第二九三話 最期の煌

 聞いたことのある名前に振り返ると、明石のカタパルトから、一機の水上機が打ちあがった。機種は『突風』。試作水上戦闘機で、明石の護衛艦載機。大和348部隊の圭。衛生兵で明石の乗員であった圭が練習していた航空機だ。


「有馬さん! 僕だって! こうゆう時のために訓練していたんですから!」


 その威勢と共に圭は飛び立ち、その勢いで一機撃破する。しかし、実戦経験のない圭一機では、焼石に水だ。すでに、後方に食いつかれ、数機に追い回されてしまっている。


「ん? 有馬、あれ!」


 大和が何かを見つけたのか、空を指さす。その先には、一機のプロペラ機が見えた。

 スリムで薄いボディー、軽快な動きで圭の後ろへとついていた無人機を撃墜するその機の翼には日の丸。『零戦二一型』が現れた。


「圭、後ろに付かれた時、まずは横旋回をした後に敵の機動力とエンジンを見極めてから空戦機動って教えなかったけ~?」


 無線機に飛び込んできたその声は、俺、圭、空と、もう一人の348部隊、吹雪のものだった。


「吹雪!」

「吹雪さん!」

「状況は分かってる。援護するよ」


 身軽な動きで新たな敵機を追尾する吹雪は、それだけ告げ、交戦を続ける。中国の荒野にその身を埋めた航大を除く全員が、348部隊が、再びここで終結した。


「第四接続! 砲身チャージ最終段階にゃ! 『伊403』イージス『やまと』からもチャージを確認!」


 明石の叫び後と共に、最終シークエンス起動の文字が浮かび、照準が開始される。

 しかし、それを遮る砲声が再び響く。今度は、俺たちの方にも砲弾が飛んでくる。


「新たな無人機の排出を確認! その数24!」


 だめだ、捌ききれない!


「にゃぁ! コンデンサーが!」


 三発飛来した砲弾の内二発は水中へと消えたが、一発がコンデンサーを積んだ輸送艦の近くに着弾、大きくコンデンサーを揺らした。


 直後、シークエンスが中断、電力不足の表示がでる。


「明石! 電力が!」

「今の衝撃で、コンデンサーが一ついかれたにゃ! メーターは!?」


 慌ててモニターを見ると、99.7%とある。


「997だ!」

「にゃ、予備バッテリーも繋いでよかったにゃね……明石の電力を全て大和に渡すにゃ!」


 明石はそう告げると、自ら大和へと接近。甲板に残っていた最後のケーブルで、コンデンサーたちが繋がるケーブルへと自分を繋ぐ。


「明石のキューブを維持する電力も使う、にゃからここで明石はお別れにゃ」


 もうこの状態、引き留めようだなんて思わない。


「……分かった。お前の意思、無駄にはしない」

「ありがとにゃ。明石も、また大和たちのお手伝いが出来て、楽しかったにゃよ。先に、靖国で待ってるにゃ!」


 その声の後、無線がぶつりと途切れ、再びメーターが上昇、100%を差し、再度シークエンスが起動する。


 しかし、再びシークエンスがエラーを吐いて停止する。


「今度はなんだ!」


 表示される文字は、Sight unseen。照準不可。


「もしかして、さっきの着弾の衝撃波で、自動照準機能が壊れたんじゃ……?」


 大和の言葉にハッとする。


「じゃあ、俺は手動で武御雷の照準を合わせねきゃいけないのか……?」


 改めてゴーグルをつけ、引き金を迫る『大江戸』へと向けると、十字型のサイトが現れ、その中を円が開いたり縮んだりを繰り返す。

 充電自体は完了している。後は、俺が照準を揃えて引き金を引くだけだというのに、恐らく着弾位置を示しているのであろう円が、中央に収まり小さくならない。


「大和!」

「うん!」


 そんな俺の姿を見てか、空と大和は俺の手に自身の手を重ね、一緒にスイッチを握る。


「いい、有馬? 呼吸を落ち着かせて、ただあの標的を撃ち抜くことだけを考えて。足は少し開いて、肩の力を抜いて」


 空が的確に射撃の指示を出し、


「大丈夫、有馬なら絶対に大丈夫だから、落ち着いて、まっすぐ前を見て、私の手を感じて。絶対に当たる。これで全て終わらせられる」


 大和が俺の心を落ち着かせる。


 しかし、それを妨げる様に、自爆ドローンが低空へと舞い降り、一直線に左舷から向かってくる。


「「ダメ! 意識を逸らさないで!」」


 二人の声が重なって俺の耳に届く。その声に強制され、俺は視線を照準器へと戻した。

 少しづつ円が小さくなっていく。気づけば、既に前衛艦隊は防衛陣を解き、射線外へ退避している。


 そして、その瞬間はやって来た。


 円がサイト中央で最少となり、数秒点滅した後、ロックが表示されたのだ。


「勇儀!「有馬! 撃って!」」


 二人の声に合わせ、俺は指先に力を籠める。この戦争で亡くなった全ての人と兵器に捧ぐ、終わりの光。希望の光。平和への兆し。


「武御雷、発射!」


 スイッチを押した直後、『大和』の艦上から、まばゆい青白いフラッシュが発生し、正面方向直線状に、光の筋が伸びて行く。その光は海面の水滴を消滅させながら『大江戸』を包んだ。


 艦から悲鳴が聞こえる。『大江戸』からは、志半ばで折れ、悔しさ空しさを訴えながら擦り切れる悲鳴。『紀伊』からは、大切な存在を自ら消す手伝いをしてしまった空しさと悲しさと、説得できなかった無念さを嘆く悲鳴。『大和』からは、人類の最終手段である兵器を、歴史上初めて撃ったという実績と責任と希望に耐えかねての悲鳴だ。


 その悲鳴すらもかき消した光線砲、武御雷は、数秒間の電力の放出の後、消え入るように消失、その射線上には、チリ一つ、残っていなかった。



 『大和』の艦橋から見えた日本の海は、静かな海だった。

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