殺人を犯した元女子高生から記者への手紙
橙田巡
殺人を犯した元女子高生への取材
3月。急に空気が春に変わったような、喉かで暖かい日だ。だが私の心は気が気でなかった。今からあの女子高生の元へ行く。正しくは「元」がつくのだが。
彼女の元へ行くのは、今日が2回目となる。まさか、こんな形で会うとは思わなかった。会えることは期待していたが、再会は最悪な形となってしまっている。だが、私が今できる最善なことは何か、考え、実行するのに変わりはないのだろう。
一度彼女は同級生を傷つけ、保護観察処分を受けていた。その際、私は取材を申し込んだ。彼女の母は了承してくれたが、彼女自身はもちろん乗り気でなかっただろう。精神状態が不安定な中で、正直言って仕事より己の感情を優先した私の振る舞いは到底認められるものではないだろうが、私は彼女と会って話をすることしか頭になかった。今回もそのような感情が頭に廻った。
その時は、私の知りたいことを知れて、私の伝えたいことを伝えられたつもりだった。初めて彼女と会ったその時は、まだ2か月前くらいだろうか、それからしばらく経って、先週彼女は一度傷つけた同級生のことを、殺した。
彼女はなぜこんなことをしたのだろう、衝撃でしばらく動けなかった。その時頭に浮かんだのは、私の思いが彼女に伝わってなかったことへの悲しみや後悔、彼女の精神状態への恐れ、どうしてもう一度罪を起こしたのか、純粋な好奇心、など、いろいろなことだった。
今はどの気持ちが一番大部分を占めるのだろう。正直、好奇心ではないだろうか。こんな私はいけない、と思いつつも、私の醜い部分に一人でショックを受ける。
再会は、私の反省、いっそ罪滅ぼしでもあるのだ。彼女が再び犯罪をしてしまうことを止められなかった。もう後戻りはできないけれど、私の役割みたいなものを果たさなければならない。それこそ私の驕りになってもしょうがない、今はその気持ちが大事なんだと信じて、わたしはこれから、彼女の元へ向かう。
郊外にある、某拘置所。ここに彼女は収容されている。無機質な建物の中へ私は入る。最初、所持品検査とボディチェックを受けた。その後必要な書類を提出し、そして奥まった待合室のような場所に案内される。しばらく待っていると、館内放送で呼ばれ、私は係の人に着いていき、いよいよ彼女と面会となる。
奥まって場所にある一つのドアが開かれ、私は神妙な面持ちでそこに入った。目の前には無機質な空間が広がっている。部屋の中心は透明な壁でふさがれ向こう側と隔離されている。そしてその向こう側に、彼女がいた。
無表情で、どこか遠くに目線を向けている。と思えば私の顔を見て、どこかそわそわした様子になる。そして今にも死にそうだとかは一切なく、いたって健康的に見えた。まずは安心だろうか。
どのように、彼女と向き合うべきだろう。ずっと考えていたが、今もわかっていない自分がいる。落ち着け、深呼吸して冷静にならないと。
「こんにちは」
もちろんまずは挨拶だ。彼女はじっとこちらを見て、
「こんにちは」
そう言い頭を下げた。
「元気そうでよかった。これ、あなたのお母さんから」
そう言って私は、彼女へ彼女の母が書いた手紙を渡す。定期的に送っているらしいことを知り、一緒に渡そうということを何気なく思いついた。
「私も花とか持ってこようかと思ったけど、ここの施設の人に断られちゃって」
「……そうですか」
さりげなくそう言ったが、彼女の表情には変化がない。じっと、静かにこちらを見ている。
「今日は本当にありがとうね、あなたが私と面会してくれるなんて、正直思ってもみなかった」
「私が、あなたに会いたかったんです」
意外な言葉だった。前会ったときは心を閉ざしているように見え何もしゃべらなかったが、新疆に変化が出たということか。殺してしまったことで何か切れてしまったものがあるというのか。
考えすぎだろうか。純粋に彼女の好意を受け取るべきだろう。
「少しだけ、聞かせてね」
そう言い始めた私は、手短に彼女への要件を伝える。多くのことは新聞社の立場として聞いておくべき事柄だった。心境だとか、理由だとか、背景だとか。多くの事柄はゆっくりとだが私に対して伝えてくれた。私と何回か会っているから、少しだけでも心を許しているのかもしれない、そう勝手に思った。だが、一つの事項だけこたえてくれなかった。答えを濁した、それは「どうして傷害した彼女を再び危害を加えて殺したのか」。非常に根幹なことだが、私はそれを答えてくれることを少しも望んでいなかった。彼女の中でいろいろの心情の変化があったことは言うまでもない。被害者からは高校生時代にいじめを受けていた、それが一回目の事件である傷害事件につながったのは言うまでもないだろう。私も何回か取材と言う形で彼女と話をした。
「あなたの立場はほんと辛かったと思う。私もあなたの立場になってずっと考えていた」
少しづつ彼女は落ち着いていき、笑みを見せるまでなっていいた時私は、彼女はもう大丈夫だと思った。もう誤った道を行かない、と。だが悲劇は起きてしまった。もちろん、彼女はいじめの被害を受けていたことは変わりないし、いじめへの傷が癒えているとも思ってはいない。だが傷害事件から彼女の何がどうなって殺人事件へとつながったのか、個人的に強くそこが知りたかった。
「正直ね、何回かあなたに会って、変わってくれたかと思った。でも、私の思いは伝わってなかったのかな、なんて勝手だね、ごめん」
「あなたの思いはしっかりと伝わってましたよ」
「それならなぜ……」
「あなたは、私にこう言ってましたよね。『人間は平等だとか』、『努力すれば変われる』とか」
そう、ゆっくりと言った。
「そうね。きれいごとなのかもしれないけど、私は確かにそう思っているわ。だって、私がそうだったんだから」
「そうですね」
そう言った後、彼女は何か言いたげにしてこちらを見ていた。その言葉を引き出してみたかったが、ずっとしゃべらないままで、面会終了の時刻になってしまった。あまりにも歯切れが悪いような気がする。もっと彼女と話がしたい、そう思っていると、
「あなたに、私から手紙を送ります。あなたへの思いは冷静にならないと伝えられない」
そう彼女は言った。
「それはうれしい。どんな言葉でもいいからね」
私は彼女の意外な好意に純粋に喜んだ。もう少し対面で話がしたいが、もうここを出なければならない。最後に彼女にこう言った。
「なんでも助けになるつもりだから」
もっと助けになりたい。彼女みたいな人を生まないために。彼女との対面の話はもう終わってしまったが、だからこそ彼女からの手紙は非常に待ち遠しく感じられた。ずっと彼女のことを考えていた。私のことはどう思っているのだろうか。うっとおしいおばさんだとか思っているかもしれない。それとも少なからず助けになってくれる人、だとか思ってくれたらうれしい。
数日経ち、彼女の言った通り、拘置所から手紙が届いた。もちろん、差出人の名前は彼女である。どきどきしながら彼女の手紙を開いた。
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