第二四〇話 魁

「ごめんなさい、私の我が儘に付き合ってもらって」


 桜花が無線越しに、私たちに謝る。


「なーに。桜花は一人じゃ飛べないんだ、俺が飛ぶのは当たり前だろ」


 高橋さんがそう陽気に答える。


「そして、そんな『一式陸攻』も単機じゃ飛べない。護衛機が必要だ。だから俺たちが飛ぶのも当たり前だ」

「あん? 加藤、お前終戦末期の『一式陸攻』知らねえのか? 護衛機無しで何回飛んだと思ってんだ」

「うるせえ、大体そん時全滅してんだろ」


 男同士、うるさい会話が無線機から聞こえる。


「はいはい、桜花に悪影響だからやめて」


 私は二人の会話に割って入る。


「へえへえ、にしても零、お前最後のあれは露骨すぎやしないか?」


 加藤が聞いてくる。


「最後のって?」

「白切ってんじゃねえ、『有馬さんが指揮していたら、ここまで酷くは~』だよ」


 わざわざ聞いて来ないでよ、まったく……。


「別に、本心を述べたまでだよ。正直、そろそろ日本にガタが来る。5月18日現在、硫黄島の防衛も順調とは言い難い。そろそろ、取返しが付かなくなる」

「それは同感だな、まさにこの状況、日本の終戦末期感をひしひしと感じる。あの腐れ頭政治家が戦いに口を出している間は、この状況を打開は出来ないだろうな」


 高橋さんがため息をつく。


「救援を頼むにも、アメリカの太平洋艦隊はパプア攻撃で壊滅、欧州の連中はイギリス分断戦争で疲弊。ロシア、中国、インドは既に自国の防衛で手一杯だ。少なくともアメリカが立て直すまで半年は持たせないとだからなぁ」


 加藤もそれに続く。


「ほーら、ため息ばっかりつかないの。もうやるしかないんだから、窮地での踏ん張りは、日本のお家芸でしょ?」

「ふふ、違いないですね」


 桜花が笑って答えてくれた。


「その踏ん張りの第一歩として、私が魁となりましょう。かつては大和さんが担った仕事ですけど……今回ばかりは、大和さんを失う訳にはいきませんからね」

 

 こんな会話を、有馬さんや吹雪が聞いたら、きっと怒るんだろうな。でも、これが兵器だよ。戦うことを使命とする、兵器の本能。


「大和は、我らが指揮官である有馬大佐の心の拠り所だからな。沈んじまったら、それこそ日本が負ける時だろ」


 加藤がそう零す。


「そうだね……指揮官、早く戻って来れると良いんだけど」

「そのための515なんだろ。もしその時が来たら、零、頼むぞ」

「……分かってるよ。そんな、今から死ぬみたいな言い方しないで、二人とも」


 分かっていた。今回死ぬのは、桜花だけじゃない。


「片道燃料での出撃なんて、俺たちには慣れたもんだ。それで死ぬのもな」


 この急な出撃だ、燃料を満載にする余裕なんてなかった。私は、たとえ満載じゃなくても、空戦をして帰るだけの燃料はある。しかし『隼』には無理だ。『一式陸攻』も、攻撃後に補給をしていないため、帰る分はない。


「さあ、最後の仕事だ。高橋、行ってくれ」

「ああ、桜花は責任をもって艦隊まで届ける。戦闘機の相手を頼む」


 『一式陸攻』が速度を上げる。『隼』は羽を振り、高度を上げ、正面から向かってくる『FA』やら『S型艦戦』やらと向き合う。


「零、勝負だ。撃墜数、どっちが多いか」

「乗った」


 私はそれだけ答え、全身の神経を集中する。


 向かってくる敵機、機数は40程度。午前中の攻撃でかなり落とされたのか、出て来る数は少ない。ただ、対するこちらは二機のみ。

 

 でもその二機は、日本最強の二機。


「やってやる」


 敵機が正面からヘッドオンの形で、槍にも見える機銃弾を無数に突き刺してくる。いつもなら安牌を狙って、ヘッドオンは避ける。日本機はヘッドオンに強くはないからだ。

 

 でも今の私は、逃げない。

 

