である佐藤様がお訪ねになるのは、幾分予想しておりました。なのでインタビューさせてほしいとお聞きした際、私はどのような質問も返答のできるよう軽い準備をしていたつもりでしたが、上記の通り精神状態が緊張していたのと、私自身頭を巡らせずにはいられないことがあって、せっかくお話しいただいているのに、集中力に欠けた状態でございました。再三申し上げるようですが、申し訳ございません。
インタビューの内容はもちろん覚えておりますが、質問の返答として希望されるような回答を私個人が自由形式で述べさせていただきます。
まず佐藤様は「どうしてこのような事件を起こしたのか?」とおっしゃいましたね。これは動機という形になると思いますが、とりあえず簡潔に述べさせていただきます。
私は彼女への思いは、正直申して忌々しいものでありました。彼女は私と同級生であり、同じクラスでした。私は彼女に対して何かしたことはありませんでしたが、彼女は日頃から私に対してひどいちょっかいをだしてきました。俗にいうといじめだったのかもしれませんが、こんな言葉選びはどうでもよいのです。彼女は私に対しひどい態度をとり、それが私の彼女に対しての憎悪を深めたことは否定するまでもないでしょう。
短絡的に考えれば、これが動機となったと言えるかもしれません。実際これが引き金となったのは言うまでもありません。ですがもう少し話させてください。佐藤様ももう少し詳細をお知りになりたいはずと勝手ながら思っております。
高校生のころまでの私は、何と申しますか、卑屈でした。色々なものを恨み、妬んだリ、自分に対し否定的でした。自分はなんでこの世に生まれたのか、この世に生まれなければよかった、この世から消えたい、とまで思っておりました。何が私にこのような思いに駆らせたのか、不思議の思ってらっしゃると思いますが、私の感情形成は生きてきたすべてのことに関係することだと思うので、言葉で表現するのは難しいです。客観的に判断できる私の境遇などを参考にして、どうか理解していただきたいと思います。いや、理解はしないでいい、と今感じております。なぜかというと、今の私はこのような考え方ではないから。
そうすると、自ずと傷害事件を私が起こした後に何か転換点があったことが想像できることかと思います。その具体的出来事は後々述べさせていただくとして、私は彼女を傷害してしばらくして、考え方が変わったのです。
話を少しそらして、佐藤様は私とお話しになった際、「平等」について述べられていたことを思い出します。先日のころから少し遡って、傷害事件を起こした直後、佐藤様と初めてお会いしたのはその時でしたね。その時も佐藤様は、「平等」について述べられていたと確かに覚えております。
「この世は平等ではない」これは誰もが思っていることで、誰もがその思いを隠しています。一部の人間を除いて。
また話をさらすようですが、私はこの世のすべてがまるで自分の敵のように見えていた時期がありました。私はこの世にいてはいけない、皆から突き放されているように思っていたころがありました。だがそれは転換点において徐々に変わっていったのです。
汚いものにまず私は素直に惹かれていきました。笑えるかもしれませんが、私と同じ立場のように思え、それを思うと心が安らかになっていくのを感じました。ですがしばらくして、きれいなものにも妙な心地よさを感じていく自分がいました。最初はそれがなぜだかわかりませんでした。だがそれから一瞬でした。
すべてのものが、この世界が美しいと感じるように私はなりました。この世界にいる私はなんて幸せなんだと感じるようになりました。私でさえも美しいものであるように感じました。あんなに悩んでいたのがまるで嘘のようで、過去の自分がばかばかしいとさえ思いました。
この場合美しいというのは、きれいなもの、汚いものの両方です。私はこの世界を作るために、宿命をもってそれらが生まれてきたと感じるようになりました。宿命というのは、きれいなものはそれらしくあれ、汚いものはそれらしくあれというものです。もちろん私は汚い方です。
私は汚いものとして、一生かけて成し遂げなければならない役目というものをひしひしと感じ始めました。
彼女を傷害した後悔が、きれいさっぱり消えたのもこの頃です。その代わりに私は、もっと私なりにの役目は何かと考えました。私なりに考えた答えが、彼女を殺すことだったのです。
彼女は死にましたが、あの世でも愛されながら生きていることでしょう。私は暗い牢屋の中。でも、それでいいのです。ぞくぞくするくらいの幸せを、殺人計画を考え始めてから今に至るまで、まじまじと感じています。私は私が幸せになるために、重い鎖から解放されるために、この世界で汚く生きるために、殺人は必要なことだったと本当に思っています。
上記でも記述しましたが、「この世は平等ではない」これは誰もが思っていることで、誰もがその思いを隠しています。ですが一部例外のような人間もいます。
佐藤様もその一人です。傷害事件を起こした際も、「みんな平等」、殺人をした後も、「この世は平等なのだから、しっかり生きてほしかった」などとおっしゃりました。佐藤様のような、「この世は平等」と考える人は、私は正直嫌いでした。なんでこの美しい世の中を否定するようなことを言うのか、なんて馬鹿なんだ、と。ですが今になって思うのです。このように考える人は二つに分けることができると思います。「この世が不平等とわかっていて嘘をついている人」と、「本当にこの世が平等と思っている人」です。ですが両方とも、大体の場合、「きれいな人」なのです。
最後に上記で申した転換点となった出来事を、補足的に申させていただきます。傷害事件を起こした後、佐藤様は一つのビデオを持ってきてくださいましたね。一人の悩める女の子が、努力しながら成長していくお話です。佐藤様はおっしゃいました。「この子のように生きていこう」と。今、この言葉と、このビデオを思い出すと、これらによってこの世界の美しさを無意識に、初めて気づいたのだと感じております。あなたのような方を自然と許せる気持ちになったのも、これが理由です。そして私を殺人と言う行動に動かしていただいたのも、佐藤様でした。
予想以上の長文となってしまいました。この辺で筆を置かせていただきます。今回は私の稚拙な文章をお読みいだたきありがとうございます。佐藤様がこの先さらに輝けることを、陰ながら祈っております。
殺人を犯した元女子高生から記者への手紙 橙田巡 @orenji_maru
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