 機体を左右に細かく振り、機首方向をそのままにくるくる回り、機銃を躱す。照準器から敵がはみ出るまで近づくと、30ミリを叩きこみ、確実に数機巻き込む。


「二機撃墜、良い調子だな」


 加藤も同じような動きで三機落とす。


「そっちこそ、機銃の狙いが冴えてるんじゃない?」


 期待を切り替えしながら、再び1機落とす。


「吹雪の調整が完璧だからな」


 自分の相棒が褒められるのは、気分が良い。


「でしょ、私の吹雪だから」


 乱戦が始まる。私たちが一番得意とする戦場だ。





「おらおら! どけどけ!」


 高度4000メートル辺りを、『S型艦戦』や『FA』数機に追撃されながら飛行する。


「高橋さん! 高度落として、追撃が降り切れませんよ!」


 桜花が機内から叫ぶ声が聞こえる。


「ダメだ! そしたら、お前が速度を稼ぐ高度が無くなるだろう! 任せとけ!」


 尾部の20ミリ連装と、上部の旋回20ミリが敵機に応戦する。


「こんだけ新しい機体を貰って、フル稼働させないのはもったいないからな!」

「凄い、次々落ちていく……」

「おうよ、五式20ミリはしっかり狙って撃てば当たるんだ。熟練の機銃手が使うなら、なおさらな」


 追撃してきていた5機は瞬く間に高度を下げて行った。


「よし、後少し……あと少しで……」

「後方より敵機! また来ます!」


 桜花が教えてくれる。


「あれは! 『地獄猫』、いや『Z2ノトス』か!」


 『F6Fヘルキャット』によく似た、WASの爆撃機キラーである『Z2ノトス』が2機、こちらに向かってくる。


「こいつは陸上機だろ、台湾からわざわざ飛んで来たのか!?」


 随分用意周到なこった。

 心の中で悪態をつきながら、機体を振って敵機の攻撃を躱す。


「落ちろ!」


 尾部後部、時折側面の機銃もフルに使って、まずは1機、落とす。

 しかしその隙を縫って、反対側からもう1機が突っ込んでくる。


「右から来ます!」


 桜花の声で機体を捻るが、一歩間に合わない。


「クソ! 左翼端被弾、燃料が!」


 空っぽに近い左翼の燃料タンクから、白い煙が噴き出している。


「また来ます!」

「何としても振り切ってやる! いつでも出れる準備しておけ!」

「はい!」


 桜花にはそう言ったが、なかなか厳しい。流石名付きの機体だけあって、簡単に落ちてはくれない。『FA』のように機体が大きいわけでもないから、機銃もなかなか当たらない。


「うっ、ああ!」


 遂に、もろに機銃の雨を食らう。

 左の燃料タンクに引火し、火を噴く。


「高橋さん!」

「心配するな! こいつはまだ飛べる!」


 啖呵を切るが、再び後方に『ノトス』の姿が映る。


 まずい!


 そう思った瞬間。無線機にあいつの声が飛び込んできた。


「邪魔をするなぁああああああああ!」


 薄い雲の隙間から、緑色の細い機体が突っ込んでくる。


「加藤さん!」


 『Z2』に対して、緑の槍は一直線に突っ込んだ。

 爆発。二機の燃料が絡み合って引火し、大きな爆発を起こした後、バラバラと破片が海面へと落ちていく。


「……加藤、お前の意思、無駄にはしないぞ」


 ガタガタと揺れる機体を安定させながら、火を噴くエンジンをひきずりながら、俺は真っすぐ飛び続ける。


「敵艦隊目視! 高橋さん行けます!」

「よし分かった! 10数えたら行け!」

 左エンジンが停止し、既に高度を保つことすら難しい機体をなんとか安定させ、若干降下の姿勢を取る。


「10、9、8……」


 カウントダウンを始め、機体の方向を安定、空母へ機首を向ける。


「5、4、3……」


 速度計が機体限界速度である590に近づく。


「2、1、行け! 桜花!」

「桜花! 行きます!」


 ガクンと重量物が切り離される。

 直後、凄まじい音を立てながら、まっさらな一本の矢が突き進んでいく。


「行った行った、ロケット一遍に全部点火していきやがった!」


 桜花を撃ち出したところで、機体は限界を迎え、エンジンが飛び、機体が折れる。


「俺もここまでだ……あれから100年。もう一回空を飛べて、楽しかったぞ」





 後方から爆発が聞こえた。高橋さんの機体が限界を迎えたのだろう。


「ありがとうございました、加藤さん、高橋さん」


 吹雪さんが改良してくれた私よりも、幾分遅い時速1100キロ程度の速度で、艦隊へと突っ込んでいく。


「それから、零さん。後は、頼みましたよ」

 

 艦隊からの対空砲火など当たらない。私は無機質なミサイルではない。人が操縦する攻撃機だ。CLWSも何もかも、見えている。

 

 艦隊の外周を過ぎ、中央の照準器に『リリス』を捉える。


「今までありがとうございました、有馬さん、吹雪さん」


 目前まで空母が迫る。


「短い間でしたけど、私は……」


 目を見開いて、この身すべてを空母へとぶつける。


「空を飛べて! 幸せでした!」

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